「人は行ったことがない場所に行くなど、探索の度合いが
高い日には、より幸せを感じる」
アメリカでGPSを付けた132人の3,4ヶ月の行動と心理状態
アンケートによる分析の結果である。
脳の画像からは、新しい場所に行くなどで幸せを感じた
人は、脳の中の記憶と意欲に関わる領域が強く結びついて
いることが分ったと言う。(朝日新聞日曜版「GLOBE」)
「ホモ・モビリタス」=「ヒトは移動する生きもの」に
ついての特集から次回も紹介しよう。
さて、「幸せを感じながら」の日光街道ウォーク3日目の
後半である。
昼食を取り蒲生一里塚を出発すると間もなく、左に蛇行
して行く綾瀬川から離れた道は「蒲生茶屋通り」という。
日光街道沿いに茶屋などが並んでいたのだろう。
草加松原の終点で別れた旧国道4号と再び合流する角に
ある清蔵院のがっしりした結界門が好い。この寺の山門に
左甚五郎の彫物があると言うので寄ってみる。
天井下の彫物の背後が金網で囲われるのは盗難防止では
なく、龍?が夜な夜な抜け出して悪さをするからだという。
愉快な話ではないか。
しかし、山門から入って境内を歩いていると「どちら
様?今は檀家以外の方はお断りしてます」と声がかかる。
戻った山門脇に「コロナ禍につき観光目的の方はお断り」
と確かに書いてある。山門まではいいらしい。
旧国道4号を進み蒲生駅入口を過ぎ南越谷で武蔵野線を
潜る。約300メートル左を東武線が走り、その新越谷駅は
今回の日光街道ウォークの往き帰りの拠点駅である。
1キロほどで越谷宿の入口に着く。概ね、旧日光街道が
国道4号になったが、千住、草加と同様に宿場を通すことは
避けたようである。旧4号脇の茂みが照漣院である。
旧街道、旧4号と別の信号で渡るのに3分ほどかかり、
更に100メートルほど戻って照蓮院に入る。山門を潜ると
住職を先頭に法事の列が通る。
この照蓮院は、武田信玄の孫、勝頼の子である千徳丸が
供養される。家臣秋山長慶が千徳丸を連れてここまで落ち
のびたが、千徳丸が早逝したため、この寺の住職となって
供養したと言われる。
その墓を探すがなかなか見つからず諦めかけた時、法要
が終って解散となったので、住職に訊くと快く教えてくれる。
小さな小さな五輪塔である。
分岐点に戻り越谷宿を歩き始める。この道も車でよく
通った道である。外環や長野道がないころ、この道で岩槻
の国道16号に出て18号で大宮から長野に帰省する時だった。
布団屋さんの店先、「越ヶ谷宿」とある。地名、駅名は
越谷だが宿場名は越ヶ谷らしい。
その越ヶ谷宿の様子は次回である。