今回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版 第1章(P13~P16)【4】P133~P134の紹介です。
異性の友だちができたことを肉親に知らせるのは、むつかしい。はずかしいことでもあった。しかし、知ってもらって
おくのと秘密にしておくのとでは、その便利さはまったくちがう。それでも、交際のはじめのうちは、まだよい。みつかって
から白状しても、弁解がなりたつ。他のことにかこつけての外出も、おそい帰りも、まだそう回数は多くない。けれども、
ふたりの交際が深まり、たがいの胸のなかにそのおもかげが大きな影を占めるようになってくると、秘密はさまざまな
支障を呼ぶことになる。
玲子はまず伏線を張った。「房代さんのボーイフレンドって、すごくギターがうまいの」「明子さんの家に寄ったんだけど
、ボーイフレンドの加藤クンが来ていたから、遠慮して帰ってきちゃった」「節子さん、自分の好きな流行歌手に熱烈な
ファンレターを書いているのを原田クンにみつかつて、ほっぺたをひっぱたかれたんだって。顔を張られて、それで
うれしがってるんだから、人の気持ちって妙ね」 ことあるごとに、親しい友だちのだれもが特殊のボーイフレンドを持っ
ていることを、父や母に吹聴しはじめた。ついにある夜、玲子が待ちかねていたことばを、父がもらした。
「みんななかなかもてるようだが、玲子もどうして男の友だちのひとりぐらい、わしに紹介してくれんのだね?」そばから
母が父のコップにビールをつぎながら、「だめよ、この子は。わたしに似て、そのほうは臆病なんだから」「あら」と玲子は
ここぞとばかり声を張り上げる。「あたしだって、すてきな男の子の友だちのひとりぐらい、持って
るわ」「負け惜しみは言わなくていい」「負け惜しみじゃないわ。この前の土曜、映画を見たでしょ?ほんとうは、節子さん
とではなくてその人と行ったんだから」父と母は、顔を見合わせた。「おいおい、ほんとうか」 「ほら、ひとりぐらい紹介しろ
と言った口の下から、もう目の色変えるんだから」「そうじゃない。玲子がつきあっている子なら、
わしたちも知っておくといいと思うからな」「知りたい?」「どんな子だ」「今度連れてきていい?香原高校の秀才よ」
こうして玲子は、ふたりの交際を父母にみとめさせることに成功した。叔母を見舞いに行ったときに知り合ったのだと
知って父は、「こいつめ、そのためにちょいちょい若津町へ行くんだな」「あら逆よ、叔母さんのところへ行くから、知り
あったのよ」要領よく、玲子は父母に佐千夫について語った。「お父さんがいないの。トンネル工事の技師だったんで
すって。事故でなくなったらしいの。仕事いちずに生きた父だと、とてもそのおとうさんをそんけいしているわ」「おかあさ
んが、若津病院のまかない婦をしているんですって」
母がまかない婦をしていることを玲子に語るとき、佐千夫のほおはあからんでいた。そのあからみをみずから意識した
とみえ、佐千夫はつけ加えたものである。「ぼくは母の職業を恥はしない。母がはたらかねばならない暮らしであることを
、恥はしない。母をはたらかせて、ぼく自身が定時制ではなく全日制の高校に通っていることにやましさをおぼえている
んだ。だからあかくなった」「しょっちゅう、じぶんの行動や意識の流れを分析している人なの。入試だけがすべてだと
いうガリ勉秀才とちがうわ。人生の懐疑派なのね」
日ごろ玲子は家では、できるだけこどもっぽく茶目にふるまっている。父母には、玲子がそのようなことを言うことすら、
思いがけないようであった。「ものすごい読書家なの。ベストセラーなんかには見向きもせず、図書館のカビくさい古典を
をかたっぱしから読んでいるの」もともと玲子も、よく本を読むほうであった。さらに読書欲が深まったのは、たしかに
佐千夫との交際のせいであった。「じゃ、大学には進まないんだな?」父は佐千夫に興味をもったようである。「ううん。
夜間部のある東京の私立に、はたらきながら行くらしいの。ひよっとしたら、国立にはいるかもしれない。おかあさんの
こともあり、彼は今、それで悩んでいるの」「おかあさん、いくつだって?「それがまだ若いの。四十そこそこらしいわ」
次回は、【あゝりんどうの花咲けど】編集版 第1章(P16~P18)【5】P134~P135を紹介します。