59.GHQの言論統制
59.1.連合国最高司令官の権限
昭和20年(1945年)8月14日、マッカーサーは連合国最高司令官に任命された。
昭和20年9月2日戦艦ミズーリ号でマッカーサーは、ポツダム宣言で示された「降伏条件」を前提とする日本降伏文書に調印した。
しかし、マッカーサーは、自分の占領政策が降伏条件に縛られることを嫌い、自由裁量をトルーマン大統領に直訴した。
トルーマン大統領はこれに答え9月6日、連合国最高司令官の権限に関する指令(JCS1380/6 =SWNCC181/2)がトルーマン大統領から統合参謀本部を通じて送付された。
この指令は、日本占領に関するマッカーサーの権限は絶対的で広範なものであることを規定し、日本の管理は日本政府を通して行うという間接統治方式を示したが、必要があれば直接、実力の行使を含む措置を執り得るとした。
さらに、ポツダム宣言が双務的な拘束力をもたないとし、日本との関係は無条件降伏が基礎となっていると明記した。
すなわち、ポツダム宣言第6項以降に書かれている、ポツダム宣言受諾条件を反故しても構わない、としたのである。
具体的には指令の添付書に次のように記されていた。
1. 天皇及び日本政府の国家統治の権限は、連合国最高司令官としての貴官に従属する。貴官は、貴官の使命を実行するため貴官が適当と認めるところに従つて貴官の権限を行使する。
われわれと日本との関係は、契約的基礎の上に立っているのではなく、無条件降伏を基礎とするものである。貴官の権限は最高であるから、貴官は、その範囲に関しては日本側からのいかなる異論をも受け付けない。
2. 日本の管理は、日本政府を通じて行われるが、これは、このような措置が満足な成果を挙げる限度内においてである。
このことは、必要があれば直接に行動する貴官の権利を妨げるものではない。貴官は、実力の行使を含む貴官が必要と認めるような措置を執ることによって、貴官の発した命令を強制することができる。
3. ポツダム宣言に含まれている意向の声明は、完全に実行される。
しかし、それは、われわれがその文書の結果として日本との契約的関係に拘束されていると考えるからではない。
それは、ポツダム宣言が、日本に関して、又極東における平和及び安全に関して、誠意をもって示されているわれわれの政策の一部をなすものであるから、尊重され且つ実行されるのである。
この指令により、マッカーサーに日本占領に対する全権が与えられた。
ポツダム宣言の第10条には、
「吾等は、日本を人種として奴隷化するつもりもなければ国民として絶滅させるつもりもない。
しかし、吾等の捕虜を虐待したものを含めて、すべての戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加える。
日本政府は、日本の人民の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって障害となるものはこれを排除するものとする。
言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。」
と規定しており、言論の自由に関する基本的方向が明示されていた。
しかし、トルーマン大統領からのお墨付きを得たマッカーサー率いるGHQは、占領政策をこのポツダム宣言に縛られることなく、検閲を初めとする全面的な言論の管理・統制を行った。
59.2.GHQの言論政策
GHQの日本に対する言論政策は、戦前の日本で統制されていた様々な言論統制を撤廃し、軍国主義の一掃と、民主化のための措置を施した。
これはまず、言論・思想・宗教・集会・結社等の権力的統制の廃棄から着手された。
59.2.1.連合国最高司令官司令
連合国最高司令官(SCAP: Supreme Commander for the Allied Powers)から日本国政府宛てに発せられた指令文書にはSCAP Index Numberと呼ばれる番号が「SCAPIN-○○」という形で付られた。これは「SCAPIN」(スキャッピン)と通称される。
昭和20年9月4日に、覚書「政府から新聞を分離する件」が出され、日本新聞公社、同盟通信社が解体され、戦時下における新聞、通信の独占体制が崩された。
ついで、9月27日の覚書「新聞言論の自由に関する追加措置」によって、13におよぶ戦前、戦時の言論統制法令が廃止された。
さらに、9月29日の「新聞映画通信に対する一切の制限法令の撒廃の件」によって、新聞以外の分野にも自由が拡大された。
また、10月4日の覚書「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限除却の件」は、治安維持法、思想犯保護観察法、宗教団体法をふくむ15の法令と、それらを「改正、補足、執行するための一切の法律、勅令、命令、条例及び規則」の廃止と運用の停止を指令するものであり、同時に、一切の秘密警察機関、検閲、監督、保護観察などを営む内務省、司法省、警察などの関係諸機関部局の廃止を指令するものであった。
GHQは、一方でこうして日本政府が戦前、戦時に実施してきた統制体制の解体と除却をすすめると同時に、他方では占領遂行のために、新しい統制を早くから実行に移していた。
マッカーサーは、9月9日に、「日本管理方針に関する声明」を発表し、そのなかで、
「日本の軍国主義および軍国的国家主義の根絶は、戦後の第一の目的であるが、占領軍の一つの目的は自由主義的傾向を奨励することである。
言論、新聞、宗教および集会の自由は、占領軍の軍事的安全を維持する必要によってのみ制限される」
と述べ、占領下における言論統制の意図と方向を示唆した。
9月10日、総司令部は「新聞報道取締方針」「言論及び新聞の自由に関する覚書」を発表し、言論の自由はGHQ及び連合国批判にならずまた大東亜戦争の被害に言及しない制限付きで奨励された、GHQ及び連合国批判にならず世界の平和愛好的なるものは奨励とされた。
<SCAPIN-16>
OFFICE OF THE SUPREME COMMANDER FOR THE ALLIED POWERS
SCAPIN-16
10 September 1945
MEMORANDUM FOR THE IMPERIAL JAPANESE GOVERNMENT.
THROUGH Central Liaison Office、 TOKYO
FROM THE SUPREME COMMANDER FOR THE ALLIED POWERS.
1. The Japanese Imperial Government will issue the necessary orders to prevent dissemination of news, through newspapers, radio broadcasting or other means of publication, which fails to adhere to the truth or which disturbs public tranquillity.
2. The Supreme Commander for the Allied Powers has decreed that there shall be an absolute minimum of restrictions upon freedom of speech. Freedom of discussion of matters affecting the future of Japan is encouraged by the Allied Powers, unless such discussion is harmful to the efforts of Japan to emerge from defeat as a new nation entitled to a place among the peace-loving nations of the world.
3. Subjects which cannot be discussed include Allied troop movements which have not been officially released, false or destructive criticism of the Allied Powers, and rumors.
4. For the time being, radio broadcasts will be primarily of a news, musical and entertainment nature. News, commentation and informational broadcasts will be limited to those originating at Radio Tokyo Studios.
5. The Supreme Commander will suspend any publication or radio station which publishes information that fails to adhere to the truth or disturbs public tranquillity.
For the SUPREME COMMANDER:
/s/ Harold Fair
/t/ HAROLD FAIR
Lt Col.,A.G.D.,
Asst. Adjutant General
連合国最高司令官室
scapin-16
覚書:日本帝国政府宛
経由:東京中央連絡事務所
連合国最高司令官より
1. 日本帝国政府は、新聞、ラジオ放送、その他の出版手段を通じて、真実に従わない、または公共の平穏を乱すニュースの流布を防止するために必要な命令を発令するものとする。
2. 連合国最高司令官は、言論の自由に対する制限は絶対的に最小限にとどめるよう命じた。連合国は、日本の将来に影響する事柄についての自由な議論を奨励する。ただし、そのような議論が、世界の平和を愛する国々の中で地位を得る資格のある新しい国として敗戦から脱却しようとする日本の努力に有害でない限りである。
3. 議論できない主題には、公式に発表されていない連合軍の動き、連合国に対する虚偽または破壊的な批判、および噂が含まれる。
4. 当面の間、ラジオ放送は主にニュース、音楽、娯楽の性質を持つものとする。ニュース、解説、および情報放送は、ラジオ東京スタジオから発信されるものに限定される。
5. 最高司令官は、真実に従わない情報や公共の平穏を乱す情報を公表する出版物やラジオ局を停止する。
最高司令官に代り、/s/ハロルド・フェア /t/ハロルド・フェア
陸軍中佐 A.G.D.
高級副補佐官
59.2.2.検閲
占領期に検閲を行ったのはチャールズ・アンドリュー・ウィロビー傘下のCIS (民間諜報部)に属するCCD (民間検閲局)であった。
チャールズ・アンドリュー・ウィロビー
ウィロビーは第二次世界大戦ではダグラス・マッカーサー側近の情報参謀で、占領下では連合国軍最高司令官総司令部参謀第2部 (G2) 部長として対日謀略や検閲を担当するなど、占領政策遂行のうえで重大な役割を果たした。
CCDによる検閲は占領開始直後の昭和20年(1945年)9月10日の「新聞報道取締方針」「言論及び新聞の自由に関する覚書」(SCAPIN-16)の発表後から、昭和24年(1949年)10月31日のCCDが解体されるまで続けられた。
SCAPIN-16の発令により言論統制が始まった。
しかし、この覚書は、検閲の規準としてはあいまいで、解釈がむずかしく、違反も多かった。
そして、9月14日に同盟通信社への業務停止命令、9月18日に朝日新聞への2日間の業務停止命令が発令される事件が起こった。
<続く>