台湾治郎

自分の生涯・現在の生活

ブログ370 また、やった。今度で4度目。

2013-04-20 03:13:19 | 台湾
あせらず、「人生は、遠き重き荷を背負うが如し 」
疲れたら、休みなさい。休んで元気が出たら、また・・・・。
人生は、旅・・・。台湾より。与野東中万歳。
と書いた俺が、また、失敗しました。
また、鍵を家の中に入れたまま、外に出て、買い物。気づいたときは、時すでに遅し。4回も、同じ失敗すると、慣れたもの。
大家さんに、日本ラストランから、電話して貰い、大家に来て貰う。
大家も、慣れたもので、「全く松木は、もう、お前は、日本に帰れ。」
「いいよ。帰っても、けど、俺が帰ったら、家賃入らないけど、いいの?」
{ああ。そうだね。あなたが帰ると・・・。}
『大丈夫、私は、あなたの冗談、わかるから。』
 もちろん、大家さんとレストランの旦那さんには、「辛」ラーメンを5個あげました。ほんの気持ち。
台湾で食べたラーメンの中で一番おいしい。今度帰るとき、サッポロ一番の塩をたくさん買って、台湾に帰ります。
 この言い方でわかる様に、もうすでに、私の帰るところは、台湾になっています。
私は、困ったときは、慌てません。なぜなら、相談できる人たくさんいます。
勉強のことは、K1と Sさん。台湾人だと、りゅうさんと千恵さん。生活のことは、レストランの御夫婦に聞きます。
だから、余り困りません。ただ、時間は、無駄。四時間も掛かりました。しょうがないです、自分がドジなんだから。
 前にどこかに書いたことあります。人世の悩みは、時間とお金。この二つ。
仮に君が英語を勉強しなくてはならないとするなら、まず基本は、中学校の教科書一・二・三年生全部用意して、勉強する。
まずは、それを精一杯やる。そして、足りないところは、学校で勉強する。そうすれば、2級ぐらいまでは、慣れると思う。
 人間やる気・元気があれば、何でも出来ます。ところで、治郎張の中国語は、進歩していますか?「ま、そのなんと言いますか」田中角栄になりました。
ぼちぼちでんな。
             あきれた親父。自分で失敗しても、全然反省していません。こんなんだから、ブログに文句いわれる。
反省して、進歩することありますか。歴史は、繰り返す。
台湾に十年生活しているとして、後何回、この鍵忘れをするだろう。一年で四回。掛ける十年。あと、三十六回。また゛まだ。
 人生を反省しない馬鹿親父。こんな先生に教わった生徒が可愛そう。
おれは、逆だと思う。これほどの反面教師は、珍しい。反面であれ何であれ、一方の手本になっていることは、確かです・     
生徒は、知って居ます。この先生に何言っても、のれんに腕押し、馬の耳に念仏。

                                       再見。

ブログ369 基礎学力は、大切です。

2013-04-20 03:13:19 | 台湾
私は、競争教育は、否定しましたが、基礎学力は、絶対に必要です。
基礎学力とは、自分が困った時、最低、どう生きたらいいか考える力(最低小学校六年生読み・書き・そろばん)位の力は、必要です。私が勉強しなくても、みんなに追いつけたのは、どこかで、きっと勉強していた・・・。俺自身は、覚えていません。だって、俺の時代は、・・・。
また、貧乏自慢って、デブに怒られるから・・・。
 つまり、競争のための勉強ではなく、自分が最低生きるための知恵・知識・行動様式は、持っていないと、・・・。勉強出来ずに、自分に自信を失い、どうして良いかわからず、自暴自棄な人間になるのは、避けなければ・・・。それぐらいの知力は、絶対に必要。
もし、持っていなければ、友達の知恵を借りる知恵。それは、生きるための最低限。
だって、頭悪くても良いです。世の中、天才と呼ばれるような人は、たくさんいます。
この人に相談する。それぐらいのお金は、持っていないと・・・。
 たとえば、法律問題で悩んだとする。そこで弁護士に相談すると、30分5000円は、取られます。もしかしたら、仲間に弁護士が居れば・・・。ま、仕事と見なされれば、同じ額のお金を払う必要はあります。
言いたいことは、悩まない。悩んだら、同級生・友達に相談。
これぐらいの知恵は、みんな持っていると思います。
 競争は、確かに大切です。世の中競争社会ですから・・・。だからと言って、競争教育する必要は、無いのです。自分が困った時、どうすれば・・・。生きられるか、どのように生きたらいいかの方針が立てばいいのです。出来れば、夢を持ってください。夢があると辛いことも耐えられます。勉強出来なくても、自分は、ダメだと思う必要なないのです。世の中頭を使う仕事ばかりが仕事ではありません。
 私の目の前で「謝」さんという台湾人が、身を粉にして働いています。セブンですから、そんなに難しい仕事ではありませんが、彼は、夜中いつも働いています。1時間、百二十元。日本円で、三百六十円。8時間。朝は八時まで。毎日。そうすると、三万元ぐらい稼ぎます。これは、大学出より少し多いくらい。私は、コンビニの仕事を馬鹿にしているのでなく、彼なりに一生懸命仕事をしている姿を見て感心しているのです。
 何でも良いから働けば、それだけお金が入ります。法律に触れては、もちろんダメ。
すれすれ。まあよしとしましょう。いろんな仕事があります。こんな夜中でも多くの台湾人が働いています。ゴミを整理したり、食べ物屋もまだやっています。
 確かに日本は、少し景気が上向いたようですが、まだまだ不景気。だから、そんなに仕事がないかもしれません。けど、選ばなければ、コンビニでも、・・・でも必ずあります。
アルバイトなら・・・。正社員の道は、険しいでしょうが・・・。
ま、あせらず、のんびり、悩まずに、笑って生き抜いてみょう。
家康ぐらい、気を長く、天下取りしていけば・・・。信長型になると、・・・。失敗します。秀吉ぐらいなら良いが・・・。
あせらず、「人生は、遠き重き荷を背負うが如し 」
疲れたら、休みなさい。休んで元気が出たら、また・・・・。
人生は、旅・・・。台湾より。与野東中万歳。
再見。

368 与野東中 昭和57年卒業生へ  3

2013-04-20 01:29:38 | 台湾
 みんなで助け合えば、どうにかなる。
人間は、本当に困った時に、助けてくれるのが仲間。
昔のことわざに「一日の魚を与えれば、一色のおかずには、なる。けど、魚の取り方を教えれば、一生の財産になる。」
困ったら、相談する。もちろん、その相談を聞いて、実行するのは、自分。
自己決定は、一番大事。
 本人は、困ったことを、投げ出せば、頭の良い奴、技術を持った奴。口のうまい奴、現実派も理想派も。
藝術家も。舞踏家も、歯医者さんも、いろんな仕事している英知を集めれば乗り越えられます。
 一昨年の三月十一日。日本にとって、未曾有の大災害。その時、世界中の人、国から、日本に向けて、お金・人・もの・・・・。
たくさんの贈り物をいただきました。このことは、私は、一生忘れません。
人間、困った時、助けられると、涙がこみ上げて・・・・。
そして、一番は、日本人に、「にんげんって、すてたものじゃないという希望」を与えてくれました。
 君たちは、
2013/04/20現在。大変な時代に生きています。

生活保護が二百万人。ニート・ひきこもりが3百万とも・・・。非正規社員が全労働者の三分の一。老人人口が、もうすぐ、人口の三分の一。
年金、福祉、当てに出来ない政治状況・・・。何を信じて良いかわからなくなるが、
ひとつだけ。クラスの仲間の前では、自分をさらけ出し、すっぽんぽんになって、明日からの生きる元気を分かち合おう。
おれは、いつも裸。もう、この歳になると恥ずかしいと言う感情は、・・・。
けど、教え子の前でストリップは、しません。泣くこと・笑うこと・感心すること・いっぱいの感動を以て生きています。
 助け合うことは、一肌脱ぐこと。お金を出さなくても、知恵を出せば、必ずわかる。
みんな同じ人間。
 あいだ、みつおのことば「にんげんだから」お互いに間違えを許し合い、
そして、互いの笑顔がまた笑顔をよぶような、暖かい日本。
もとから、日本人には、義理と人情は、たいせつな気質。それをいつまでも持ち続け、同級生が困ったときいたら、どうしたと声をかけ・・・。共に心配してあげる優しい仲間でありたいと願う。
いいか。俺より先に死ぬなよ。
笑って生きろ。そうすれば、晴れる日もきっと来る、信じて愛。
いきましょう。
                   再見。

ブログ 367 与野東 昭和57年卒業生へ  2

2013-04-20 00:24:17 | 台湾
 社会に出て行くのと、いろんな壁にぶつかる。辛いとき、悲しいとき、どんな時でも、私は、君たちの味方。
わたしは、自負しています。君たちには、現在の競争社会を生き抜く力があると、信じています。友達が相談に乗ってくれます。
三年四組は、そういうクラスにしたつもり。勉強出来なくても、辛い人があっても、何でも話せるクラス。
「一人は、みんなのため、みんなは、一人のため」。この、何とも、訳のわからない言葉が、クラス(暮らす)目標。
みんなが元気か今度確かめます。
 いろんな壁がある。自分で乗り越えられる人は、自分で。自分ではよくわからない人は、頭の良いカンタ、石田、岩瀬、花俟、大成、高島、
水野、室町・矢島に聞け。人生のことなら、赤津、風間、早坂、前田、三角、たぬき、石沢、今村、井上、諏訪、山崎、横田に聞け。
いろんな特技がある。それぞれの特技をいかせば、その悩みも半減するよ。
「一人で悩まない」ただし。お金が無いから貸して、ちょうだいは、禁句。
お金は、稼ぐものであり、人にネダって、貰う者ではありません。水商売だって、「来てちょうだい」とは、言うけど、お金ちょうだいとは、言いません。もちろん、お金で代価を払うなら、それも個人取引。
いろんな仲間がしました。はっきり言って、全部は、覚えていません。江頭とか財津。小林。間抜けな連中は、覚えていますが、後財津。
 いろんな連中が生きて青春時代を共にしました。当時私は、30才かな。それぐらい。31歳かな。
お前たちは、若々しく、輝いていた。正に青春前期。前技ではありません。
すぐに下ネタにいくところ、今日は、少し押さえています。
 私は、自分は、出来るんだと言う自信は、何人かには、付けました。
赤津は、それで受験に失敗しました。だって、偏差値が高くなっても、内申書とのバランスが・・・。
けど、彼は、彼で特攻隊として、公立高校一本でがんばりました。
たしか。前書いたけど、家出しました。我が家に泊めたこともありました。
 いろんな想い出たくさんあるけど、もう忘れました。
諏訪みきは、バスケット部だったような、バレー部は、ネコ。みきは綺麗だ・・。幾つの時か、誰かの結婚式で会いました。
誰の結婚式だったのか、覚えていません。○浦和だったような記憶があります。
 その時、ネコの話を聞きました。お前も苦労している。けど、ネコは、俺も好き。長島先生みんなから愛される性格。
大丈夫。彼女のたくましさを信じています。もう、46、7。早いよ。時間の経つのは、
そういっている私も、もう、61。お互い年取るわけだ。
 ま、どこかで縁があったら逢いましょう。な。頼む室町。
                                        再見。