症例発表にご協力くださいました患者様に深くお礼申し上げます。
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汎発性脱毛症の症例
経絡治療学会九州支部 小泉 智裕
KEY WORD 汎発性脱毛症・経絡治療・メンタルヘルス
円形脱毛症とは
・主として被髪頭部に円形の脱毛斑を生じる疾患
・原因は不明であるが、自己免疫の関与が考えられている
・被髪頭部のみならず眉毛、ひげをはじめ陰毛、四肢の体毛に至るまで脱落することがある
・脱毛部が広範囲に及ぶ症例や幼少期に発症するものは難治である
円形脱毛症の分類と重症度の指標
単発型 :脱毛斑が1箇所のタイプ
多発型 :脱毛班が2箇所以上になるタイプ
全頭型 :脱毛部分同士がいくつも重なり合って毛髪のみ全て抜け落ちるタイプ
汎発型:ひげ・すね毛・陰毛など、身体のあらゆる体毛が抜けおちる症状。
治療の予後が最も悪いタイプである。悪性円形脱毛症や全身脱毛症(全脱)とも呼ばれる。
円形脱毛症の重症度を表す指標として、米国の円形脱毛症 評価ガイドラインでは頭部全体の面積に占める脱毛巣面積の割合(S)と頭部以外の脱毛の程度(B)により、重症度を、S0~B2まで、以下のように決定している。
S0:脱毛がみられない
S1:脱毛巣が頭部全体の25%未満
S2:脱毛巣が25~49%
S3:脱毛巣が50~74%
S4:脱毛巣が75~99%
S5 : 100%(全頭)脱毛
B0:頭部以外の脱毛なし
B1:頭部以外に部分的な脱毛がみられる
B2:全身全ての脱毛
本例では、最も難治とされる汎発性脱毛症B2の症例2例を以下に報告する。
症例①
~省略~
症例②
Ⅰ 症例 30代 女性
〈主訴〉汎発性脱毛症
〈現病歴〉初診の1年前より全身の脱毛がはじまり、その後の3ヶ月間で全身すべての毛髪が脱毛した。
〈既往歴〉小児の頃からアトピー性皮膚炎、20歳の頃から頻繁に扁桃炎、20歳の頃から逆流性食道炎を二年に一度の間隔で発症している。
〈随伴症状〉疲れやすい、風邪をひきやすい、イライラ、中学生の頃から右手だけあかぎれ、寝つきが悪い、手足の冷え。
Ⅱ 診察・証
〈望診・聞診〉~省略~
〈問診〉発症当初、埼玉への引っ越しが決まり、それに伴い、折角建てた家を仕方がなく他人に貸した。新生活への不安や、育児などで強くストレスを感じていた。中々寝つけないので毎日ビール2缶を飲んでから眠っている。脱毛のせいで行動範囲が狭くなり、どこにも出かけず家にこもっている。全てに対して後ろ向きな思考になっている。
〈切診〉六部定位脈診にて肺経虚・大腸経虚・脾経虚・胆経実
Ⅲ 治療
初診時:経渠、曲池、三陰交、肺兪、脾兪に補鍼(毫鍼1寸3分2番を使用し、切皮程度の刺鍼後、1~5呼吸留めて抜鍼)。臨丘、胆兪に写鍼(毫鍼1寸3分2番を使用し、切皮程度の刺鍼後、軽く雀啄し抜鍼)。経渠、曲池、三陰交、肺兪、脾兪に半米大の灸を五壮ずつ。
関東で行きたいところが沢山あるという話を聞いた為、具体的にこちらでやりたいことを挙げてもらった。毛髪がないこと以外は、全て元気であることを話し、出かけられるのではないかと話した。毎日、健康な箇所を列挙して一つ一つに感謝の言葉をかけるように話した。
Ⅳ 経過・結果
来院当初、肺経虚・大腸経虚・脾経虚・胆経実が主証であったが、治療開始から1ヶ月を経過した頃から肺経虚・大腸経虚・腎経虚・胆経実に移行した。配穴は右合谷に置鍼15分(毫鍼五分1番を使用し、切皮程度の刺鍼後そのまま留置)、復溜(または照海)、肺兪、腎兪、陰谷に補鍼。扁桃炎を起こした時には大腸経実になり、商陽刺絡を追加した。
*初診時(S5・B2)
*治療開始から1ヶ月半を経過した頃(8診目)から、各所に産毛が生え始めた。(S5・B1)
*3ヶ月目(12診目)で睫毛が生えた(S5・B1)
*4か月目(14診目)で眉毛と頭髪が生え始めた(S4・B1)
*6ヶ月目(18診目)で頭髪は側頭部以外は2cm位生えた(S2・B1)
*7ヶ月目(19診目)で陰毛も生え始め、はじめて鼻毛を切った。側頭部のみ発毛が遅れている。(S2・B1)
*12か月目(28診目)頭部の脱毛部は1割程度、体毛は生え揃った(S1・B0)
初診から3ヶ月までは、週一回の頻度で治療を重ねてきたが、頭髪が生え始めた4ヶ月目頃から、安心されたのか急に来院頻度が少なくなり月一回程度しか治療できず、症状の改善も足踏みしていた。随伴症状では、イライラも安定し、風邪をひく頻度も減少、頻繁に起こしていた扁桃炎も発症頻度がかなり減少した。初診から12ヶ月目(28診目)で体毛は生え揃い、頭髪の一番長いところで7cm位に伸びた。現在、側頭部には脱毛部が1割ほど残るので治療継続中。
Ⅴ 考察・まとめ
二例とも、内因からの肝鬱が原因のように思われ、木経や火経の変動かと予想したが、六部定位脈診に従い金経を主体とした治療を行うことで奏功した。症例②は、症例①と同じく肺経と大腸経の虚ではあったが、右合谷の反応が顕著であったため、そこに補として置鍼を行うことで肺経・大腸経が落ち着き、同時に相克の胆経の脈も改善した。
金経である肺・大腸経を上手く理気できた為に相克である木経を写すことに繋がり、結果として肝鬱を改善することができたもの思われる。
一経ずつ補写し、その都度、脈診にて治療経以外の変動も確認することで、治療穴が少なくなる。本例のように、脱毛巣を扱う必要もなく、さらに基本証に従う必要もないケースがあることが示唆された。
精神的なストレスが症状改善の妨げになるケースには日頃の臨床で多々出会う。特に脱毛症は女性にとって外見に影響する大きなストレスであり、この症状からのストレスを受けて、更に症状も悪化するという負のスパイラルに迷い込みやすい。今回の2例では、見方を変えることで症状から受けるストレスを減らすことができたのも、症状改善の追い風になったものと思われる