【オピニオン】香港弾圧は既に始まっている
全ての弾圧が銃弾や戦車によって行われるわけではない
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【香港】中国による香港弾圧は既に始まっている。1989年の天安門事件のような戦車の投入は
起きていない。しかし中国政府は、世界に気付かれないことを期待して、より目に付かない形ながら、
しばしば暴力的な手法で、反対勢力を鎮圧している。香港職工会連盟のスタンレー・ホー・ワイホン
(何偉航)氏に尋ねれば、それが分かるだろう。
35歳の何氏は、民主主義を信奉する労働活動家で、9月29日に西貢という香港・新界区域の漁村
での住民イベントを計画していた。しかしこの日、中国の人権侵害に抗議する何万人もの規模の集会が
香港で開かれることになり、何氏はぎりぎりの段階でイベントをキャンセルした。車で会場を去ろうと
した際、1人の見知らぬ人物に呼び止められた。村人たちがお土産を渡したがっているので、戻って
ほしいとのことだった。何氏は今月、病院で筆者にこう語った。「それは暗殺のためのわなだった」
香港職工会連盟のスタンレー・ホー・ワイホン氏
何氏によると、話はこうだ。西貢に戻ると、3人の男たちが待ち伏せしていた。彼らは金属の棒で
殴りかかってきた。地面に倒れた何氏は、手で頭を守った。ほんの30秒後には、現場に居合わせた
人々が何氏を助けてくれた。だが「30秒は長い時間」だった。何氏はこの襲撃によって、頭部7カ所に
深い切り傷を負い、背中5カ所に打撲傷を負った。右手の親指と他の3本の指は骨折していた。中でも
左手の人差し指の骨折はひどく、手術が必要だった。
他の民主主義信奉者も、犯罪に相当する暴力の標的となった。その中には、香港議会議員のラム・
チュクティン(林卓廷)氏、クウォン・チュンユー氏、アップルデイリー(蘋果日報)紙の匿名の記者、
香港大学学生会主席代理の活動家デイビン・ウォン(黄程鋒)氏、今年夏に100万人かそれ以上の
参加者を集めた一連の抗議行動を組織した民間人権陣線のリーダー(招集者)ジミー・シャム(岑子傑)氏
などが含まれている。9月にはアップルデイリー創設者のジミー・ライ(黎智英)氏の自宅に火炎瓶が
投げ込まれた。地下鉄網で最近掲示されたポスターには、同氏自身と子供たちの個人的電話番号が
掲載された。また、私服の暴漢らが抗議行動参加者らに暴行を加えてもいる。最も有名な事件は、
7月に元朗区で起きたもので、約45人が負傷した。
政府による暴力もエスカレートしている。香港警察は今月の武力使用に関する統計をまだ公表して
いないが、楊岳橋・立法会議員の事務所は法執行当局が6月9日から10月1日までに実弾10発、
催涙ガス4500本、ゴム弾1490発とスポンジ弾520発を放ったと推計した。警察は放水砲も配備した。
これまでのところ、死者は出ていない。しかし、10月9日の時点で、香港の公立病院はデモ中に
運ばれてきた1251人の負傷者の手当をしており、中には重篤な症状で入院した人もいる。実際の
負傷者はもっと多い。多くのデモ参加者は逮捕を恐れて、病院に行くのを見合わせているからだ。
香港警察は過去4カ月間に2300人を超えるデモ参加者を拘束した。この中には15歳未満が少なくとも
104人含まれている。デモ参加者の代理人を務める弁護士らはこうした逮捕について、その多くが恣意
(しい)的あるいは、でっち上げのように見えると話す。警察は今月に入り、「ぶらつき」の容疑で
十数人を連行したが、その理由は、共産党革命70周年を嘆く意味をこめて黒い風船をふくらませようと
街頭に群がっていたというものだった。
香港は、人口のかなりの割合の人々を犯罪者にしている。当局はデモの許可証の発行を拒否することが
多く、それでもデモに参加した人は、未承認の集会への参加で起訴される恐れがある。これは最大で
5年の禁錮刑が下される可能性のある罪だ。犯罪が起きたとされる日から何カ月もたってから逮捕される
こともある。
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は4日、デモの際にマスクやペイントなどで顔を隠す
ことを禁止するため、「緊急状況規則条例」を発動した。既に少なくとも77人が禁止法に違反したと
して逮捕された。彼らは最長1年収監される可能性がある。だが多くの香港人は中国の厳重な監視体制の
方に、より脅威を感じ、リスクを冒して抗議行動を行おうとしている。一部の人々は筆者に対し、
香港当局によるスマートID(身分証)カードへの切り換えについて、顔認証技術を利用しやすくする
ことを意図したものではないかと懸念していると語った。
香港当局は抗議行動参加者の逮捕に加え、活動参加者の暮らしをも標的にしようとしている。
政府による監視技術が導入されれば、その動きは一層激しさを増すことになるだろう。
612人道支援基金の役員、何秀蘭(シド・ホー)氏は高校生の活動家たちが来春、大学への入学を
認められるかどうか注視すべきだと語った。同基金は抗議活動家の医療費を肩代わりするなどの
支援活動を行っている。香港職工会連盟の会長を務めるキャロル・ウン氏によれば、抗議行動を支持
したとの理由でキャセイパシフィック航空の職員少なくとも26人、その他航空会社の職員10人が
解雇された。たとえ外国企業で働いていたとしても、ブラックリストの対象外になるような保護は受け
られないだろう。中国政府は外国企業に脅しをかけることが多く、企業側もそうした圧力に屈してしまう
傾向があるためだ。
林鄭長官が今回、緊急条例を発動するという前例をつくったため、事態は今後さらに悪化する恐れが
ある。緊急条例は「公共の利益にとって望ましい」と考えられるものについて行政長官に対し、
監視、逮捕、交通機関の停止、財産の差し押さえ、その他「あらゆる必要な規則」を設ける権限を
与えている。抗議活動家らはとりわけ、林鄭長官が対話アプリの「ワッツアップ」や「テレグラム」、
オンラインフォーラムの「LIHKG」など、治安警察の動きに機敏に対応するのが可能なサービスを
阻止しようと試みていることを警戒している。香港には既に厳しい銃規制が存在する。
つまり、こうしたサービスの停止は、殺傷能力のある武器だけでなく、情報通信技術をも香港政府が
独占することになる。
全ての弾圧が銃弾や戦車によって行われるわけではない。香港の自由はゆっくりと息の根を
止められることで死ぬ可能性がある。