2008-02-19
6.胸騒ぎ
タケルが人ごみに消えるのを ただ見守ることしかできなかったトオルとミリ…。
事情を知らないミリは、せっかくタケルがいい子に戻ってくれたのに、また勝手なことを始めて、周りを騒がせるのではと、深いため息をついた。
トオルは見えない敵の存在に、胸騒ぎがしていた。タケルをこのままほっておくと、とんでもないことに巻き込まれるに違いない。
すぐにでもタケルを追って、どんな目に遭ってもタケルを抱きしめて守ってやりたい。
しかし、タケルの運動能力は、とっくにトオルを超えていた。
この広い宇宙ステーションでは、例えタケルを見つけたとしても、コズミック軍のパトロール隊でないと、タケルをつかまえることができないだろう。
どうしたらいい?
トオルは、本能的にタケルのことを良く理解してくれる人を思い出そうとした。
宇宙船にはいなかった。移住の訓練の時も、タケルは1人でがんばっていた。
そうだ。タケルが転出することをクラスの子供たちにも秘密にして、訓練中に何度もタケルの相談に乗ってくれたユウキ先生がいた。
すぐにMフォンを取り出し、ユウキ先生宛に、タケルのことを相談するメールを送った。
とりあえずこれからどうするか、ミリと相談して、居住区にある自分たちの部屋に戻ろうということになり、タケルにもそれを伝えるメールを送った。
そして、トオルとミリがレストランを出てロビーを歩いていると、「やぁ、先ほどはどうも」と親しげに声をかけてくる男がいた。
トオルにタケルが幽霊としゃべっていることを教えてくれた、船長らしきスーツを着た人物だ。
トオルはミリを心配して、その男にあわてて近づき、「ワイフは何も知らないのです」と小声で訴えた。
「そうですか」と男は軽くうなずき、「ところで、あなた方のお子さんはどこへ行かれましたか?」と何事もないようにたずねた。
「私どもにも、さっぱり。部屋に戻ることは知らせたのですが、じきに戻ってくることでしょう」とミリにも聞こえるように言った。
「さぁ、どうでしょうかね。あの年頃の子は、冒険が大好きだ。こんなに広い宇宙ステーションに来ることはめったにないでしょう。きっと探検を楽しんでいるはずだ」
それを聞いて、ミリも苦笑した。
「どうです。良かったら、私達もこの宇宙ステーションを散歩してみませんか。すぐに部屋に戻っても、お子さんの帰りを待つ時間を長く感じるだけではないですか?」
「そうですね。例のお話ももっとくわしくお聞きしたい。しかし、ミリは疲れただろうから、先に部屋に帰って休んでおくといい」
「…そうね。久しぶりの買い物だったから、疲れたわね。先に帰ることにするわ。あなた、帰る時にはメールで知らせてね。起きて待ってるから…」
トオルは笑顔を作って、うなずいた。ミリも、何かあると感じたようだ。今は、だまってタケルの無事を祈るしかない。
「それでは、私はこれで失礼します」
男に会釈して、ミリは居住区へと向かった。
次第に見えなくなるミリを目で追いながら、トオルはその男に話しかけた。
「あなたは、ご存知なのですか? タケルが今、どこにいるのか…」
「その前に、自己紹介からしましょうか。私はトュラッシーと言います。長年、この宇宙ステーションにドッキングしているゲーム施設の船長をしています」
「失礼しました。私のことはトオルと呼んでください。息子は、タケルと言います。私達にとっては、かけがえのないたった1人の子供なんです」
トオルはそう言って握手しながら、このトュラッシーと言う見知らぬ男を信じていいのか、不安がよぎった。