神奈川絵美の「えみごのみ」

45歳の引退

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あまりにも早い引退、しかも不意打ちだった。




大西順子氏の名前は、
ジャズ好きでなくても、
芸能・ゴシップ通ならあるいは、聞いたことがあるかも知れない。

私が彼女を初めて、生で観たのは1991年か92年。
たぶん、レコードデビュー直前くらいのころだ。
そのころ、よく銀座のジャズクラブに、
向井滋春カルテット/クインテットを聴きに行っていて、
あるとき、ピアノにいつもの福田重男さんではなく
彼女が出演したことがあった。

音楽雑誌には既に紹介されていて、
バークリー音楽院への留学時代、
1日18時間ピアノを弾き、それを1年間続けた
という、記事の一文にはたいへん衝撃を受けたものだ。
ほとんど、寝る時間以外はピアノに向かっていたというわけで、
プロとして一つ抜け出た存在になるには、
それだけの努力が必要なんだ、と、
どこか遠くの、別世界の人を見るようだった。

その演奏スタイルは
硬派、硬質、パワーがあるなあというのが第一印象。
私が大学時代好んで聴いていた、セロニアス・モンクやバド・パウエルのような
タバコの煙が似合うちょっと「泥臭い」プレイが
オトコマエだなあと、好ましく思っていた。

でも。

彼女のデビュー・アルバムはこのジャンルでは異例のヒットを放ち
美人ピアニストとしても、もてはやされたが、
活動の方向性が見えなくなった、というような理由で
1990年代の終わりから活動を休止してしまう。
ライブはたまにしていたようだが、CDは11年間出なかった。

私も、身内や仕事のことでたいへんな時期にあたり、
音楽をほとんど聴いていなかったので、関心が薄れてしまっていたが……。


「活動休止している間、やっぱりT嶋兄弟の弟とのことが……」
引退発表の直前に偶然、夫とそんな話をしていた。
(尽くして尽くして、尽くしきったけれど結婚に至らなかった)
 カッコ内は知人談で、真偽はわからないけれど。

まあ、T嶋弟も今、たいへんなことになっているし、
結婚しなくてよかったかも。


公式サイトを見ると、昨年ご家族を亡くされたこと
演奏家としては自分のスタイルを確立できないと思い悩んだことなどが
引退の理由として書かれてあった。
私は彼女の人となりを知りようもないが、
留学時代のエピソードや、
波が岩を打ち付けるかのような、ときに激しい演奏から
求道者であり、パーフェクショニストなところがあるのかなあと
思っていて、
それは、私も(程度はとても及ばないが)似たようなところがあるので
何となく、「続けていくことの息苦しさ」が、わかるような気がするのだ。


今後は研究家として活動するそうだけれど、
そのイメージは正直、わかない。
彼女は私と同い年。この世界ならこれから円熟味を増すところではないだろうか。
もし、今苦しめているものから解放されて
そのうち、思い直すようなことがあれば
いつかまた、彼女の生演奏に出合いたい。
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