日本海が消える…東海主張・韓国の工作に屈するのか。
下條正男・拓殖大教授
1月19日付『産経新聞』(東京版1面)は、「日本海呼称 韓国・北と協議」と報じ、
日本政府は「(韓国、北朝鮮の)2国と非公式協議を開催する方針を固めた」と伝えていた。
この「日本海呼称問題」に関連して、複数の日本メディアは、菅義偉官房長官が同月18日、
「日本海は国際的に確立した唯一の呼称」「これを変更する必要性も根拠もない」と論評し、河野太郎外相も
同日の記者会見で「日本海が世界で唯一認められている呼称であり、修正する必要はまったくない」と
述べたとしている。
かみ合わない日韓の争点
私も、オピニオン誌『月刊日本』(2002年11月号)誌上で「竹島問題『東海問題』」と題して、
竹島問題と日本海呼称問題の関係を論じて以来、同じくオピニオン誌の『Wedge』(09年5月号)
では「日本海が地図から消える? 韓国のでたらめ領土工作」と、韓国側の動向を注視してきた。
『正論』の12年4月号では、「日本海呼称問題で韓国を黙らせる」とし、この【竹島を考える】でも、
「韓国『日本海に東海の併記を』国際総会で主張…日本はもっと危機意識を」(17年5月)、
「『東海は2000年前から』…広まる韓国の虚偽、『遺憾の意』だけでは解決遠い」(17年10月)
として、日本が置かれている現状の周知に努めてきた。
ここで指摘したのは、「日本海呼称問題」を歴史問題とする韓国と、「日本海は国際的に確立した
唯一の呼称」とする日本との間では、争点がかみ合っていない現状である。
日本が「日本海が世界で唯一認められている呼称」としたところで、韓国側では「東海という名称は
記録上では紀元前37年から使われ始め」、「1929年に国際水路機関が『日本海』と決めた当時は、
日本は軍国主義下にあり、韓国を強制占領した時期で、韓国に発言権はなかった」として、東海の正当性を
主張するからである。
その韓国と北朝鮮が、公式的に「日本海」の呼称を問題にしたのは、1991年に両国が国連に加盟し、
92年の第6回「国連地名標準化委員会」で、東海の名称を使用するよう求めてからである。
さらに94年、「国連海洋法条約」の発効とともに、韓国政府が独島(竹島の韓国側呼称)に接岸施設の
建設を始めた96年頃には、竹島問題と日本海呼称問題がセットで語られるようになっていた。
独島が日本海の中にあるのは、日本の領土のようで不適切だ、というのが理由である。
韓国では過去の日本の植民統治を絡めて、その歴史は清算されなければならない、というのである。
都合よく歴史をねじ曲げる韓国政府
そこで韓国政府は、97年の第15回「国際水路機関」の総会で、「日本海の呼称は、日本帝国主義の
残滓(ざんし)である」と主張し、「日本海」と「東海」の併記を要求したのである。
この「過去の清算」という現象は、朝鮮半島ではしばしば発現し、その際は歴史問題を
演繹(えんえき)的に捉える傾向がある。そのため東海はイエス・キリストが誕生する以前から
使用されていたとして、自説に都合よく歴史を捏造(ねつぞう)していくのである。
この韓国側に対し、「日本海は国際的に確立した唯一の呼称」「日本海が世界で唯一認められている呼称」
としたところで、馬耳東風である。日韓では「歴史」に対する取り組み姿勢が、根底から違っているからで
ある。
2005年3月、島根県議会が「竹島の日」条例を制定すると、韓国政府は「東北アジアの平和のための
正しい歴史定立企画団」を発足させ、翌年9月には、「東北アジア歴史財団」と改組して、竹島問題と
日本海呼称問題などを専門的に取り扱う政策提言機関とした。
その是非は別として、韓国(朝鮮半島)では、自らの正当性を担保する手段として歴史認識を利用する。
これが国際法偏重の傾向がある日本との違いである。そのため「東北アジア歴史財団」の理事長は
歴史研究者が就任し、司令塔的な役割を果たしてきた。
持続的な対応望めぬ日本政府の体制
一方、日本は政府が内閣官房内に「領土主権対策企画調整室」を設置したのは2013年。
それもその室長はこの5年間で5人が入れ替わった。担当大臣も「竹島の日」条例が成立してから
18人が就任した。これでは持続的な対応は望めない。
日本政府にも韓国と同様、竹島問題や日本海呼称問題を担当する大臣がいて、「領土主権対策企画調整室」
といった部署がある。だがそれは韓国と似て非なるものだ。韓国側では歴史研究者が政策提言をし、
それを外交で活用している。日本では真逆で、企画は日本政府がおこない、その企画を業者や研究機関に
応札させ、研究者に仕事を委託するのである。歴史問題に取り組む日韓の姿勢は、専門性という点で
大きな違いがある。
それを象徴的に伝えている事実がある。2014年、米国のバージニア州議会では「東海併記法案」が
可決し、公立学校で使用する教科書に日本海が表記される際には、必ず東海が併記されることになった。
その東海併記法案は、近隣の州にも波及していった。その背景にあったのが、韓国系米国人による
ロビー活動である。
この「東海併記」に関して、コリアレポート編集長の辺真一氏は、かつて「日本は米国では韓国のロビー
外交に勝てない」として、次のように伝えていた。
「米議会専門媒体である『ザ・ヒル』によれば、日本政府はワシントンにある『ホーガン・ロベルス』
『ヘクター・スペンサー&アソシエイツ』などのロビー会社を使って、ロビー活動を展開していたそうだ。
その活動費用としてホーガン・ロベルスにはこの1年間で52万3千ドル、ヘクターには19万5千ドルを
支払い、議会に対する組織的なロビー活動と情報収集を委託していた」
つまり韓国と違って“他人任せ”な面があるということだ。
虚妄の論理を論破することが韓国攻略の第一歩
韓国側の報道では、東海併記法がバージニア州議会で成立したのは、日本政府のロビー活動に反発した
ことが一因としている。同じロビー活動でも、韓国側では早くから「東北アジア歴史財団」などが
国連地名標準化委員会や国際水路機関の関係者に働きかけ、「日本海」の不当性をアピールしてきた。
韓国系米国人の団体では、韓国内の研究機関と連携しながら、韓国系米国人が多く居住する地域の
州議員に接近し、「東海併記法案」の提出議員となるよう要請したのである。
韓国側では、この種のロビー活動を「草の根運動」と称して、「慰安婦問題」でも活用してきた。
この状況下で、日本海は「国際的に確立した唯一の呼称」とし、「日本海が世界で唯一認められている呼称」
としたところで、韓国側が納得するはずもない。国際的には現在、日本海と東海を併記する割合は
30%を超えたという。当初は3%にも満たなかったが、大幅な伸びである。
これは、「サイバー外交使節団」を名乗る韓国の反日運動団体「VANK」が運営する
「サイバー独島士官学校」所属の子供たちが、日本海と表記する地図会社や公的機関に抗議のメールを
送り付けて得た成果だという。メール攻勢をすれば日本海が東海と書き換えられるなら、子供たちにとっては
それが明確な努力目標となる。
韓国との間で、「日本海呼称問題」を争うのなら、韓国側の動向を把握し、その標的を明確にする
ことである。それには持続的に研究が可能な機関の設置が前提となる。韓国側が歴史問題を外交カードと
する以上、日本は国際法に偏重することなく、韓国側の歴史認識を争点として、論破することが攻略の
第一歩である。以前書いた通り、「東海2000年以前説」や「植民統治説」は、歴史的には何ら
根拠のない論理だからである。
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【プロフィル】下條正男(しもじょう・まさお) 竹島問題研究の第一人者。拓殖大国際学部教授。平成17(2005)年に島根県が設立した「竹島問題研究会」の座長。著書に「竹島は日韓どちらのものか」(文春新書)など。