2014.3.26(水)
昨日は、23年前にスピッツがメジャーデビューした日。
彼らの人生の半分以上が「スピッツ」ということ。
どこかのライブのMCで、草野は「みんなが生きているあいだはスピッツを続けていく」というニュアンスの宣言?をしてくれたと。
私も生きていたいですね~。
一昨日の午後、仕事の途中で髪をcutしていたとき、ヘアサロンにJ-WAVEが流れていて、亀田さんの番組のあと、スピッツの「チェリー」が・・・。
ラジオからスピッツの曲・・・はよく経験するけれど、シャンプー中ウトウトしているときに「君を忘れない~♪」はちょっと新鮮でした。そこには、ライブでのロックなスピッツではない、でもどこか懐かしい風味のスピッツがいました。
■送る・・・
もうどれくらいの付き合いになるだろう。
仕事だけのつながりとはいっても、20年近い付き合いとなれば思い出は限りない。
一昨日の朝、彼の事務所の社長から訃報が届いた。「今朝、力尽きました」と。
病を得て、もう数年になるだろうか。何度も危ないときを乗り越えてきたから、最近では、このまま私たちよりも長く生き延びるのではないか、などとメールで冗談を交わすくらいだった。
私には理解できない彼の美学があるらしくて、余命宣告をされるまでタバコも酒もやめなかった。最近ではさすがに呼吸がきつくなって酸素ボンベのお世話になっていたから、人前では吸わなかったけれど。でも一人になったときにはどうだったのだろう。
家族をつくらず、故郷も捨てて、親とも何年も連絡をとっていないようなことを私に話したことがあった。そういう人だとずっと思っていた。
独特の世界観があって、オタクで、そしてとびきり頭のよさを感じさせる人だった。
通夜の席で、初めてご家族と会った。
彼によく似た優しそうな父親と、明るくてきれいな母親。そして弟の最期までの数年を支えた姉夫婦。甥、いとこ・・・。
郷里からかけつけた人々はみな、とても優しい表情で、彼のことを語っていた。
財産ともいえる膨大な漫画本のこと。レンタル倉庫にも入りきらないものは、段ボールに詰め込まれて実家に送られてきたという。
「もう勘弁して・・・というくらいたくさん送られてきたんですよ」
母親は困った表情で、いとしい息子のことを懐かしんだ。
「たいへんな作業になると思うけれど、弟の大事な品ですから、少しずつ好きな方にお分けしたい」
姉は覚悟を決めたようだった。
帰り道、身体が少し暖かかったのは、昨日の陽気のせいだけではないだろう。
事務所の社長の配慮で、最後まで仕事を続けられたこと、後輩の女性が「仕事、引き継ぎましょうか」と申し出ても、「まだ大丈夫」と言っていたこと、それが彼の力になっていたこと。
そして何より、「故郷を捨てていた」はずの彼を語る家族が存在していたこと。
かっこつけた美学も、それはそれで見事だから、そのままのイメージで見送ってあげるけれど、でも「あなたを語る人たち」がいたこと、あなたが甘えて荷物を送りつけた家族がいたこと・・・。
それは春の陽気よりも心地よい暖かさで、私の帰り道をつつんでくれた。
先に旅立った私の親友であり、あなたの同僚である彼女とあちらの世界でまた出会えたら、よろしくと伝えてください。
少し前になるけれど、大瀧詠一さんを送る会。
仲間のことばが胸に響く。
三月・・・。いろんな「死」がありました。
http://natalie.mu/music/news/112683
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