ひろしま歴史街道散策くらぶ(2月定例会)に参加する!
平成29-2/16(木) 13:00 中央公民館 集合 22名参加
散策会 「雲石街道と西国街道」
散策経路 三篠橋~横川橋~寺町~十日町~堺町筋~天満町~福島川跡~山手川跡~己斐橋~西広島駅
案内人 : 佐々木卓也 指南役 13:00中央公民館を出発です。
◎ 三篠橋 三篠橋は楠木の材木蔵と対岸の運上場渡しを結んでいた、運上場(正徳5年 1715)は三篠橋の完成で無くなった。
◎ 楠木の大雁木
安佐群、山県郡方面からの川船の荷揚げ場所だった。 雁木は船着き場として使われていた護岸の階段で、潮の満ち引き等による水面の変化にも 接岸できるように工夫されている。
野鳥も出迎えてくれましたが何の鳥か分かりません。
本川(旧太田川)から広島城のお堀の取水口(堀川)
横川の材木商「小田億」の専用飛行機
横川と横川橋 → 城下の入口に当たる (本川から分岐、横に流れて天満川となる)
本川(旧太田川) 寺町東筋の流れ、先端は北ん鼻
◎ 横川胡子神社 商売繁盛の神様として祭られている
◎ 本願寺広島別院 (仏護寺)
安芸門徒の総本山で永禄3年に刑部小輔義信が建立し憎正信を開基とした、。 寺町と言い12坊が、浄土真宗西本願寺派が集っている。
旧空鞘橋の親柱 → 空鞘公園
◎ 出雲石見街道道標 → 出雲へ41里
◎ 空鞘稲荷神社 大きい空鞘と小さい彦山社の二社からなり、元禄のとき空鞘稲成明神となった。
狛犬は原爆の跡が痛いたしい。
旧空鞘町(十日市町二丁目)の町名が。
◎ 旧出雲石見街道分岐
西国街道の堺町1丁目から、北へ一本の脇往還が分岐します。 出雲石見街道=雲石街道と呼ばれる街道です。 坪村家具店の玄関脇に分岐を示す道標がありましたが、道路拡張のため、現在の空鞘神社 の境内に移転しました。 萩に移封した毛利家は、元就公の墓所へ通うため吉田往還とも称し、安芸国北部への重要な交通路で石見大森銀山・出雲大社・松江城下へ至っています。
土橋 界隈 → 昔、溜池があり土の橋が架かっていた。
西国街道筋の「芸陽堂」煎餅 → 良い香りが周囲を包んでいました。
堺町2丁目に店を構える「藝陽堂」は、明治44年に創業者が新たな広島土産に考案した ことによります。 昭和27年に当地に移転し、芸陽の儒者頼山陽に因み、店主の平室賢氏が丁寧に焼き上げています。
小網町あたりはその昔「いろ町」(赤線地帯)であった。
今はなごりは残っていないが、周囲には髪結い(美容院)、性病の病院も多数あります。 長くなりますので 続きます。
続く・・・
追加
小田億 → 大正2年 木材店創業 昭和22「小田億材木店」昭和39年「家具センター小田億」
小田億家具号は西飛行場が閉鎖になり、今は飛んでいないようです。
小田億家具号について、クリックして見てください。
http://blogs.yahoo.co.jp/matsuji_0039/63146796.html?__ysp=5bqD5bO25bCP55Sw5YSE44Gu