福井県の一乗谷で栄えた「朝倉氏」は、戦国の世の1573年、朝倉義景の代に、織田信長に攻められ、一族ごと滅ぼされました。( ; _ ; )/~~~
灰燼に帰した一乗谷の遺構から、当時の将棋の駒が181枚も出土したというのですから驚きです。(^-^)
今の将棋にはない「酔象」なる駒は、敵陣に入ると王将と同じ働きをする太子となり、王将の世継ぎとなる。(^_^)
すなわち、王将を取られても太子が生きていれば対局は続く、というわけで、朝倉氏は、世継ぎを将棋にまで求めたのではないか、と記されていました。( ^_^)/~~~
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馬関は、将棋には詳しくありませんが、この酔象の話には、ある種のロマンを感じると同時に、朝倉氏の悲運、哀しみを禁じ得ませんでした。m(__)m
一族の命のリレー、、、信長によって断絶に追いやられた朝倉氏の無念さはいかほどだったでしょう。(^_^)
ちなみに、「酔象」の話は、仏教の説話に基づくそうで、インドで布教する釈迦に対して、酔った象をけしかけて殺そうとした悪者がいたが、釈迦がお経を唱えると、酔象はひざまづいたそうです。(^-^)
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「酔象や世継ぎの願い寒の雨」 祖谷馬関
(注)寒の雨は冬の季語。寒の内(寒の入から立春の前日まで)に降る雨をいう。冷え込みがきつくなれば、雪に変わる雨である。