コラム:揺れる香港、シンガポールへ「逃避」が起きない訳
[香港 29日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 香港が痛んでも、ライバルの金融ハブである
シンガポールが大きな「利」を得ることはないだろう。
香港アパート群
中国支配下にある香港では、政府に対する抗議活動の影響で、海外に雇用やビザ、資産の逃避先を求める
需要が高まっている。香港と並ぶ金融センターのシンガポールは、混乱に乗じて利益を狙わないよう、
ウェルス・マネージャーらに警告した。
3600億ドル(約37兆円)規模のシンガポール経済がいくばくかの利益を得ることは可能だろうが、
香港が中国に返還された1997年の直前に起きたような「分捕り」が再現されることはなさそうだ。
これまでのところ、1990年代初頭のような香港からの巨額の資金流失や大量移住が起きていることを
示す確実な証拠はない。多国籍企業は社外にアドバイスを求めてはいるが、移転を始めたわけではない。
しかし中国経済の減速を考えれば、マイナスの影響が及んでくることは想像に難くない。
この試練の時に、シンガポールの安定は魅力的に映る。シンガポールは過去、1967年の暴動や
97年の中国返還時に動揺した企業を誘致するなど、香港の混乱に乗じて利益を得たことがあった。
シンガポールに上場拠点を移した複合企業ジャーディン・マセソン・ホールディングス< JARD.SI>は、
そうした企業の1つとしてよく知られている。
これで利益を得るのは、中国政府の影響下から脱出したがる顧客を獲得しながらも、近年では香港の
成長に遅れを取っていたウェルス・マネジメント業界や、香港としのぎを削ってきたフィンテック
(金融技術)産業だろう。これ以外に「移転」が起きるは不透明だ。
シンガポールはアジアの中心地の1つではあるが、中国への玄関口ではない。ディーロジックによると、
昨年のシンガポールでの新規株式公開(IPO)は、総額367億ドルだった香港のそれの4%でしか
なかった。
混乱の長期化も大きなリスクだ。シンガポールは世界的な貿易摩擦の打撃を受けており、第2・四半期の
成長率は、前年同期比わずかプラス0.5%だった香港をも下回った。不安定な局面がこれ以上続けば、
悪い影響しかもたらさないと、シンガポールの当局者らは話す。
もし有益な「移転」があるとすれば、別の方面だろう。
香港の抗議デモ参加者が突きつけているのは経済的な要求ではないが、生活費の高騰が油を注いだのは
間違いない。
1997年の時点で、シンガポールと香港は一人当たり国内生産(GDP)でほぼ同等の水準にあった。
それが2018年にはシンガポールが6万4582ドルになったのに対し、富裕層の数で勝る香港は
約25%も低かった。シンガポールの不動産価格は、高騰してはいるが、香港の半分程度にとどまって
いる。
シンガポールは自由な言論の擁護者ではないが、その他の欠点をすべて考慮しても、充実した公共の
住宅システムに住民の80%程度が居住できている。教育や医療のレベルも高い。
香港の「国庫」には1兆2000億香港ドル(約16兆円)もの資金がある。効果が見込まれる分野で
近隣のライバル国を模倣するには十分だろう。