2008-03-05
1.くもの巣
宇宙ステーションに昼と夜の区別はないが、休みなく働いているボス・コンピュータが、時間帯によって昼と夜の照明をコントロールしている。
レストランで酒を飲んでいた悪党達は、照明が暗くなるまで日ごろのウップンを吐き出していた。
「今度こそ、あのゲームでもうかると思ったんだがなぁ」
「ゲームは、宝くじみたいなモンさ。当てようと思って大金はたいても、外れたらそれまでよ」
「ジャノよ~。今度の虫はチッチャイが、オレら大損したんだ。
大きな仕事をしてもらわなきゃ、困るよ」
トオルにトュラッシーと名乗ったボス格の男は、あざけるように言った。
「自分じゃナンにもできねーくせに、ナニ言ってるんだ。次のゲームのことくらい、考えとけ。オレらにゃ、くもの巣張るしかできねぇンだ。うまい虫か食ってみないとな。
アトは、アニョーシャにいい腕見せてもらうだけだ! 」
「でも、アンタの言うアニョーシャは、当てになるのかね。前の仕事だって、途中で虫の気ィがおかしくなって、あやうくオレらのことが、バレるトコだったジャないか」
「あれは、虫が弱すぎたンだ。今度の虫は威勢がいい。アニョーシャも前の失敗で気合いが入ってるから、うまくすれば極上の虫になる」
そのとき、誰かのMフォンから軽快な音楽の着信音がした。
「虫が目覚めたらしいですぜ。」
Mフォンをチラリと見た男が、ボス格の男に向かって言った。
「よし、それじゃ仕事を始めるか…」
悪党達は、足元をふらつかせながら、宇宙船の発着場へと向かった。
レストランには、男達がいた近くのテーブルに、カジュアルな服装をしたカップルが、だまってMフォンを眺めていた。
女は、ため息をついて男に話しかけた。
「虫って、子供のことかしら。言ってる本人が虫みたいな顔してるのにね。
最近、イケメンの少年が、立ち入り禁止区域のボス・コンピュータ施設へ入って、気が狂ったようにわめいていたのを、保護されたわよね。
あれも、今の連中が関わってたってことか…」
「その少年は、今も精神科病棟で治療中だ」
男はそう言いながら、Mフォンで連絡を取り始めた。
「チーフ。連中は宇宙船へ向かった。我々は署に戻ります。以上」
「フーっ。やっと帰れるわ。酒癖の悪い連中の話聞いてて、気分悪かったもの。でも最初は、ただの迷子の捜索と思ってたから、まさか犯罪に結びつくとはね」
「連中には虫けら扱いされてたけど、その子にはずいぶん気の利いた友達や、頼もしい知り合いがいるようだ」
「それにしても、アニョーシャって、何者なの?
例のイケメン少年は、シーナとか叫んでいたらしいけど、宇宙ステーションのデータには、シーナらしい住人も、停泊した宇宙船の乗客も、いなかった。
あの連中を捕まえても、アニョーシャが捕まらないと、事件は終わらないんでしょ? 」
「今回は、人命もかかってる。あの連中を早く逮捕して、次の行動に移らなければ。署に帰って、チーフの指示を待とう…」
周りを警戒することもなく、酒の臭いをプンプンさせながら、ほろ酔い気分で発着場の宇宙船に戻って来た悪党達は、入り口の前で合図の口笛を吹いた。
宇宙船の中にいる見張りの男が、Mフォンで入り口を開けようとすると、目の前にキララがスーッと姿を見せた。
「ちょっと、待ちナ。アタシにいい考えがあるんだ。この子だけ、鎖を解いてくれよ」
「アニョーシャ、いきなり出て来て、ナニ言い出すンだ。ジェノが何て言うか…」
「アイツの言うことなんかいいだろ。もう、アニョーシャはやめてくれ!
アタシがやらなきゃ、アンタに何ができるんだ? 早くこの子の鎖を解くんだよ!」
見張り役の男にすごんだキララは、タケルをゆっくり立ち上がらせ、不気味な呪文を唱えながら、頭に手をかざした。
「この子は、アタシの思い通りに動くよ。」
不思議と、誰も何も言えない。見張りの男も、黙ってタケルの鎖を解いた。
「いいか? 入り口を開けても、奴らに、アタシとこの子の姿は見えない。アンタ達もだよ!
入って来て文句言ったら、アタシが仕事に連れ出したと言いな!」
「わかったよ。今度は、ちゃんと仕事しろよ! 失敗したら…」
「失敗? アンタらが、ゲームで失敗したから、こんなことやってるンだろ!
そんな口たたけるのも、今のうちかもナ…。アタシは消えるね」
キララが姿を消すと同時に、タケルの姿もうっすらと消えた。
見張りの男はあきれた顔をして、入り口を開けた。
前方には、最新鋭のショック銃を構えた宇宙ステーションの警官達が、手を上げて立ちすくんでいる悪党達を取り囲み、入り口にも銃を向けている。
警察のショック銃の威力を知っている悪党達の手は、小刻みに震えている。
入り口の見張りの男も、観念したようにゆっくりと手を上げた。