映画 パリタクシー
フランス風の洒落の効いた小話を長い物語にしたような作品で、老婦人が施設に入ろうという道すがらその長い人生をタクシードライバーに語る設定になっている。もちろん、現在のドライバーの人生がそこにオーバーラップするようにはなってるけど、ドライバーの人生が大きなテーマではない。同時に老婦人の過去の人生はあまりに波乱万丈でちょっと作り物過ぎるんじゃないかと白けてくる。
ポイントは多分タクシー運転手が話を聞いていくうちにだんだん周囲に対する自分の怒りを解いていくところにあるだろう。タクシー運転手はこの映画に出演しているんだが同時に観客の一員または観客代表である。劇中劇とはまた異なった劇中劇を見ているようなもんで、ここは大変手が込んでいる。こういう劇を発想できるのは実に頭がいい人である。
ストーリーはだいたい真ん中あたりで落としどころはこうなるだろうと思って見ていると果たしてその通りであった。しかし、いろいろ考えさせられる内容を含んでいる。都会地に住んでいる人はこういう物語を時々見る必要があるように思う。都会地でなければさして必要でもない。都会地では競争が激しく周囲は皆敵の中でもがくもんだから疲れも孤独もあるけど何より(どうしてもうまくいかないから)怒りに取りつかれる。都会地でなければ、相互共同体のネットの中に乗っていると良いのであるからここまでの孤独怒りはないであろう。(そのかわりに失うものも多くてその最たるものは自由であろう)
この怒りを他人の物語を聞きながら解いていくことができるのである。そう言えばローマ帝国の劇場では悲劇が上演されたという。人々は悲劇を見て、自分の怒りを解いてまた次の日からの都会地の中の競争に参加したと考えられる。昔の日本の武士が「能」を見て次の日に来るかもしれない命懸けの戦いに参加するのと同じである。
こういう物語がヒトの心の中にある怒りや孤独不安を鎮める作用があることを発見した人は何時の時代の誰だか知らないが実にエライ人である。たぶんカタルシスということであろう。
さらにこの映画の作者は、観客が見ただけでは怒りが治まらないかもしれないと恐れたのかもしれない、タクシードライバーを準主役に配してこの人の怒りが解けていく様を映したのである。皆さんもご一緒にどうぞと言わんばかりのことである。実によくできたシナリオである。
存在感のある老婦人は、国民的歌手であるというからわが国でいうみそらひばりであろうが大変上手な役者さんである。フランスらしくちょっとした端役にも優れた役者さんを配しているからそこが見どころにもなっている。
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