気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘77) 5月17日( 火 ) #3 川平へ

2023年06月20日 | 日記・エッセイ・コラム
車が来た。午後一時十分、予定通りだ。ここに着いてからの四十分間が一日にも十日にも感じられた。おばさんに別れを告げて車に乗り込むと運転手に、急いでターミナルに行って欲しい…と頼んだ。予め調べておいた川平へ行く西廻りのバスが一時三十分に出るのである。勿論、普通に行っても間に合うのではあるけれど、心の中は早くも次の予定地、川平の事で一杯だった。
高鳴る思いを抱いたままタクシーから降りてターミナルへ走り抜けた時は、さながらあの懐しいビートルズの第一作目の映画の、冒頭の1シーンの再現といったところだった。弾む息を肩にしたそんな私達とは対象的に、バスは静かに出発時刻が来るのを待っていた。ただでさえ暑い午後の日溜まりの中で。何処から集まって来たのか、発車寸前には人々の群れなす姿が目に映っていた。様々な人達が思い思いの恰好で乗り込んで来た。

ターミナルの土埃を一杯に上げながら、西廻りのバスは市内を抜け山間地を走り、海岸線の道では潮風を車内に呼び込む。明美の横で窓にもたれていた私はいつしかウトウトし始め眠りについていた。それはとても気持ちの良い、安らかな時の流れの中に漂っている様であった。もうすぐ、あと五〜六分という所で目が覚めた時にはその瞬間、何処を走っているのか解らず不覚に陥ったけれど、明美の心配そうな様子を見た時、何故かすぐに思い出す事が出来た。あの独特の外窓の光景は、それを観ている自分の場所を的確に教えてくれる。少々曇り気味ではあったけれども、この川平の美観を損なう様な影響はさして無かった。バスから降りると、まず小高く盛り上がった小さな林の中から文字通り七色の、いや、それ以上に鮮やかな色調を織りなす湾内の水に目を向けた。川平についてのどのパンフレットにも載っているあの写真の光景が、そつくりそのまま、今、目の前にあるのだ。
ただ目を見張るばかりで心から感動している明美の顔には、たった一つの表情しか見られない。美を尊び愛す明美の心の高揚が、この私を嬉しがらせた。一寸の間ベンチに腰を掛けてみたけれど、まるで小さな子供の様に落ち着いてはいなかった。それもそうだと思い、私は明美の好きな様にさせておく事にした。
その林の中の石段を跳ね降りる姿を後ろから見守り、砂浜で次々に感動の展開を繰り広げる明美を見詰めていると、まるでオテンバ娘の遠足にくっついて来た親になった様な気持ちになってしまうくらいだ。
渚を歩いた。以前によく日光浴を楽しんだ場所で腰を下ろし、溢れんばかりの若さを漲らせていた。


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