生憎の雨降りだったが、少しでも春らしくと
紅花紬に藤田織物さんの「芽生え帯」。
羽織を着て、こんな感じ。
襦袢は吹き寄せ柄の入った黒地で、袖からは今の時期にぴったりな
梅が顔をのぞかせる。
さて、仕事の前に新橋へ。
パナソニック汐留ミュージアムで開催中の
「生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子 パスキン展」を訪れた。
シャガール、モディリアーニ、レオナール・フジタ(藤田嗣治)…
少しでも西洋絵画に興味があれば、ピンとくる名前ばかり。
パスキンも彼らと同じ、エコール・ド・パリ(パリ派)の一員として
1926~27年を頂点に、活躍した画家だ。
タイトルにしたように、「真珠母色」と呼ばれるオーロラのニュアンスを含んだ
白が、彼の最大の持ち味とされている。
白…ということで、
今まで、美術展レポでは、生い立ちをたどりながら
作品のスタイルの変遷を紹介するのが主だったが、
今回は切り口を変えて、
同じパリ派で、やはり白が特徴的な他の2人、
モーリス・ユトリロと藤田嗣治の絵と、比べてみた。
左がユトリロ、右が藤田。
ユトリロは、曇天にも関わらず、光を集めたような明るい白。
フジタは黄色味を帯びた、ぬくもりを感じさせる乳白色。
そしてパスキンは
うーん、写真では全然良さが伝わってきませんが、
美術館で観ると、全盛期の絵の一枚いちまいが、
女性の生の美しさを放つ、湿気を帯びた、なめらかな白。
決してエロティシズムに偏っていないのに(まあ、裸婦の絵などはありますが)
色気があるのだ。
それは、ちょうど一年前に観て、やはり色気があると書いた板谷波山の、
清廉されたそれとはまた違う。
1920年代の、平たくいってしまえば退廃ムードが蔓延していた
パリはモンマルトル、モンパルナスの中で、
しかし純粋に愛すること、愛おしむことを楽しんだ画家の
人柄があらわれているよう。
上の絵は子どもなので、何とも言い難いが、
パスキンはモデルの女性たちと仲良くなるのが得意だったようで、
モデルたちも、パスキンには心を許していて、
自然体のやわらかな肢体や表情を、キャンバス前にさらけ出していたそう。
確かに、女性たちの絵はリラックスしていて茶目っ気もあり
微笑ましいものばかり。
パスキンはブルガリア生まれのユダヤ系。
この写真はちょっと険しい感じがするが、
サロンに集まった文化人たちの絵に描かれている彼を見ると、
確かに“貴公子”と称されて違和感はない。
(まあ、ワタシの持論「美青年は東欧に多い」そのままということで)
もともとは素描が得意で、雑誌の風刺画をたくさん描いていた。
油彩は独学という。
私は、ほかのたいていの画家は、素描よりも油彩の方が好みで
素描コーナーがあってもさらっと流してしまう方だが、
パスキンに限っては、素描の方が好き…と思った。
おおらかで勢いがあり、ユーモアもあって、明るいのだ。
(特に「シンデレラ」という作品が好き! これから行かれる方は、
ご覧になってみてくださいね)
10代で家を出て、ミュンヘン、パリ、ニューヨーク、キューバ、そしてまたパリ、と
放浪の人生。
円熟期を迎えるも、愛人リュシーとの不毛な関係に疲れ?
画業が絶頂にあった1930年に、自ら命を絶ってしまう。
そのリュシーは、こちら。
この絵は、画家の優しいまなざしが感じられて、私はとても好き。
このように、ターコイズがかったブルーが、彼の晩年の作品には
差し色のようによく、出てきます。
それも絵を古くさくさせず、モダンに見せているのかなあと思ったり。
自死してしまったのは、自身がユダヤ系ということで、
近づくナチスの台頭に悲観し先手を打った…という説も。
「芸術家は45歳を過ぎて生きていてはいけない」とも言っていたそうで、
自らそれを体現してしまった形に。
パスキンはあまり、単独では展覧会が開かれませんが、
エコール・ド・パリの一つの象徴的なスタイルの画家と思いますので、
狂騒のパリ、20年代の空気に触れたい方は、ぜひ。
パナソニックならではのLED照明で、真珠母色がとってもキレイです。
個人的には、素描の作品群もおススメです。
※パスキン展の公式ページはコチラ
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