2024.09.22(日)
ロックのほそ道の次の日、仙台から帰る前に訪れたのが「地底の森ミュージアム」
https://www.sendai-c.ed.jp/~bunkazai/~chiteinomori/
旧石器時代を中心に整然と展示されたミュージアム。
1980年代に小学校建設の事前調査で見つかった富沢遺跡。
そこからは、近世・中世・平安時代・古墳時代・弥生時代の層、その下からは縄文時代の倒木の跡が見つかり、さらにその下(現在の地面から約5m下)から旧石器時代(約2万年前)に暮らしていた人々の生活の跡、そして森林の跡が見つかった。
その旧石器時代の遺跡をそのまま保存し、ミュージアムの地下で公開し、当時のようすや人々の生活のようすをわかりやすく展示している。 世界でも世界でも珍しい施設だそうだ。
発見された旧石器時代の森林跡をもとに当時の氷河期の植生を分析し、それをもとに当時の森林のようすが、ミュージアムの建物のまわりの庭に再現されている。
雨がかなり降っていたので、いい写真が撮れなくて残念・・・。
地下の施設では10分間の映像が流れる。
約2万年前のある日の夕方の出来事。三人の旧石器人がやってきて、火をおこす。
たき火のまわりで、彼らは石を削って槍を修理する。
小動物を火で調理しているうちに、辺りは暗くなっていく。
彼らは何を思い、何を伝え合って、この地でキャンプをし獲物を捕らえるのか。
何もかも自分たちの手で作り、修理し、工夫を重ね、明日の天気を思い、狩りの成功を祈る。単純でわかりやすい日常。
当たり前で、あえてこんなことを言うのは恥ずかしいのだが、それでも、私たちの生きる今とあまりにもかけ離れていて、しばらく映像が終わった暗いスクリーンをたたずんで眺めてしまった。
AIとかデータとか、手にできないものばかりが私を支配し、複雑な行動を促す。
このまま進んでいくと、私なんかが死んだ、もっともっともっと先の地球は、どうなっているんだろう。
地球はこのままだと決して健康ではいられないわけだし・・・。
2万年前のあのたき火の光景から、今を経て、どういう未来があるんだろう。末路・・・とは言いたくないし。
ある日の朝刊。
大谷翔平選手の輝かしい記録の更新の大きな記事の脇に、貴景勝引退の小さな記事。
「(横綱には)手をいっぱい伸ばしたけれど、届かなかった」の発言が切ないけれど、次のステージを見据えているような表情に救われる。
闘うスポーツにはつきものの明暗は、大谷選手にも貴景勝関にも、そしてすべてのアスリートにも訪れる、ひとつのありふれた光景なのかもしれない。
闘わない私は、その「暗の物語」に惹かれてしまう。
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2024/09/21/kiji/20240921s00005000124000c.html
エミー賞受賞の『SHOGUN』の話題の陰で、『踊る大捜査線』の再放送を録画して見ている。
当時楽しみに見ていたころは、とくに織田裕二ファンではなかったけど、今見るとあの豊かな表情の変化が眩しい・・・。
深津絵里扮するすみれさんとのやりとりも、高度でチャーミングなコントだ。
能登の雨の被害が尋常じゃない。
なんであの地震の地域で、とやりきれない。
復興もまだまだだったのに。
立ち上がる人々にささやかな力を送る術を探る。
軽い言葉しか吐けない。