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平成2年版外交青書
第3章 各地域情勢及びわが国との関係ー第1節 アジア・大洋州
第2項 朝 鮮 半 島ー2韓 国ー (3) わが国との関係
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1990/h02-3-1.htm#c2
「在韓被爆者問題については、盧泰愚大統領訪日の際に、海部総理大臣より、医療面で今後総額40億円程度の支援を行う
意向を表明した。」
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40億円の医療面での支援に対して、韓国人は、支援では不満で、あくまで日本政府からの被ばく補償金を求めています。
慰安婦と同じですね。支援金じゃダメだということです。
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発行日:1990.07.18 / 18面 朝鮮日報
原爆補償40億円は、治療補助費に過ぎない
被害者共同声明
▲新聞紙面の記事
韓国原爆被害者協会(会長シン・ヨンス)は17日、声明を出し、
「昨年5月、盧泰愚大統領の訪日時に日本政府が支給することを約束した40億円は、
原爆被害補償金にではなく、補償金の支払いに先立つ治療補助費であるだけ」とした。
「日本政府は、それさえも、そのお金を分割支給するという欺瞞的な態度を捨てなければならない」と主張した。
あなたがたに一括で40億も渡したら判らないところに消えちゃうということですよ
これがよくわからない事なんですが、このかたの話だと米国から原爆被害補償金をもらったとの記事です。
支援金ではなく補償金です。米国の責任問題がかかってくる重大な事だと思いますが。聞いたことがないです。
得意のウソでした~という記事でしょうか。
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原爆被害に数十年間の痛みを経験している80代のおばあちゃんが被害補償金と古物商などで稼いだお金をすべて母校に寄付した。
先月29日ギムボンスン祖母(87)は、大邱達西区聖書小学校を見つける"若い学生が勉強するために恩恵になったら良いだろう」と
3000万ウォンを伝達した。この日キムおばあさん は、学生に「きちんと学ばなかったのがしたとして残っている」とし「先生と両親の言
葉によく聞いて友達と仲良く学生になったら良いだろう"と述べた。
金さんは、2年余り前に、この学校に3600万ウォンを寄付した。米国政府が支給した原爆被害補償金に金の指輪などの屑を売って儲
けたお金などを加えたものであった。学校は、このお金で冷・温水器と本などを購入し、学生がいつでも利用できるようにした。
金さんは14歳のとき、聖書小学校3年生に入学したが、父の反対で5ヶ月だけでやめた。17歳で結婚して夫の仕事がある広島に渡っ
行っ2年後の1945年8月原爆の被害を受けた。 光復後、夫と一緒に故郷の大邱に戻ったが、原爆の後遺症に出産の過程で子ども3
人をすべて失ってしまう痛みを悲しい経験をした。ソムン市場で呉服商売などをして生計を立ててきた金さんは、最近、毎月出てくる原
爆被害補償金や高齢者手当など20余万ウォン余りのお金で生活している。おばあちゃんは、このお金を大切に大切に一定額が集ま
れば再び母校を見つけるつもりです。
医療面の支援金40億円から21年後。40億円は底をついたという事でしょうか。何にどうやって使ったのでしょうか?
日本は在外被爆者について被爆者健康手帳を発給していたので、やはり医療支援より補償ということなのでしょうね。
で、韓国政府が日本に対して何も動かないとのことは違憲であると政府を訴えています。⇒勝訴
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2011/09/03 11:35 連合ニュース
政府からの原子爆弾の被害の問題の解決に外交的努力を尽くされていないのは違憲であるという、憲法裁判所の決定に関連し、
慶南地域原爆被害者らが精神及び肉体的補償政策を立ててもらう事を政府に要求した。
韓国原爆被害者協会陜川支部、陜川平和の家、韓国原爆2世患友会などは、3日、このような要求を盛り込んだ声明を出した。
彼らは「原爆被害者たちは、被爆の後遺症で生じた様々な疾患を治療するのに、精神及び肉体的苦痛に加え、
経済的負担まで抱えているが、政府の支援を受けられず、苦しみの中で生きている」と紹介した。
続いて「政府は、日本政府に責任を先送りしたまま、被害者らの疾患の治療などに国家的及び憲法上の義務を履行しなかった」とし
「憲法裁判所で違憲決定が私たち被害者と子供のための健康・福祉支援などの補償政策を立てなければならない」と主張した。
これらを、政府が日本に賠償請求権を強力に要求して、仲裁委員会に提訴など外交的努力を行ってくれることを要求した。
無念にも犠牲になった7万人の原爆犠牲者のための追悼碑と原爆資料館を立てて、平和公園も造成してほしいと要求した。
一方、憲法裁判所は8月30日、原爆被害者キム某氏など2千500人余りが、
日本との紛争解決に消極的な政府の態度が基本権を侵害するとした憲法訴願審判事件で、
裁判官6(違憲)対3(却下)の意見で違憲決定を下した。
最後までお読み頂きましてありがとうございます。