『黒浜式土器(くろはましきどき)』
今から約5,500年前の縄文時代前期中頃に関東地方を中心に広く分布した土器であり、
国史跡「黒浜貝塚」を中心に大字黒浜地区内の貝塚遺跡から出土した土器である
比較的新しい時期のものという様だが、この時期に既に四突起の土器が作られていた。
埼玉県蓮田市大字黒浜 黒浜貝塚群:天神前遺跡55号土坑出土
ということから聖なる数4 はこの時期に既に知られていたものと考える。
縄文前期末にはやはり二至二分の暦は完成させていたものと考えてよいだろう。関山でも同様に、関山式土器でも、こちらはもっと早い時期なのだろうか。
関山式土器
紀元前3000年より前には太陽暦は完成していたものでしょう。
これはチャイナの夏殷商よりずっと早い時期でしょう。
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黒浜式土器とは
『黒浜式土器(くろはましきどき)』とは、今から約5,500年前の縄文時代前期中頃に関東地方を中心に広く分布した土器であり、国史跡「黒浜貝塚」を中心に大字黒浜地区内の貝塚遺跡から出土した土器であることから、名付けられたものです。
下の写真の土器は、天神前遺跡55号土坑から出土した『黒浜式土器(くろはましきどき)』です。黒浜式土器の中でも比較的新しい段階の土器ですが、黒浜式の特徴の一つである縄目文様の『羽状縄文』に沿うように、半截竹管文(竹を半分に割った工具)による「爪形文」がこの縄目に沿うように付けられ、『縄文』を『菱形状』に強調したような模様が表現されていることが特徴的です。
黒浜式土器が分布する地域でもこれほど完成されたものは現在のところ発見されていません。まさに、本家『黒浜式土器』といえる土器です。
大きさは、口径40.5センチメートル、頸部径28.0センチメートル、底径11.5センチメートル、器高45.6センチメートルを測り、黒浜式土器の中でも非常に大きいものです。
黒浜式土器1
(県指定文化財)黒浜式土器(黒浜貝塚群:天神前遺跡55号土坑出土)
埼玉県蓮田市大字黒浜2799番地1
写真はお借りしました