豪総選挙、なぜ左派は負けたのか
予想外の結果は、ブレグジット国民投票やトランプ氏の勝利と似ている
2019 年 5 月 20 日 13:19 JST By Tom Switzer
――筆者のトム・スウィッツァー氏は豪シンクタンク「センター・フォー・インデペンデント・スタディーズ」のエグゼクティブ・ディレクターで、オーストラリア放送協会(ABC)系列のラジオ・ナショナルの司会者
【シドニー】予想外の選挙結果ほど、メディアに登場する識者に前言の撤回を強いるものはない。
オーストラリア総選挙での中道右派の与党・保守連合(自由党と国民党)の勝利は、多くの言葉の
撤回をもたらした。
数日前には、世論調査も賭け屋のオッズも野党労働党の勝利を示していた。ジャーナリストや
識者は、一般国民が政府に望んでいることは気候変動への取り組みと富裕層への課税強化だと
論じていた。スコット・モリソン首相(51)が勝利することなど考えられない、石炭産業寄りの
福音派キリスト教徒であるモリソン氏は時代にふさわしい人物ではないと断じられていた。
ところが18日の選挙では、6年間で2度の首相交代を余儀なくされた与党が議会での基盤を
固める一方、野党労働党は東部クイーンズランド、タスマニア、ニューサウスウェールズ各州で
複数の重要な接戦区を落とし、屈辱を味わった。今回の選挙結果は、オーストラリアの識者による
史上最も劇的な判断ミスとして長く記憶されることになるだろう。どこかで聞いた話ではないだろうか。
2016年の米大統領選挙では、世論調査専門家らは「隠れトランプ支持者」という要素に対応
しなければならなかった。共和党の候補者が社会的に受け入れがたい人物だったため、人々は彼に
投票することを認めたがらなかった。
同じ年に英国で行われた欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票でも、同じ力学が働いた。
世論調査はEU残留派の勝利を示していたが、何百万人もの「隠れ離脱派」がこっそりと投票所に
足を運び、票を投じた。後ろ向きで嘆かわしい人々だと左派から批判された勢力は地下に潜伏したため、
国民投票前に彼らの力を推し量ることは不可能だった。
このような「隠れ」有権者が豪州の政治を形作ることになる。テレビやソーシャルメディアは
過去30年間にわたり、アイデンティティー政治、高い税率、富の再分配、費用をかけて気候変動の
影響軽減を目指す政策などに反対することは政治的に正しくないという雰囲気を作り上げてきた。
だが「静かな豪州人」とモリソン氏が呼ぶ人たちは、投票所のブースで、自分の利益は低い税率と
豊富な資源を基にした市場経済にあるとの判断をひそかに下したのだ。
モリソン氏の勝利への道は、ドナルド・トランプ氏のホワイトハウスへの道と同じくらい細かった。
モリソン氏は対抗勢力が左に急旋回したことに助けられた。労働党は1980年代に大幅な規制緩和を
進めたが、最近は不動産投資家や資産の多い退職者や高収入の富裕層に対する増税を公約していた。
多くの豪州人はリスクを取ることや懸命に働くことで収入の階段を駆け上がったが、労働党は
格差縮小という名目で、こうした行動に対する政府の障害を増やしたいと考えていた。豪州は
1980年代半ば以降、市場改革を進め、労働と貯蓄に対するインセンティブを強化した。
その結果が30年近くに及ぶ持続可能な経済成長だ。これは経済協力開発機構(OECD)加盟諸国の
中で景気拡大の最長記録となっている。労働党は今回の選挙で、階級闘争がもはや中間層に響かない
ことを学んだ。中間層は豊かになることを熱望しており、増税のゆがんだ動機を理解している。
労働党のエネルギー政策は2030年までに温室効果ガス排出量を45%削減し、再生可能エネルギーの
比率を50%に高めることを目標としている。このグリーンエネルギー政策は全国で最もリベラルな
ビクトリア州で共感を得て都市部で数議席獲得につながったものの、それ以外の地域では支持を
得られなかった。豪州は主要な石炭生産国であり、指揮統制型の制度は幅広い支持を得られていない。
連邦議会で石炭の塊を手にしたポーズを取ったことで知られるモリソン氏は、有権者に対し、
炭素と同等の効率的な再生可能エネルギーはなく、中国の温室効果ガス排出量の年間増加量は
オーストラリアの年間総排出量よりも大きいと訴えた。
与党・保守連合に対抗する左派勢力は協調体制を組み、よく組織された選挙運動を展開した。
かつて保守連合を率いたトニー・アボット元首相を盤石だったシドニー郊外の選挙区で落選させる
という成果も生んだ。同じ野党勢力はモリソン氏が得た負託についても独自の解釈をする恐れがある。
モリソン氏に「中道に寄る」ことを要求することで同氏の勝利を弱めようとする動きが既に起きている。
これは有権者が今回支持したばかりの、減税による景気拡大政策の放棄を意味するメディア用語だ。
モリソン氏は選挙の終盤で、「静かな有権者にとって、いまは後戻りすべき時期ではない」と述べた。
彼は自分の言葉に耳を傾けるだろうか。
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