グーグルの量子コンピューター、その意義と影響
一連の乱数から特定のパターンを検出させるという課題を与えたところ、グーグルの量子コンピューター
は3分20秒で解き終えた。米テネシー州のオークリッジ国立研究所にある世界最高性能のスパコンで
ある「サミット」でも、その計算には1万年かかるとみられている。
グーグルによると、こうした圧倒的な結果は量子超越性の条件を満たしたという。つまり、従来型の
コンピューターでは対応が難しかったり、全くできない課題について、量子コンピューターは完全に
クリアできることを示したと説明する。
研究面において、実際にはこれが何を意味するのか、量子コンピューターがわれわれにどのような
影響を及ぼすのか──という疑問点について、以下で解き明かしていく。
<量子超越性とは何か>
「量子超越性」は、この分野の研究者たちが切実な思いで追求してきた概念だ。この概念の確認は、
量子コンピューターの潜在的な優秀さが、ついに実践化され、既存のコンピューターを実質的に凌駕
(りょうが)した瞬間と言える。
<量子コンピューターの特徴は>
従来型コンピューターは、計算の基礎として「0」か「1」かを表すビットを用いる。要するに
「イエス」と「ノー」、「オン」と「オフ」を組み合わせて論理的な課題をこなす。
これに対して量子コンピューターは、異なる状態で同時に存在できる量子の特性を利用する。
具体的には、「量子ビット」もしくは「キュービット」と呼ばれる仕組みを利用し、「0」と「1」を
同時に存在させることができる。専門用語では「重ね合わせ」という。
<量子コンピューターのからくり>
量子コンピューターのもう1つの特性は、量子同士が「もつれ合い」の状態となって、相互に影響
し合うことができる点だ。この「もつれ合い」と「重ね合わせ」が相まって、それぞれの量子ビットの
計算能力が指数関数的に高まる。
グーグルが開発した量子プロセッサ「シカモア」は、54個の量子ビットを搭載しており、このうち
作動したのは53個だったが、十分な成果を発揮した。
<なぜ、実験成功まで時間がかかったか>
物理学者は、30年以上にわたって量子コンピューターを話題にしてきたものの、さまざまな難題が
横たわり、開発作業は難航してきた。
例えば、量子ビットでは、計算間違いにつながる「ノイズ」を減らすため、絶対零度(摂氏マイナス
273.15度)近くまで冷やす必要がある。その意味で、グーグルの研究者がかなり正確な計算を
実行したことで、開発段階における1つの重要な節目に到達したと言ってよい、と物理学者は話している。
<従来型コンピューターの時代は終わるのか>
ライバルのIBM(IBM.N)を含めた批判派は、グーグルが成果を誇大化し、量子コンピューターが
事実上全ての従来型コンピューターを旧式化したという誤った印象を生み出している、と主張する。
IBMが製造したスパコン・サミットも、ディスクストレージを付加すれば、グーグルが行った
乱数問題をより正確に、せいぜい2日半で解けた可能性があった。
グーグルは非常に狭い分野の課題をクリアしただけで、量子コンピューターの実用化までの道のりは、
なお長いといった懐疑的な声も聞かれる。
現実の世界では、量子コンピューターは従来型コンピューターと併用され、それぞれの強みを生かす
ことになりそうだ。
<次の展開は>
グーグルの人工知能(AI)研究チームは、量子コンピューターが機械学習と材料科学、化学といった
領域で活用する余地があると見込む。もっとも彼らも、実際に利用する前に正確性をもっと高めなければ
ならないと認めている。
一方、量子コンピューターを悪用し、銀行口座にインターネットからアクセスするために使われている
コードを解読して、不正侵入を図ることに対応するため、暗号作成者らも、すでに対応を始めている。
その結果、量子コンピューターの普及前の段階で、量子コンピューターの到来に対応した暗号技術が
登場している。
<グーグルは先行者か>
グーグルは量子超越性の実証により、この分野の先行者だと名乗る権利を主張しているが、IBMも
すぐ後ろに迫っている。
サーバーをつないで、研究作業を行える日も近いだろう。
AI(人工知能)などの分野に多額の資金を投じている中国も、量子コンピューター開発を後押しして
おり、米国との貿易・技術を巡る冷戦の新たな「戦線」が形成されている。
写真はD-Wave2X量子コンピューター。米カリフォルニア州マウンテンビューの米航空宇宙局研究施設で2015年12月撮影