隠れ家-かけらの世界-

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映画『空白』に見る再生への道

2023年09月02日 18時15分25秒 | 映画レビュー

2023.09.02(土)


映画『空白』2021年公開

監督・脚本 吉田恵輔
音   楽 世武裕子

出   演 伊藤蒼(花音)/古田新太(添田充、花音の父親)/松坂桃李(青柳直人、スーパーの店長)/
      田畑智子(花音の母親、充の元妻)/藤原季節(野木、漁師、充の弟子)/
      趣里(花音の担任教師)/野村麻純(花音をはねた若い女性)/片岡礼子(その母親)/
      寺島しのぶ(麻子、スーパーのパート店員)



 女子中学生の花音は、離婚して家を出て再婚をし妊娠中の母親とたまに外で会っている。日常の暮らしは、彼女の無表情な顔つきから、私たちにも少し想像できる。
 学校では真面目にやっていても、その悠長な行動をなぜか担任教師からはやんわりと注意されるし、話そうとしても自分のほうを向かず常にいら立っているような父親には期待できることはない。
 その精神状態を私たちに想像させるに十分な彼女の「無表情」は、無であるがゆえにある意味雄弁に私たちを圧倒する。花音の日常には救いがない。伊藤蒼さんがその表情とかたい身体表現で私たちに語る。


 彼女が万引き疑惑でスーパーの店長、青柳から執拗に追いかけられ、懸命に逃げた先で車にはねられ、あっけなく命を落とす。
 それがこの映画の始まりだ。
 父親は荒れ狂ったように青柳を責め、青柳は空しい謝罪を続け、母親は元夫の暴走を止めようにもその手段が見つからない。車を運転していた若い女性は、父親の前に何度も現れて謝罪を続けるが、父親の耳には届かず、気持ちがどんどん折れかかっていくのが私たちにも明白に伝わる。

 私たちの誰にも起こるような、そんな日常ではない。苦しみが苦しみを増長させ、生活も仕事も人間関係も破綻していく。
 けれど、そこで右往左往して前に進めない登場人物たちはそれぞれに、私の負の部分をちらつかせて、ああ、どこかで見たような人だとか、あんなこと、自分も思ったことあるな、などと思い出させる。それくらいには普通の人たちだ。

 荒々しく人を追い詰める表現をいくらでも繰り出せる雄弁な父親は、けれども自分の心の奥を相手に伝える術を知らない。
 青柳は、自分の執拗な追及が事件の発端になったことをわかっていても、ただただ謝罪するだけで、自分の行動の理由を説明する言葉をもたない。最初、私には彼の追跡は異様だったし、怖ささえ感じたけれど、彼の鬱積した日々と常習的な万引きに悩まされていたのかと想像すれば、理解できないこともないと思える。
 ふがいない青柳を叱咤しつつ、「あなたは正しい」と言い続けるパートの麻子は、ボランティア活動を積極的に行いながらも、満たされない日常を吐露することを恥だと思っている。
 彼らがもつ、そんな思いは私にもあるし、隠しているつもりでも余裕がないときには誰かに気づかれているかもしれない。

 「みんな、どうやって折り合いをつけているんだろうね」と父親がふっと口にする。娘の部屋に隠されていた化粧品の数々から、娘が万引きをしたのかもしれないと思い始めたあとで。
 そこから、きっと父親の再生が始まる。娘の心を顧みなかった日々への悔恨、事故の責任を感じつつ命を絶った若き運転者への思い。どうだろう、どうやって折り合いをつけていくんだろうか。
 担任が持ってきた何枚かの娘の絵の中に、自分が描いた絵と同じような3つの白い雲が描かれているのを見たとき、彼の心にはそれまででいちばん大きな後悔の気持ちが湧き出たように思う。こんな近くにいたのに寄り添えなかった、と。だけど、それが彼の再生にもつながるのかと、望みを持たせてくれる場面だ。
 彼には、若い弟子がそばにいてくれる。それも救いだ。善悪を振りかざさずに、ともにしばらく生きてくれるかもしれない。

 
 親の代からの店を閉めた青柳はどうだろう。先に光があるだろうか。ふと出会った若者が、スーパーの焼き鳥弁当を母が好きだったこと、そしてまた食べたいと言い、「ありがとうございました」と軽く頭を下げる。あんなに強く熱く彼を励まし続けた麻子の言葉は受け入れられなかったが、すれちがっただけの若者の言葉は彼のどこか深いところにたどり着いたように見えた。それも彼の再生への予感かもしれない。


 命を落とした若い二人の女性の無残な事実は消えない。
 だけど、残された人たちのこれからが続くことも厳然たる事実で、そこに必ず色も匂いもある暮らしが続くことを願わずにはいられない。
 娘を自死で失った母親は、謝罪を受け入れなかった父親を責めることはなく、「心の弱かった娘をどうか許してください。この償いは母である私が一生をかけて・・・」と深く頭を下げる。この母親にも・・・と思う。

 役者のそれぞれがすばらしい・・・。



 最後に、あのクソッタレなテレビの取材クルーと番組のスタッフたち。
 くだらない内容ばかり取り上げて、取り組むべきであったことに何十年も蓋をしてきた実情を総括せよ、と、映画には関係ない思いを勝手にぶつける!
 この映画の中で、ただただ彼らだけが不愉快な存在だったこと、付け加えておこうか。
 蛇足ですけど・・・。

映画『空白』予告編/古田新太の狂気が、登場人物全員を追い詰める!




☆スピッツの沖縄公演について。
  https://spitz-web.com/news/7232/


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