中国「一帯一路」、大盤振る舞いできぬ現実
習主席の肝いり計画、国内経済が足を引っ張る
――筆者のアンドリュー・ブラウンはWSJ中国担当コラムニスト
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【上海】投資が渇望されている世界では、中国の習近平国家主席が打ち出した看板外交政策にいやが上にも期待が
高まる。古来の貿易路だったシルクロードを中国から欧州にかけて復活させるという計画だ。
一部の楽観的な見積もりによると、中国が建設する鉄道網やパイプライン、港湾などの貿易インフラは最終的に、米
国が第二次世界大戦後に手がけた欧州復興計画「マーシャルプラン」もかすむ規模になりそうだという。非公式の試算
では支出総額は4兆ドル(約450兆円)に達する見通しだ。
米 ゼネラル・エレクトリック (GE)や米建設機械大手キャタピラー、ドイツの電機大手 シーメンス といった多国籍企業
は、またとない幸運に期待している。中央アジアから中東、アフリカの経済が停滞する国々は、世界的なサプライチェー
ンに加わる機会を狙っている。
しかし、習氏が「一帯一路」構想を打ち出して4年がたったいま、国内経済の現実――成長鈍化、膨れ上がる債務、資
本流出――が計画の足を引っ張り始めている。
現実のプロジェクトは紛れもなく進行中だ。中国とラオスを結ぶ高速鉄道やスリランカの港湾施設、ベトナムやパキス
タンの発電所、ネパールの国際空港などの建設現場では中国のブルドーザーやクレーンが動き回っている。
オックスフォード・エコノミクスのアジア調査責任者、ルイス・クイス氏の集計によると、ここ数年、中国は一帯一路に関
わる数十カ国に対し、毎年計1300億ドル前後を融資している。しかし、その大部分を貸しているのは商業銀行だ。一帯
一路関連のインフラ事業への資金供給を担う政策銀行2行が手がけるのは約400億ドルにとどまる。
これは決して少ない金額ではないが、威勢のよい政府の掛け声にはそぐわない。想定される受益者たちは、中国のイ
ンフラ投資が一気に噴き出すのを待っているのだ。
世界的に見れば、中国による投融資は目覚ましい存在感を示す。対外純資産は日本に次いで多く、世界2位の債権
国となっている。
ただ、一帯一路への注目度は高いものの、「中国の資本の大半はよそに向かっているようだ」と世界銀行の元中国部
門責任者デービッド・ダラー氏は指摘する。同氏は現在、米ブルッキングス研究所のシニアフェローを務めている。
「外貨の急減で台無しに」
ダラー氏は政策銀行である国家開発銀行と中国輸出入銀行の公表データを精査したが、一帯一路の計画を優先して
いる証拠は見つからなかったという。両行は過去数十年、中国政府によるアフリカや中南米向けの大規模な融資の大
半を実行している。
一方、中国企業はより安全な先進国市場に軸足を置いたままだ。
アメリカン・エンタープライズ研究所とヘリテージ財団は中国企業の対外取引のデータベースをまとめた。そこからわか
るのは、中国の民間・国有企業の2014年以降の米国への投資額は、シルクロード沿いの60カ国余りへの合計投資額
を上回っていることだ。後者の国々は世界人口の60%を占め、世界全体の国内総生産(GDP)の約3分の1を占める。
中国はなぜ出し惜しみしているのか。
一帯一路は曲がりなりにも習主席の地政学的な遺産となるプロジェクトだ。中国が西側世界に貴重な高級品を広めた
過去の栄光を呼び覚ますとともに、財政が疲弊し内向きになった米国や欧州から世界のリーダーシップを受け継ぐため
のお膳立てとなるはずだ。今週末には数十カ国の首脳が北京に集まり、「一帯一路」サミットの開催が予定されている。
この盛大な祝典の背後にある困った現実は、中国の経済状況が圧迫されていることだ。
減速する経済がもたらす結果の一つは、資本逃避の影響で手元にある外貨が減ったことだ。中国の外貨準備は14年
の約4兆ドルをピークに、その後は約1兆ドル減少した。
習氏の壮大な計画は「外貨の急減で台無しになった」とアメリカン・エンタープライズ研究所の研究員デレク・シザーズ
氏は語る。そのうえ、積み上がった巨額の債務が経済の重荷となっている。
一方のダラー氏は楽観的だ。中国が縮小したとはいえ依然大幅な経常黒字を生かし、海外のインフラ事業に惜しみな
く投資できるだろうとみている。
他の貸し手を締め出す危険はない
中国がこれまでに行った「一帯一路」関連の融資は、広大な対象地域のインフラ需要――アジア開発銀行は毎年1兆
7000億ドルと試算する――に比べ、控えめな規模にとどまる。換言すると中国が他の貸し手を締め出す危険はない
と、クイス氏は調査報告書で述べている。
より大きなリスクは、無謀な国内融資がよく話題になる中国の国有銀行が、海外の無駄なプロジェクトに考えもなく資
金をつぎ込むことだ。これは一帯一路が想定する受益者にとって壊滅的な影響を与えかねない。一方、中国の真の狙い
は周辺の弱小国を債務という足かせで中国経済に縛りつけることだという懐疑的な見方もある。
もちろん、計画は緒に就いたばかりだ。一帯一路を念頭に設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS諸国
の新開発銀行、中国の「シルクロード基金」による融資はようやく軌道に乗り始め、貸出額は合計で2400億ドルとなっ
た。
とはいえ、現在の貸し出し傾向が続けば、中国版マーシャルプランは宣伝されるほどの変革をもたらさない可能性が
ある。
経済面で深刻な自信喪失にさいなまれている米国と欧州には、習氏の大胆な構想に見合う対抗策を打ち出す余裕は
ない。一帯一路は世界の中で経済的に見放された地域に明確な恩恵をもたらす。
だが現状を子細に検討すれば、中国政府がその可能性を言い立てるのとは裏腹に、世界を影響下に置くという青写
真の限界が浮き彫りになる。