台湾治郎

自分の生涯・現在の生活

ブログ294  明日がある。

2013-04-01 22:13:34 | 台湾
作詞は青島幸男、作曲は中村八大。
 
自分に自信が持てず、意中の女性に恋心を打ち明けられないにもかかわらず、前向きに日々を過ごす
男子学生をコミカルに表現している。当時80万枚以上のセールスを樹立した。なお、1984年には自然食品店(株式会社ナチュラルグループ本社)のCMに使われ、坂本本人もこのCMに出演した
これは、浜田・松本ダウンタウンのCM
では、ありません。
元歌は、坂本九が歌っていました。
「明日がある、明日がある。若い僕には、夢がある、もう来る頃、もう来る頃、今日も待ちぼうけーーーー」


勇 岡田6 个月前


あなたの言うとうりだよ。まだ、あの曲を、坂本九さんが、東北で­歌ってもらいたい。いや、関東、いや、全国の人に、いや、世界の­人に、届けるような、坂本九さんに、歌ってもらいたいです 。
だから、悲観しちゃダメ。
明日があります。

 再見。




ブログ293  デブで傲慢な奴は。大嫌い。

2013-04-01 19:03:22 | 台湾
治郎張は、嫌いな人いますか?
もちろん。太っている人は。あまり好きでなかった。子供の頃は、私の体重、中学生で39キロ。教員になったときは、50キロ。現在、65キロ~70キロ。
身長は、一㍍70㎝。
だって、私は、子供の時から、痩せていました。
なぜ、簡単。食べられませんでした。食欲が・・・・だから、無理して、味噌汁にご飯掛けて、食べて・・・・。学校で戻していました。当時は、みんな、こんなもの。
昭和三九年。1964。俺だけじゃないよ。みんな痩せていました。
だから、太ることは、私にとって・・・・。
それでデブが嫌いな訳がわかりました。
 もうひとつの傲慢な人は、・・・・。
そりゃ、「クジ」と渾名された先生。数学の先生で女子バスケット部の顧問。
この人、自分の後輩呼ぶのに、「必ず、アンターさあ、これは、こうするだよ」あんたという言葉日本語では、失礼
先輩だと、なんでも言っていいですか。このアンターという言葉から、傲慢な態度がわかります。こういう人は、後輩には、強く、校長や教頭、教育委員会には、弱い。その人から。
「アンター」 彼の口癖。私の先輩。もう十年、二十年忘れました。
 それ以来、この傲慢な態度の人には、絶対成らないと決めていました。
 今でもいます。池袋の大学に通っていて、デブで、傲慢な奴が・・・・。
初めて彼にあったのは、「国際学舎」で・・・。もちろん、「師範大学」でも・・・。
年中、生意気な口を俺に言う。たとえば、俺が当時、「茶」の発音わからない時、
私に向かって、「ちゃー」 と憎憎しげに発音する奴。
俺が落とし物した時、わたしが、一人の学生にお世話に・・・・。その落とし物が出てきて・・・。彼女にお礼を・・・・。言ってなかったら・・・。彼が私に「松木さん、彼女にお礼をしましたか?」しつこく言う奴。そのしつこさが大嫌い。
しつこい人間は、あまり好きではありません。
彼は、俺の顔みれば「松木さん、彼女にお礼を・・・。」
彼女、その場所に来ない日もあるのに・・・。
毎日、私に尋ねる。わかったよ。けど、俺がお礼言うことと、お前が、年中俺に言う権利があるの、そりゃ、私は、彼女の友達ですから・・・。
友達には、・・・・。そういうことが。民法に書いてありますか。
・・・。もうわかったから・・・。お前は、何も言うな。
お前のしつこさが嫌い。たしか芥川に似ていました。・・・・。
いろんな人が生活していますから・・・。かれは、二十歳ぐらい。
二十歳・・・。年齢ではなく。彼のしつこさが嫌いだった。
要は、治郎張は、しつこい人間嫌いなんでしょ。その通り。
「去る者追わず、来る者拒まず」
 たまに、彼の写真が師範大学のボートに載っています。そうすると、「反吐」が出ます。
だって、ボランティア精神が無い彼が私は、「ボランティア」でございますと写る姿・・・。こいつは、嘘つき。意地悪でわがまま。確かに、台湾に親戚が居て、「中国語」わたしより、上手ですが・・・。
もう過去の話。現在、私は、師範大学生ではありません。
今日は、ごめんなさい。楽しい話ではありません。

ブログ292 愛し合っている者同志は、「目」が・・。

2013-04-01 02:56:54 | 台湾
治郎張は、人と人が愛し合っていると、わかる。そりゃ、たくさんの人の目を見ていました。だから、口で言うより、早くわかる。
どうして、「簡単 」生徒の目つき、目使い、いろいろ。誰でもわかること。
だって、毎日、生徒の顔を見てると・・・。
こいつ、こいつに惚れている。それぐらいは、・・・・。先生をした人なら、誰でもわかる。
たとえば、俺の師範大学の先生。四十歳位。彼女は、マーチンが好きでした。
どうして、そんなことわかる。だって、彼女は、中国語の先生ですが、二十五歳ぐらいのマーチンに・・・・。先生が生徒を好きになることありますか?
そりゃあ、先生もにんげん。生徒も人間。 マーチンが休んだ日は、彼女の機嫌悪い。
 お互い、「惹かれることもあります。」
治郎張は、有ったの、そりゃ人間だもの、保護者にも惚れました。
室町家は、親子で惚れました。臼田のお母さんにも・・・・。一杯居ます。
全部言ったら・・・。その人のプライバーが守れません。
だから、みみ。秘密。全部言えば・・・・、たくさん問題が起こります。
 治郎張は、生徒とあいしあったこと、保護者と愛し合ったことは、・・・。
全部、秘密。ミミ。
お墓まで、持って行った方が良いことも、有ります。
これ以上言うと・・・・。
だから、
治郎張は、治郎張は、生徒とあいし合ったこと、保護者と愛し合ったことは、・・・。
あった。そりゃ、人間だから。
今となっては、秘密の方が良い。
世の中全部、正直に言う、ことが良いこととは、限りません。
 今、台湾にいます。車の中に、「二人の男女」がいます。
彼女の「目 」が「お○●こ」やってくれと訴えています。
オトコも、お前と「お○●こ」 やりたいと。
 それぐらいのことは、簡単。
どうして、わかる。しつこい。「目」つかい、目の潤み方、・・・。
見つめ合う、目の色が全然違います。
おれは、廊下に居る生徒に、「お○●こ」してくれという顔をするじゃないと、生徒に言ったことあります。もちろん、生徒は、顔を真っ青に・・・・。
どうして、先生それがわかるのですか。馬鹿。お前、廊下でそんな顔すると「不良」の生徒が・・・・。皆寄って来て、お前を・・・。そしたら、お前この地域には、住めなくなるよ。だから、やりたくても、そういう顔は、二人きりの時だけ。
廊下でしたのは、お前だけ。
 もちろん。俺は、絶対に言いません。
当たり前。お前に同じことは、しない方がいい。忠告は、しました。
 つまり、「目」は、口ほど、物を言うと言うことです。
すごいね。治郎張。そういう「女生徒」の臭いをかぎ分けることが出来るの?
そりゃ。わかることが多い。すべての人が、同じ臭いしているわけではありません。
そういう生徒も居たという話。いつの時代の話。
内緒。話せばいいというものではありません。
では、今日は、ここまで。再見。

ブログ 291 私は、テストあまりすきではなかった。

2013-04-01 00:45:08 | 台湾
試験問題を作るのは、結構大変。そりゃ今のように、パソコンがある時代と俺たちの頃はガリ版印刷。鉄筆って、知っていますか。
問題作った後、それをまた、もう一度ガリきりしなくてはならない。
一枚、ガリきり。約二時間。そりゃ、一時間で出来る人もいるけど、私は、不器用だったから、たくさん時間掛かりました。
問題作りに、十時間、ガリキリに七八時間。全部で、十八時間ぐらい。今は。パソコンという便利な物があるから、とても「楽」
 だから、私は、いつも問題のパターンを決めて作りました。そうすると、とても楽。パターンが決まると、後は、適当に問を作る。
そして、問題作り終えたら、ガリキリ。印刷。
テスト終わった後の採点。この採点も、一クラス、約二時間。結構、徹夜して採点しました。
だって、生徒は、テスト終わると、「せんせい、もう、採点した。」するわけねえだろう。いつするの、放課後、または、家で採点。
若い頃は、結構採点も楽しかったが、だんだん苦痛。
それでも、できが悪いと、「俺の教え方まだ良くない」と反省もしました。
与野東では、水谷さんが、偏差値を出していました。三百人しか受けていないのに、意味ありますか。
それでも、その偏差値(換算表)は、私が作りました。いつも、三百人しかいないから、意味ないと思うと思いながら・・・。
先輩には、反抗できません。
 テストの後、全体の順位。これは、どうしたのか、三教科と五教科に分けて、出した覚えがあります。
パソコンのない時代どうやったか、忘れました。いまなら、簡単。エクセルで、計算。表を印刷するだけ。
カード作ったかもしれません。合計500点満点で、四百五十台、四百、三百五十台・・・。50刻みで・・・。並べた覚え有ります。
 そんなに後処理が、大変だった。その後テスト便りを作り終わる。
テストって、結構当時は、面倒だった。今は、そんなことは、全部パソコンがやるから・・・。
もう、そりゃ機械的・・・・。プリンターも結構良いから・・・・。とても、楽。
 後嫌なのは、テスト返し。答え合わせして、間違えを訂正させ・・・・。ところが、ごまかす生徒が、ひとり、ふたり居る。
私は、多少ごまかされても、ま。いいと返します。俺の知っている先生は、怪しい生徒の、答案をあらかじめコピーしてから返します。
そして、その生徒が、「先生、ちがっています」と来たら、その場は、「あ、そう」と受け取り、後でその生徒を呼び出し・・。指導する先生も居ました。だいたい。教師は、警察官じゃないだから・・・。コピーまで取って、「証拠」突きつけるやり方が・・・。あまりすきになれない。いいだよ。俺は、お前を信じているから・・・。と言い続けてれば・・・。生徒も馬鹿じゃないから・・・。良心が痛み・止めるときが来る。私は、だから、ダマされやすい教師でした。私は。コピーを取る人間・教師には、なるまい。成らないと決めていました。
いろんな先生がいたから・・・。教師も、にんげん。生徒もにんげん。同じ。
 もう、あれから、三十五年ぐらい過ぎたのか・・・。1980年前後の記憶です。
あまり古すぎて。わからない人も多いと思います。
                                 再見。