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殺人危機に陥った中南米、犠牲者1日400人。 世界人口の8%を占める地域が殺人件数では世界の約3分の1を占める

2018-09-30 16:40:23 | 南米

殺人危機に陥った中南米、犠牲者1日400人

世界人口の8%を占める地域が殺人件数では世界の約3分の1を占める

2018 年 9 月 25 日 13:42 JST   THE WALL STREET JOURNAL

 【アカプルコ(メキシコ)】太平洋に面したメキシコのリゾート地、アカプルコは世界で最も殺人が

多発する場所の1つだ。


 クリスチャン・サビノさん(22)はある朝早く、中央市場のそばでプラスチック製の椅子に座っていた。

そこへ銃を持った男が近づき、5回発砲した。地面に倒れ込んだサビノさんの頭に男は最後の1発を撃ち込み、

その場を立ち去った。


 この日、アカプルコでは他にも6人が殺害された。被害者の1人であるタクシー運転手の遺体はバラバラに

切り刻まれていた。死はあまりにも日常の風景に溶け込んでおり、ローストチキンを出す近くのレストランの

一部常連客は、警察がサビノさん殺害の現場周囲を封鎖したのを見届け、そのまま最後まで食事を続けた。


 ハリウッドスターも訪れる華やかな高級ビーチリゾートとしてアカプルコが人気を誇ったのは昔のことに

思われる。人口80万人の同市では昨年、953人が暴力によって殺された。これはイタリア、スペイン、

スイス、ポルトガル、オランダを合わせた数よりも多い。


 メキシコに限った話ではない。中南米・カリブ海諸国の多くが世界で最も暴力のまん延する

「殺人危機地域」となっている。毎日約400人が殺害され、年間の犠牲者は14万5000人に達する。


 この地域は世界人口の8%を占めるにすぎないが、殺人件数では世界の約3分の1を占める。

また国連の統計によると、2000年以降、致死的な暴力が増え続けているのは世界でこの地域だけだ。


世界の殺人の25%が集中

 世界中で発生する殺人のほぼ4分の1が、ブラジル、ベネズエラ、メキシコ、コロンビアの4カ国に

集中している。ブラジルでは昨年、過去最悪の6万3808人が殺害された。メキシコも過去最悪の3万1174人を

記録し、今年これまでの殺人件数はさらに20%増えている。


 ちなみに国連の集計によれば、2016年の殺人事件被害者数は中国が8634人、欧州連合(EU)は

5351人、米国は1万7250人だった。


 凶悪犯罪は経済発展を遅らせ、米国への移住に拍車をかける。米州開発銀行(IDB)の2016年の

調査によると、中南米諸国の国内総生産(GDP)は暴力によって平均3%押し下げられており、

それは先進国の2倍の水準だ。犯罪で失われた代価をIDBは1150億ドル(約13兆円)~2610億ドルと

みているが、これは同地域全体のインフラ支出、あるいは中南米の最貧困国下位3分の1の所得合計額に

匹敵する。

アカプルコの住民が朝食をとる横では、メキシコ軍兵士と警察が路上にある遺体の一部を監視している


 ここ数年、恐ろしい暴力から逃れるため、中米諸国から米国へと渡る家族(女性・子供を含む)が

増えている。「マラ・サルバトルチャ(MS-13)」、「バリオ18」といったギャング集団が恐怖政治を敷き、

住民はどの学校や医療機関に通うかさえ影響を受けている。エルサルバドルの2016年の殺人発生率は

人口10万人あたり83人と世界最高になり、米国の17倍近い水準だった。


 アカプルコの遺体安置所では、各種手続きや処理が追いつかないほどのペースで遺体が積み上がっている。

サビノさんの殺害直後の朝、既に3人の新たな犠牲者が担架に横たえられたまま、検視解剖を待っていた。

その少し先には、身元不明の356人分の遺体が5つの冷蔵室に収められており、あたりには死臭が漂っていた。


 アカプルコがあるゲレロ州の法医学当局者ベン・イェフダ・マルチネスさん(60)は、子供たちが

殺されるのはいつになっても慣れないことだと話す。「昔は犯罪者が子供を手にかけることはまずなかった。

だが今では7歳や8歳の子供を解剖している」と言う。マルチネスさんは地元の大学で化学と生物学を

教えている。「かつての教え子を解剖しなくてはならないことが何度もあったのはショックだった」


 運ばれた死体のうち約1割は遺族も名乗り出ない。警察に書類を提出したり、遺体をわざわざ

引き取ったりしないのだ。また、身元を特定するすべがない時もある。「時には足や頭しかないことがある」

 

アカプルコで長年の知り合いに誘拐されて殺された被害者の母親

6歳になる被害者の弟

 

 現在の殺人発生率のまま70年間アカプルコ(またはベネズエラの首都カラカス、エルサルバドルの

首都サンサルバドル)に住み続ければ、あなたが殺される確率は約10分の1だ。

 

 2000~2017年に中南米・カリブ海諸国では約250万人が殺害された。シカゴがまるごと消えたような

ものだ。これに対し、シリア、イラク、アフガニスタンの武力衝突での死者は合計約90万人だ

(国連の集計および「イラク・ボディー・カウント」など民間団体の推計)。

 

 またメリーランド大学のグローバル・テロリズム・データベースによると、同期間に世界中で起きた

テロ攻撃で死亡した人は24万3000人だった。

 

 ブラジルでは2000~2015年に1歳未満の乳児1379人が暴力によって死亡(政府統計)。

また60歳以上の犠牲者も3万人近くに上った。

 

 メキシコの殺人件数は実際より少なく報告されているかもしれない。墓標のない墓に放り込まれたり、

焼かれたり、サトウキビ圧搾機にかけられたりする遺体も多いからだ。

ティフアナではかつて、地元犯罪組織のために300人以上の遺体を酸に溶かしたと告白した男もいた。

かつて凶暴な麻薬犯罪組織「ロス・セタス」が支配していたコアウイラ州には10万3000もの身元不明の

骨片があるという。

 

 世界の大半の地域では殺人発生率が低下しているにもかかわらず、中南米では2000年以降、殺人件数が

毎年約3.7%増加。人口の伸びの3倍のペースだ(イガラッペ研究所調べ)。現在の殺人発生率は

人口10万人あたり約24人だが、この流れが反転しない限り、2030年には10万人あたり35人となる見通しだ。

 

闇の背景には何が?

  中南米は、暴力的に植民地化され、血なまぐさい戦争によって独立した。この地域は貧富の差が世界で

最も大きく、不満が鬱積(うっせき)している。経済の大きな部分は、政府の目が行き届かない露天市場や

家族経営の商売など「非公式」ビジネスで構成され、それが法をすり抜ける文化を生み出している。

メキシコの麻薬カルテルのような強力な犯罪組織があるほか、弱体化した行政組織には汚職がまん延している。

 

 人口動態にも一因がある。中南米は世界のどの地域より若年層が多く、数少ない有望な仕事を若い男性が

奪い合う状況となっている。それに加えて教育制度の弱さもある。ブラジル政府の統計によると、同国の

25歳以上のうち高校を卒業した者は27%しかいない。

 

 中南米では学校や警察といった公共サービスが整備されないまま、急速な都市化を遂げたところが多い。

それによって都市周辺部には、社会的に締め出された層が多く住む地区が生まれた。都市部への人口流入が

状況をさらに悪化させたようだ。過去20年間にメキシコおよび中米のひとり親家庭の比率は急上昇している。

 

 中南米には銃もあふれている。大抵は非合法に所持しているものだ。イガラッペ研究所によると、

2000~2015年に中米で起きた殺人の約78%は銃によるものだ。これに対し、世界平均は32%にとどまる

(米国では約73%)。

 

 これら要因がからみ合って悪循環が生まれている。世界銀行のローラ・チオダ氏が行った調査によると、

ホンジュラスの若者の実に40%が暴力を原因とする何らかの抑うつ症状を示している。

「彼らが学校にいる姿を想像してほしい。これほどの心的外傷を抱えた生徒にうまく計算法を教えられる

だろうか」と同氏は問いかける。多くは中退し、非公式経済の一員となる。

そこには給料も訓練もなく、キャリアの展望もない。「一度足を踏み入れると、犯罪と並列するこの構造が

雇用や公共サービス、アイデンティティーを与えてくれることに気づく」


車を検問するメキシコの治安当局者(麻薬カルテルの一員が近くのタクシー乗り場で銃撃された)

 

 中南米は常に世界最悪の殺人多発地域だったわけではない。英ケンブリッジ大学暴力研究センターの

マニュエル・アイズナー氏によると、1950年代にはシンガポールとカラカスの殺人発生率が

人口10万人あたり6~10人でほぼ並んでいた。


 当時、シンガポールにはギャングや売春、麻薬密売、汚職などがはびこっていた。だが1960年代前半の

独立後、権威主義的指導者となったリ・クアンユー初代首相は、法の支配を徹底し、教育に力を入れ、

勤勉な文化を作り出し、それによって社会の統合を進めた。「抑圧一辺倒ではない。そこには思いやりの

要素があった」とアイズナー氏は言う。


 現在、シンガポールの殺人発生率は人口10万人あたり0.4人まで低下。

一方でベネズエラ政府はカラカスの殺人件数を集計していない。非政府組織(NGO)ベネズエラ暴力監視団の

推計では、同国の殺人発生率は10万人あたりおよそ110人で、年間約3万4000人が殺害されるとみられる。


根付かない法の支配

 中南米全ての国がこの問題を抱えるわけではない。チリの殺人発生率は10万人あたり3.6人と、

米国を大きく下回る。メキシコのユカタン州は同様に殺人発生率が低い。都市内部でも犯罪は特定の場所に

集中する。コロンビアの首都ボゴタでは全犯罪の半数が、市内のわずか2%の場所で起きている。

そう考えると、暴力を減らすためには警察による効率的な取り締まりが不可欠となる。


 だがチリや、状況が徐々に改善するコロンビアなどの例外を除き、中南米諸国はおおむね強力な法制度を

構築できていない。同地域で解決される殺人事件の割合は20%に満たない。メキシコではこの数字が10%を

下回る。米連邦捜査局(FBI)に相当するメキシコの検事総長事務所は、過去8年間に組織犯罪に結びつく

600件余りの殺人事件を捜査した。しかし有罪の評決を勝ち取ったのは2件しかない。

処罰される例がここまで少なければ、殺人を犯しても不問に付されるのと実質的には変わらない。


 その結果、人々は自分たちの手で裁くようになる。メキシコ南部の町ミラバルの住民は5月半ば、

年配女性を襲って強奪したとして男3人を捕まえ、火あぶりにした。当局者によると、この事件で

逮捕者は出ていない。



1990年代に中南米に民主主義が広まったことは、予想に反する影響をもたらした。独裁国家であれば、

組織犯罪や暴力をコントロールするのは比較的容易だ。多くの中南米諸国は、法の支配が確立する前に

民主主義を手にした。一方、アジア諸国の一部は民主主義を手に入れずに法の支配を実現した。

社会主義国家キューバでは、殺人発生率が人口10万人あたり約4人と推定される。


 さまざまな意味で、アカプルコは中南米の機能不全を完璧に表す象徴的存在といえる。

魅力的な美しい場所にもかかわらず、中南米に暴力をまん延させた多くの要因がそれを台無しにしている。

すなわち、社会の不平等や、急速かつ無計画な都市化、教育や警察といった公的制度の不備、

深く根ざした汚職、法律に触れても何とかなるという態度だ。

 

 「アカプルコは観光客が何をしても構わない場所だった。ここにはルールがないと地元住民が同様に

思い始めたとしても不思議ではない」。同市の暴力に関する著作を執筆しているスペインのジャーナリスト、

エリサベト・サバルテス氏はこう話す。ここに移り住んでからの4年間で知人5人が殺害されたという。


にぎわっていた頃のアカプルコを描いた壁画


観光に頼るアカプルコ経済は急減速し、多くのプロジェクトが未完成のまま放置された

 

 中央市場でサビノさんが殺害された数時間後、ワニ皮のベルトと黒いサングラスを着用した

地元の刑事が姿を現した。刑事は目撃者に何も質問しなかった。検視チームによって遺体が運ばれると、

刑事もその場を去った。


 最近で恐らく最も悪名高い犯罪は、アカプルコの地元大学生からなる非行集団が10代の若者を10人以上

誘拐し、殺害した事件だろう。この集団は高校時代のクラスメートや友人といった知り合いを標的にした。

身代金を受け取った後、人質を殺したうえ、その葬式に平然と出席し、両親の前で死を悼んでいた。

自分のガールフレンドを拉致して殺したメンバーすらいる。


 アカプルコ生まれのハビエル・モルレットさんはこの街を誰よりもよく知っている。父親は1960年代に

市長を務めていた。モルレットさん本人は市内の空港や港湾の運営会社を経営していたことがある。

2012年、メキシコ市にある同国有数の公立大学に通っていた21歳の娘が誘拐された。必死で行方を

捜し続けた末、2年後に娘の遺骨を発見した。事件は未解決のままで終わったという。


 モルレットさんは暴力を「自分たちで解決できるとは思えない」と話す。「ここは昔、理想の楽園だった。

だがわれわれがそれを地獄に変えてしまったのだ」

かつて裕福な米国人がヨットの修理を行っていたプラヤ・マンサニロ。今やこの海岸は麻薬抗争の犠牲者が打ち上げられることで知られる

 


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