北朝鮮の核、急速な技術進歩に隠された「謎」
国連制裁をかいくぐり、海外で技術を吸収する科学者の卵
2017 年 9 月 7 日 16:54 JST THE WALL STREET JOURNAL By Jeremy Page and Alastair Gale
【ハルビン(中国)】北朝鮮は今年18回目となる弾道ミサイル発射のわずか1週間後、国産だと主張する水素爆弾の実験を
行った。このことは、同国の核開発プログラムの核心をなす「謎」をあらためて思い出させるものだ。
兵器関連技術を手に入れさせないよう国際社会が協調行動を取っているにもかかわらず、なぜ北朝鮮はこれほど急速に技術を
進歩させているのか?
その答えは、海外留学した北朝鮮の科学者が持ち帰る専門知識にある。留学先の筆頭は中国であり、明らかに2016年の
国連制裁措置に違反している場合もある。同制裁措置は北朝鮮に特定の分野を教えることを禁止している。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が公式統計や学術論文、各大学のデータを分析したところ、ここ数年で北朝鮮から
数百人の科学者が海外に留学したことが分かった。その多くは国連が北朝鮮の兵器開発に役立つ可能性があると指摘した
学問分野だった。
北朝鮮は約60年前から核兵器開発に取り組んできたが、当初はソ連の技術や専門家に頼り、その後はイランやパキスタンの
教えを請うた。いまや自国の科学者が核開発を担うとなれば、その野望を封じることは一段と困難にならざるを得ない。
「海外にいる北朝鮮の研究者について大いに危惧すべきだ」。2011~16年に国連北朝鮮制裁委員会の専門家パネルの
委員だった古川勝久氏はこう指摘する。
そうした科学者の一人がキム・キョンソル氏だ。国連の制裁実施後も1年以上、中国・黒竜江省にあるエリート大学、
哈爾浜(ハルビン)工業大学にとどまり、電子機械工学(機械工学と電子工学、プログラミングを融合させた分野)の博士課程で
学んでいたと大学関係者は話す。キム氏は今年3月に中国で論文を発表したが、共著者は中国軍が運営する宇宙開発プログラム
に関わる上席エンジニアだった。
WSJの要請でキム氏の論文を調べた古川氏は、国連の制裁措置で禁じられた分野に該当すると結論づけた。
多様な学問分野で海外の教育を受けた科学者たちは「北朝鮮の兵器開発に関連する科学的なノウハウや情報を蓄積するのに
確実に寄与している」と古川氏は話す。
技術の進歩は核科学だけにとどまらない。北朝鮮が宇宙に向けて飛翔体を発射するのに役立ったであろう研究成果や
海外人脈は、米国や同盟国に対する攻撃手段を完成させるのを阻止したい米国にとって重大な関心事となる。
北朝鮮は複数の地球観測衛星を打ち上げているが、これらは偵察目的や照準を定めるために利用できる。
また、潜水艦からのミサイル発射実験をすでに行っており、電磁パルス(EMP)攻撃を行う可能性にも言及している。
EMP攻撃は高高度で核弾頭を爆発させ、地上の電力網などをマヒさせる。
キム氏が学んだ「磁性流体ダンピング(振動減衰)」と呼ばれる技術は、自動車やビル、ヘリコプターの振動を抑えるだけでは
ない。宇宙空間の機器を安定化させたり、潜水艦などに搭載したミサイル発射システムの衝撃を吸収したりするのに使うことが
できると、この分野の米専門家は指摘する。
米当局者が懸念しているのは、「デュアルユース(軍民両用)」の知識を科学者が持ち帰ることを禁じた2016年の国連制裁より
以前に、北朝鮮が教育に関する制限がないのを利用していたことだ。さらに現在でも制裁の抜け穴から恩恵を受けている可能性
がある。
一部当局者によると、たとえ厳密に制裁を履行しても、北朝鮮はすでに核開発のゴールに向けた自前の技術を十分蓄積して
いる可能性がある。WSJが8月に米情報当局者の話として報じたように、北朝鮮は国産のロケットエンジンを製造している証拠が
ある。これはウクライナ製またはロシア製のエンジン技術が北朝鮮に流出したとする最近のシンクタンクの報告とは相反する。
「国産」だと強調
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、水素爆弾が国内の技術だとあえて強調して見せた。
「水爆のすべての部品は国産で、兵器級核物質の生産から部品の精密加工、組み立てに至るまで全工程を国内で行った」。
国営の朝鮮中央通信社は金氏の発言としてこう伝えた。
2009年に2度目の核実験を行った北朝鮮に対し、国連は一連の制裁措置を決めた。加盟国に対し、自国領土内または
自国民によって北朝鮮の核・ミサイル開発に役立つ可能性がある「特別な教育や訓練を行うのを防止する」よう求めた。
2016年1月に4度目の核実験が強行された後、国連は特定分野を教えるのを禁止する措置を導入。同年9月に5度目の
核実験が行われたのを受け、先進工学、材料科学などにも禁止対象を広げた。
国連の専門家がまとめた今年2月の報告書によると、昨年の制裁実施後にも数人の北朝鮮人がイタリアで物理学を、
4人がルーマニアで材料科学や工学、電子通信などを学んでいた。全員がその後、許可された範囲の専攻科目に変更したという。
在籍した教育機関はコメントの求めに応じなかった。
国連の専門家によると、2016年の制裁実施前には北朝鮮の2人がインドの宇宙技術センターで訓練を受けていた。
1996年以降では32人が同センターに在籍し、その1人が最近、平壌の衛星管制センター長に就任した。インド側はもう
北朝鮮から訓練生を受け入れていないと述べた。
近年、北朝鮮からの留学生を大量に迎えているのは中国だ。WSJが北朝鮮人留学生が多い国々の公式統計や大学のデータを
調べて判明した。中国教育省の出版物によると、入手可能な最新データがある2015年には、同国大学院に北朝鮮の留学生
1086人が在籍していた。2009年の354人から急増している。
この出版物では在籍した大学名や学んだ内容は明らかでない。中国教育省はコメントの求めに応じなかった。
韓国の翰林大学が作成した学術データベースを調査したところ、2011~16年に外国の学術誌に発表された北朝鮮の
研究者の論文のうち、中国が60%を占めていた。主として物理学、工学、数学、冶金(やきん)学、材料科学の分野だった。
2016年の国連制裁後に北朝鮮の研究者が中国で発表した論文は、医学や鉱山学など民生用の分野が主だが、
一部に現在は禁止されている金属発泡体(放射線を遮断できる)などの研究も含まれていた。
科学者を海外に派遣し、帰国後は特別に厚遇するのが「並進路線」の中心となる部分だ。「先軍政治」を掲げた父親の死後、
2011年に後を継いだ金正恩氏は、核開発と経済発展を両立させる「並進路線」を導入した。
北朝鮮は米国の攻撃を防ぐために核兵器が必要だと主張している。1950年代にソ連の支援を受けて核兵器開発に
着手したが、当時は共産圏諸国との科学者の交流が少なかった。東西冷戦の終了後は主にイランやパキスタンから
核・ミサイルの専門知識を得たとされる。
2006年に北朝鮮が核実験を始めて以降、米国や国連は資金の流れを断ち、兵器に利用可能なデュアルユース材料の
流入を防ぐことに注力してきた。北朝鮮はこれに対抗し、国内の兵器技術を高める道を追い求めてきたと専門家は指摘する。
専門家や欧米諸国の当局者が口をそろえるのは、金正恩氏の並進路線によって北朝鮮には広範囲にわたる専門知識が
蓄積されたということだ。冶金学者がロケット材料となる高強度で軽量の合金を作り出し、数学者がミサイル誘導技術に関わり、
衛星技術者が照準設定や偵察を向上させるという具合にだ。
中国でキム氏が学んだこと
電気機械工学を学んだキム・キョンソル氏が「磁性流体ダンピング」の専門知識をどのように使うつもりだったかは明確でない。
「軍事転用の可能性? ひょっとするとあり得る」とバージニア工科大学のメディ・アフマディアン教授は述べた。
同氏は磁性流体ダンピングを宇宙の構造物に用いる研究を行ったことがあり、衛星やアンテナ、反射鏡などに応用できると話す。
中国でのキム氏の指導教官はチェン・ツァオボ教授だった。キム氏が発表した論文の脚注には、チェン教授が主導する
極超音速機(ハイパーソニック)に関するプロジェクトから研究資金を得たと記されている。
時速6000キロ以上で飛行する極超音速機は、中国やロシア、米国が核兵器や通常兵器を搭載する目的で開発している。
チェン教授によると、キム氏は中国政府の奨学生としてハルビンに4年間滞在した。制裁の影響で帰国したが、博士論文の
口頭試問を受ける直前だったという。「私は彼を少しでも慰めようとした」とチェン教授は話す。「帰国すれば失望することは
分かっていた。彼は口に出さなかったが、伝わってきた」
チェン教授の話では、キム氏が中国の軍事機密技術を直接知ることはなかったが、以前の研究をさらに発展させれば、
宇宙分野を含み民生用にも軍事用にも使える可能性はあると言う。キム氏と共同研究していたチェン氏や他の2人の教授に
よると、学生や同僚から国連制裁のことを聞いたのは今年5月か6月のことだったという。
キム氏は2010年以降に中朝両国の大学が結んだ提携協定の一環でやって来た。参加した大学の中には、国連の専門家が
北朝鮮の核兵器プログラムに人材や技術を提供していると報告した北朝鮮の大学2校(金日成総合大学と金策工業総合大学)も
含まれていた。
元国連武器査察官で核拡散の専門家であるデービッド・オルブライト氏によると、大量破壊兵器の開発を目指す国々に共通する
のは、科学者を留学させたり会議に出席させたりして外の知識を吸収することだという。中国の工学系大学や訓練プログラムは
「軍事計画に関わる中国人など、慎重な扱いを要する情報を持つ人々と接触するチャンス」をもたらすと同氏は言う。
ハルビン工業大学(HIT)は中国トップクラスの工学系大学の一つで、通常の民生分野のほか、極秘の防衛技術や宇宙関連の
研究を行っている。大学のウェブサイトによると、同大学は北朝鮮の金策工業総合大学、金日成総合大学と提携協定を結び、
2013年に両校から最初のグループとして12人の博士課程および博士課程修了後の学生を受け入れた。
15年までにその数は28人に増えた。
キム氏は最初に訪れたグループの一人だ。1975年生まれの同氏は、研究論文の記載によると、北朝鮮で機械工学を学んだ後、
HITの電子機械工学部に入学した。同校は中国の有人宇宙プログラム向けの訓練を行っているほか、超精密機械加工など
防衛技術の研究施設も備えているという。
‘学術的な理由のためにこうした教育を受けたのではないだろう’
大学スタッフの話では、キム氏ら北朝鮮の学生はHITでは目立たない存在だった。小さなアパートを共同で使い、
社交的な集まりにはめったに参加しなかった。全員が中国政府の奨学生であり、住居費や授業料は無料で、毎月約3000元
(約5万円)の奨学金を受け取っていた。
「彼らは服装や風貌ですぐ見分けがついた」とある中国人の大学院生は話す。他の学生によると、彼らの中の一人が監視役を
務めているようだった。
キム氏は大学に到着すると、「私の研究分野に注目し、非常に興味深いと思ったようだ」とチェン教授は話す。
チェン氏は振動制御の専門家で、防衛プロジェクトにも関わっている。
チェン教授は2007年に宇宙船の振動を抑える複合積層板の設計に関する共著論文を発表。教授自身のプロフィールや
国家自然科学基金委員会によると、2012~15年には極超音速機の振動制御に関するプロジェクトを率いた。
同教授によると、キム氏の研究がより直接的に関連しているのはヘリコプターだが、多様な分野に利用することも可能だという。
両氏は今年2月、特許を申請した。中国の特許当局によると、応用分野として航空宇宙などが挙げられていた。
磁性流体ダンピングの専門家であるメリーランド大学のノーマン・ウェアリー教授(航空宇宙工学)は、キム氏の研究はごく
基本的なものだが、帰国すればより高度な研究に発展させられるだろうと話す。
「学術的な理由のためにこうした教育を受けたのではないだろう」
今年6月にHITを去った北朝鮮人の博士課程の学生は他に少なくとも11人いた。国連が禁じていない経営学など別の専攻に
移った学生もいたという。
一部の学生はさらなるノウハウを持ち帰った可能性がある。大学関係者の話ではここ数カ月に北朝鮮人はHITを含む2校以上の
中国の大学で、有料データベースから何万件もの論文をダウンロードし、図書館規則に違反した疑いがある。
図書館側によると、9人の外国人学生が5月16日、HITの電子機械工学部などで5万7000件の論文をダウンロードした。
容疑者は北朝鮮人だとスタッフや学生は話している。
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Published September 8, 2017 at 4:00 p.m. JST