2番 従順に生きなさい
生きることはわたしたちに最も高貴な認識を与えてくれます。生きるということは喜びや光をよりよく認識するものです。
生きるということは、この人生で受けることができるすべてのもの、そのすべてを真に与えてくれるのです。
多くの場合永遠の光が与えてくれるよりいっそう明らかな認識を与えてくれます。
永遠の光によってわたしたちは自分自身と神とを知ることができます。しかし神を離れた自己を知ることはできません。
ところが、生きることにより、神を離れても自分自身を
知ることができます。
わたしたちは主の言葉に聞きいりその口から流れ出る永遠の言葉より甘美な慰めと歓喜をくみとります。
この幸福感の内に立ちどまったまま主の足もとにひざまづいているときは、マリアではありません。
わたしたちがこの世に置かれているのは、この世の思慮深い行為によって神にますます近づき、神とますます等しくなるためなのです。
ただ歓喜と甘美さに酔っているばかりでなく、自分のすべての行ないを永遠の光の像にならってきちんと行なうため、それを本質的に自らのものとするために立ち上がり、
生きることを学んでほしいのです。
よく鍛えられた身体を持ち、賢明な教えに従順になってこそマリアと呼ばれます。
洞察が命じることを自分の意志で実行すること、これが
「従順」なのです。
教え 86番