風と光と大地の詩

気まぐれ日記と日々のつぶやき

詩(三十年後のキャッチボール)

2019年07月10日 | 
             三十年後のキャッチボール

 線路ぎわの四畳半二間の古アパート
 電車が通るたび家全体が貧乏ゆすりをした
 窓のすき間から昭和の冷い空っ風が吹き込んだ

 夕暮に風呂の煙突からいぶい煙が立ち昇り
 お勝手からまな板の音と鍋の匂いが洩れる頃
 工場帰りの親父がランニングシャツになって
 子供達が去った路地で親子のキャッチボールが始まる
 「いいかケンイチ 球は相手の胸をめがけて投げるんだ」
 親父の投げる弾丸のような球はグローブの手を強く撃った
 電信柱に明かりがともる頃 路地に夕闇が迫り
 キャッチボールは終り 次は明日か明後日か
 その次が来ない日がいつかくるとは知らず
 親父に返すボールは永遠にこの手に残された

 ・・・三十年後 僕は父親になっていた
 人生の半分をカタにローンで建てた家の周りは
 車と人がせわしなく行きかい
 児童公園はボール投げ禁止
 やっと見つけたスペースは小学校の校庭の隅
 サッカークラブが公式練習する脇で
 居候のように肩身の狭いキャッチボール
 「いいかコースケ ボールは相手の胸をめがけて投げるんだ」
 今度は同じセリフを僕が言う番だ
 小さな息子の後ろにランニングシャツ姿の大きな親父が見える
 無口な親父の笑顔の意味がやっと分かった
 ボールに込められた言葉にならない思い
 親父の投げたボールは三十年後の僕の胸にずしんと届いた
 親父から受けたボールを小さな息子へそっと投げ返す
 あの時のグローブの手の痛みがよみがえる気がした


   

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