足尾銅山訪問記も3回目になったが、前回(2)の訂正と追加
をしておく。
まず訂正。「この訪問の後日、同館々長の小野崎氏の講演・・・」
の小野崎氏は「同館副理事長」であった。当日ご説明いただいた
長井理事長が当然ながら「館長」であった。
次に追加。同じく足尾歴史館で乗った「ガソリンカー」の腹に
「安全専一」のマークがあった。
これは明治時代、後に足尾鉱業所々長になった小田川全之が、
米国視察で訪問したUSスティールの安全活動「Safety First」を
訳したものである。
帰国後、日本における最初の労働安全活動である「安全専一」
を推進し、やがてこれが「安全第一」となって日本中に広まった
のである。
足尾歴史館から渡良瀬川を渡ったところに「足尾銅山観光」
がある。博物館や売店などと共に、足尾銅山の坑道の一つで
ある「通洞抗」跡が保存され、トロッコで乗り込んだ後徒歩で
中を見学出来る。
様々な職種の人形が生々しく当時の作業を復元している。
狭い坑道を這いつくばって銅鉱石を運ぶ「負夫(オイフ」。
その銅鉱石を砕く「砕女(クダキメ)」。
これもリアル、薬缶は当時のものか銅錆が浮かぶ。
日本で(世界で)最初の圧搾空気式削岩機(通称ブレーカー)
坑道から外に出て「鋳銭座」跡に入る。銅銭やインゴットを
作る男たちの人形はいずれも褌姿や全裸である。持ち出しを
厳しく見張るためだろう。
銅のインゴット
銅(アカガネ)親水公園の欄干のデザイン元の「耳銅」(電気分解の電極版)
NPO足尾歴史館が主に鉱毒公害やその抗議活動の歴史を多く
展示するのに対し、この足尾銅山観光(公園)はまさに「観光地」。
もちろん経営は古河機械金属。
4時間を越える足尾銅山見学を終え帰途に就く。その様子、
渡良瀬渓谷鉄道の旅は長くなったので次回。