神奈川絵美の「えみごのみ」

◯◯っぽいほど、放っておけない

とても久しぶりに、音楽の話題を…。

もともと、父の日に因んで、
お気に入りのジャズ・ピアニストHORACE SILVER(ホレス・シルヴァー)の
その名も「Song for my father」を紹介する予定だったけれど。

今、もしかしたらこちらの方が話題性が高いかな、と思って…。
最近、結婚が報じられた大江千里の「Rain」にしてみた。


1987~88年ごろ?

この歌のリリースは1988年だが、
1998年には強力な千里フォロワーのマッキー(槇原敬之)がカバーし、
2000年代にもインディーズ系バンドがロック調でカバーし、
そして2013年5月に、劇場用アニメのテーマソングとして、秦基博くんのカバーが
発売されたばかり。

オリジナルはシングルカットもされず、確か何のタイアップもなかったのに
少しずつ世代を若返らせながらカバーされ続けている
music of musicianのような歌だ。

動画サイトには、公式非公式入り乱れて、
アニメとリンクさせたさまざまなクリップがアップされているが、
ちょっと面白い比較を貼ってみた。カバーした二人のそれぞれ、サビ部分だ。



どんな感想を持たれたでしょうか……。
二人ともさすがのヴォーカル、それぞれの時代に合っているようにも思う。


でも、私は……。


やっぱりオリジナルの、ダメっぽい声(ホントすみません)の方が
しっくりくるなー。




考えるに、「行かないで」の切迫感、余裕のなさ感が全然違うんだと思う。
カバーのお二人は、まるで1年前に起こったことを、
「あのころはああだったよねー」
回顧しながら歌っているように、私には感じられてしまう。
写真立てのツーショットでも、眺めながら。

今、目の前にいる彼女に去られてしまう
         ……行かないで!

ならやっぱり私は、オリジナルかなー。(あくまで主観です)
アレンジやコーラスも、なぜかオリジナルの方が
より洋楽に近い(ドゥービーブラザーズっぽい)ように聞こえてくるから不思議だ。


-----------------


大江千里くん……といえば、
1990年代のポンキッキーズ挿入歌「夏の決心」あたりが
よく知られているのだろうか。
着物ブログを読んでいる人の中には、
そのころ小学校低学年で、P-Kidsをみてた! という人もいるかも知れないし、
その年頃の子を持つ、新米ママだったという人もいるかも知れない。

でも。

私にとっては間違いなく彼は、「就職活動」の人だ。
1988年…世間知らずが世間に出ていったあのころを思い出す度、
何かの賞も獲ったヒットアルバム「1234」の曲が否応なくグルグルする。

就職活動とリンクするのは、そのせいだけではない。

当時、大学の先輩のコネで、ソニー系のレコード会社を受験したことがあったが
その二次面接で何人かの就活生と一緒になったとき、
一人の小柄な可愛い女の子が

「私、千里君のマネージャーになりたいんです!」
と言い放った。
休み時間の世間話だけならまだしも、グループ面接時にも
彼女はこの一点張り。
思わず、その場にいたほかの全員がたじろぐほどの一途さで、
催眠商法にかかったような目をしていたのを、
私は今でも忘れられない。


今の時世なら、就活生はエントリーシートに何行も、
説得力ある志望動機を書きこみ、100社、200社と送ったって、
面接までこぎつけるのはごくわずかと聞く。

かたや、たった一言「マネージャーになりたい」だけで、
二次面接までいってしまう。
それが1988年という時代だ。


そんなワケで、彼に関してはいいのか悪いのかよくわからない
思い出がセットになっており、
そのくせRainのような当時の歌が、後続のミュージシャンにカバーされると
ああ、自分がリアルに生きていた時代は遠くなったなあ、と寂しくなる。


見た目や一聴しただけではわかりにくいが、
彼の歌は ‐といっても1980年代後半の限られた時期しか知りませんが-
「争い、戦い、諍い」関連のキーワードがかなり多いので、
(あと、まさか!?と呆気にとられる「物怖じしない転調」も)
そういう意味でも、何かと攻撃的なバブル時代、私にとっては就職活動期の空気に
合っていたのかも知れない。

コメント一覧

神奈川絵美
misalynさんへ
こんにちは
そんなぁ、適当に書いているブログですので、
お気遣いなく…
私もミクシィの方で、いつも楽しいお出かけのご様子
拝読しています

「物怖じしない転調」でしょ、でしょ!
本文には長くなるので書けなかったのですが、
この時期、松田聖子ちゃんが、
クリスマスソングだけ集めたアルバムを発売してるんです。
メジャーなシンガーソングライターが提供した曲ばかりの。
で、他の作曲者の歌はみな手放しでほめていたのに、
千里くんが提供した曲だけは
「難しい、とにかく、難しい」としかコメントしなかったんです。
何故かこのエピソードは強烈に印象深くて、今でも覚えているんですよね…。

>カセットが出てきますもん
あはは、そうですかー。私も彼は、LPとCDの端境期の人で、
カセットは処分しちゃったなー
misalyn
いつも楽しく拝読させていただいています。
なのにいつも読み逃げで…申し訳ない(^_^;)
だって絵美さんの文章がお上手過ぎて、上手なコメントが思い浮かばないんですもの(笑)

でも、今日は「物怖じしない転調」に思わずコメントしちゃいました

大江千里さん、確かに青春の一ページを飾ってくれた歌手でしたね。懐かしい歌声を聴こうとするとカセットが出てきますもん。あはは…
神奈川絵美
セージグリーンさんへ
そうでしたかー、ジュディ・オングといえば
「魅せられて」のときの衣装って、どうやって
汚れないように管理していたんだろう、なんて
着物好きとしてはそんなことが気になりました

うろ覚えなんですが、
80年代前半の男性ファッションって、アイビーやプレッピー、セーラーなんかが流行ってたような。
ちょっといいとこのハイティーンの遊び着みたいな
うちの弟が、わざわざ上京して原宿にあったセーラーズに並んだ…なんてことを想い出しました(笑)
セージグリーン
いろいろ懐かしいです
音楽そのものとは離れたもの作りの制作部でしたが、海外での展示会用のPV製作には、レコード会社のスタジオを使いました。そこでジュディ・オングや郷ひろみを目撃したことも、、、。

そうそう、このファッションはチェッカーズのフミヤに似ていますね。
伊達眼鏡は浅野ゆう子もかけていたし、、、。
この歳でボーイッシュを目指しても、オジサンになってしまいますので、難しいです。(^_^;)
神奈川絵美
セージグリーンさんへ
こんにちは
えーっ、そちら方面のお仕事とは! ビックリです。
あのころ、Epicというブランド?もあって、
佐野元春とか、(千里くんもそうだったかな?)
米国MTVを意識したPVが創られ始めてましたよね。
音楽業界的には勢いのある、良い時代でしたよね。

思うに、チェッカーズあたりから
「ボーイ」なルックスやファッションがJ-POPの分野で
支持されはじめたのかなー。懐かしいですよね。
セージグリーン
おぉ千里君、お久しぶり!
若いですねぇ、、、この髪型とチェックのジャケットが懐かしいし、危なげな歌声が何とも魅力的です。
一念発起して渡米し、最近はジャズピアニストになられたそうで、私には嬉しいことです。

ところで、またまた絵美様とのご縁に驚きです。
時代は全く違いますが、
私はそのソニー系のレコード会社の社員として入社し、グループ会社の制作会社で83年までクリエイティブ・ディレクターをしておりました。
神奈川絵美
香子さんへ
おお、眼鏡! この人、伊達眼鏡?
特注で作ってもらっていたと聞いたような。
香子
眼鏡のフレームが当時を思い出させます(笑)
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