2 私がいた
つぎの瞬間ものすごい衝撃を受け、私はまるでハジキ飛ばされたかのようにベッドに跳び移りました。なぜなら私は「自分自身」を見たからです。それは圧倒的な感覚でした。いわば“絶対的な確実性”と言えるものです。
•••やがて落ち着きを取り戻し、ベッドから降りてティッシュで涙をぬぐい、しばらくの間ボーゼンとしてすわっていました。
私がいる!
私が存在している!
この絶対性とこの確実性です。
私はこのことを知りませんでしたし、全く気づきもしませんでした。私は自分が存在していることを知らなかったのです。この瞬間に、はじめて、自分の存在していることを知ったのです。
もうこのあとはメチャメチャです。涙があふれ出てきてどうしょうもどうしょうもありません。フトンに顔を押しつけて泣いて泣いて泣きまくりました。喜びと後悔とが入り混じったものです。
すると今度は胸の奥深くからとてもアタタカイものが流れ込んできて、私の心をそのあたたかさで包みこみました。それは感情のようなものでしたが、今までに一度も味わったことがなく、このときに初めて味わうものでした。
それは「愛の心」であり「慈悲の心」なのでした。この愛、この慈悲に包まれたなら、そのありがたさに誰であろうと涙があふれてこないはずがありません。
これが
愛の心なのか
これが
慈悲の心なのか
そう感じつつ、私はまたベッドに移らねばならなくなりました。そして先ほどのように泣いていた最中に、どこからか声が聞こえてきました。
「あの人」が、内から話しかけてきたのです。しかし泣いていたせいもあってか、よく聞き取ることができませんでした。それでもしだいにハッキリと聞こえてきました。
「わたしは•••」と言っているようでした。私はその言葉を記憶しながらあわててノートとペンを探し、それをひったくるようにして、急いで書きなぐりました。そうしてなんとか終わりまで書きとることができました。
•••言葉は消えてあたりは静かになりました。私は余韻に浸ったままヘタリ込んでいました。内心ではずっとこのままの状態でいたかったのだけれども•••すると少しの間をおいてあの人はささやくように言いました。「わがままを言うな」と。そしてどこへともなく消えてしまいました。
私は一人取り残されたような気分になりました。私はあんなにハッキリとあの人を見たし、その声も心の内で確かに聞いたのです。しかしもうあの人はどこにもいません。部屋の中は何事もなかったかのように静まりかえり、聞こえてくるのはファンヒーターの音ばかり。
時間にして30分、いや、さらにもっと短かったかもしれませんが、今しがたの出来事は本当に現実だったのだろうかと思いながらベッドに目をやると、そこには一冊のノートが開かれていて、そこには一編の詩が書き留められていました。私はその詩に題名をつけ、今でも大切にしまっています。
私はあなたである
私は
道ばたに転がる石、
そよぐ風、
ゆれる木々である。
私は、あなたの
踏みしめている大地、
あなたの
見上げる天空である。
私は
あなたの見る光、
あなたの見る
暗い闇である。
あなたの苦しみは
私の苦しみである。
あなたの涙は
私の涙
あなたの喜びは
私の喜びである。
そして
あなたの幸福こそが
私の幸福なのである。
なぜなら私は、
あなた自身
なのだからである。
画 パウル•クレー「星の天使」
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