27-12/14(月) 18切符の旅・赤穂市へ行ってきました。
5名の参加者です。
新白島駅6:52発、福山行きです、途中、岡山で乗り換えて、赤穂に着いたのは、11時半頃でした。
12月14日は「忠臣蔵」でおなじみの赤穂義士祭が催されるのです。
会長の知り合いがおられますので、その人の出迎えを受けて、お宅で休憩をしたのです。
途中の街のマンホールの蓋です。
汚水、消火栓です。
会長の知人のお宅で、少し休んでお茶の接待を受け、大石神社まで案内して頂きました。
〇 赤穂城跡公園
パレードに参加する子供の姿。
〇 大石神社
大石内蔵助良雄と藤井又左衛門の屋敷あとを中心に大正元年(1912)に創建。
祭神は大石内蔵助良雄をはじめとする四十七士命と菅野三平命を合祀する。
境内には国指定の大石邸長屋門や庭園、義士ゆかりの武具や書画を展示している。
大石内蔵助像(他の四十七士像もあり)
本殿
庭園の御神木「大楠」
子宝陰陽石
お互いに向き合う陽石(男性)と隕石(女性)その真ん中のが子石であり
こらはそれぞれ石の表面を撫で、夫婦和合、子孫繁栄を祈る古くからの信仰である。
(興味深いものでした、広島の縮景園にもありますがこれは分かりずらい)
庭園の模様。
大石邸長屋門、大石内蔵助、りく婦人。
資料館の四十七士木像達・・・
庭園、資料館を見て、パレードを見ることにしました。
続きます・・・
5名の参加者です。
新白島駅6:52発、福山行きです、途中、岡山で乗り換えて、赤穂に着いたのは、11時半頃でした。
12月14日は「忠臣蔵」でおなじみの赤穂義士祭が催されるのです。
会長の知り合いがおられますので、その人の出迎えを受けて、お宅で休憩をしたのです。
途中の街のマンホールの蓋です。
汚水、消火栓です。
会長の知人のお宅で、少し休んでお茶の接待を受け、大石神社まで案内して頂きました。
〇 赤穂城跡公園
現在の上刈屋にある赤穂城は、昭和期に復元された美しい二層の隔櫓を残すのみの。
元々は正保2年(1645)5万3600石を持って常陸から移封された浅野長直が13年の歳月を費やして築いた城であり、城の東は熊見川(現加里屋川)南から西にかけてはよし原で、潮が満ち時は城壁に波が打ち寄せ、潮が引いた時はよし原になるという屈指の地形に建てられた海岸平城。
元々は正保2年(1645)5万3600石を持って常陸から移封された浅野長直が13年の歳月を費やして築いた城であり、城の東は熊見川(現加里屋川)南から西にかけてはよし原で、潮が満ち時は城壁に波が打ち寄せ、潮が引いた時はよし原になるという屈指の地形に建てられた海岸平城。
パレードに参加する子供の姿。
〇 大石神社
大石内蔵助良雄と藤井又左衛門の屋敷あとを中心に大正元年(1912)に創建。
祭神は大石内蔵助良雄をはじめとする四十七士命と菅野三平命を合祀する。
境内には国指定の大石邸長屋門や庭園、義士ゆかりの武具や書画を展示している。
大石内蔵助像(他の四十七士像もあり)
本殿
庭園の御神木「大楠」
子宝陰陽石
お互いに向き合う陽石(男性)と隕石(女性)その真ん中のが子石であり
こらはそれぞれ石の表面を撫で、夫婦和合、子孫繁栄を祈る古くからの信仰である。
(興味深いものでした、広島の縮景園にもありますがこれは分かりずらい)
庭園の模様。
大石邸長屋門、大石内蔵助、りく婦人。
資料館の四十七士木像達・・・
庭園、資料館を見て、パレードを見ることにしました。
続きます・・・