2008-02-25
1.ケンカの原因
MFiエリアのスクールでは、みな神妙な顔をして、ホームルームが始まるのを待っていた。
「どうしたら、チルドレンズ・ハウスで仲良く暮らせるか…?」
今日はヴァレンタイン・デー。
保育や初級コースの子供達は、自分の好きな子にメールを送ったり、授業でお世話になった人へのプレゼントを作ったりする行事で一日を過ごす予定だ。
一方の中級コース・上級コースは、進級・卒業テスト前とあって、午前中は平常通りの授業のはずだった。
あの事件さえなかったら…。
それでなくても、誰が誰にプレゼントを渡すのか、神経がぴりぴりしている時に、想定外の事件が起こってしまった。
もちろん、大好きな子のことしか頭にない子は、周りで何が起ころうと、マイペースでハッピーなのだが…。
ホスピタルに入院しているパールは、おばさんと相談して、お小遣いを戦争に反対する団体に寄付することにした。
去年までは何の迷いもなく、タケルに特別なプレゼントを渡していたキラシャも、今年はタケルがいなくなったおかげで、誰かに何かをあげるという気持ちになれない。
パールの話に心を動かされたキラシャも、戦争に反対する団体に寄付することにした。
この日のホームルームには、ユウキ先生の計らいで、キラシャとパールも病室からオンラインで参加することになった。
パールは転校生でもあり、ヤケドなどのハンディを負っている上、おとなしくて美人、いわゆる男の子にモテるタイプなので、やきもち焼きの女子から、もっともイジメられやすい。
そして、キラシャはイジメられている子を助けようと、張り切りすぎて、イジメの相手に手を出してしまう。
イジメの問題を抱えた2人の今後を考えて、ユウキ先生が参加を決めた。
スクールの中でも生徒の人数が多いクラスを担当する先生は、管理することに気を取られ、生徒ひとりひとりのことを考える余裕がない。
しかし、キラシャのクラス担任のユウキ先生は、何かと生徒の様子を心配して、話しかける先生なので、わりと生徒から慕われていた。
ユウキ先生にとっては、自分のクラスにケンカの始まる当事者がいたこともあって、これ以上自分のクラスでのイジメやケンカは、避けてもらいたいようだ。
生徒たちも、そんな先生の気持ちが伝わっていたから、少しはまじめにこの問題に取り組んでみようという雰囲気はあった。
それに、ユウキ先生のおかげで、久々に美しいパールが顔を見せてくれる。それだけで、男の子はウキウキしていた。
ホームルームの時間が始まると、ユウキ先生は口の周りにアザをつけているカイをつれて、学習ルームに入って来た。
以前から、無口でおとなしい存在だったカイは、騒ぎを起こすような生徒ではない。
ゼノンは廊下で仲間とたむろしては、おとなしい子にちょっかいをかけていたが、カイは例えつばを吐きかけられても、拭き取りもせず、だまって通り過ぎていた。
そんなカイを知っている女の子は、カイにたずねた。
「なんで、あんな大ゲンカになったの? カイって、おとなしい人だと思ってたのに…」
「ゼノン ボクニ アシ ヒッカケタ」
「その後で、大ゲンカしたんでしょ?」
「ボク カオ ウッタ。アト オボエテナイ…」
クラスが、ざわめいた。
ユウキ先生が、あわてて補足した。
「みんな静かに聞いて欲しい。カイは、あのケンカには加わっていないんだ。これは、防犯カメラでも確認したから、本当だよ」
それでも、クラスはまだざわざわしている。
「さぁ、静かにして! カイは、ケガをしたショックで気を失っていたんだ。
もう少し、カイが説明したいと言ったから、みんなも少し協力して聞いてくれないか。
さぁ、カイ。腹から深呼吸して。君はいつも、遠慮がちにしかしゃべらない。
だから、みんなをイライラさせるし、イジメられたのだと思う。
元気を出して、みんなに聞いてもらいなさい」
カイは、ためらいながら話し始めた。
「…オリエント・エリア センソウデ イッパイ ヒト シンダ。
ゼノン オナジ エリア。ボク イジメテ コロソカモ シレナイ オモッタ」
クラスがシーンとした。
だが、ここは平和なエリアだ。反論する生徒もいる。
「いくらゼノンだって、そんなバカなことしないよ。オレ達だって、ひどい目に遭ってるけど、通報すれば、すぐパトロール隊が助けてくれるし…」
「あたしたちだって、ゼノンからひどいこと、いっぱい言われてるよ。スクールでそんなの真に受けてたら、それこそ生きてけないわ!」
クラス中から口々に意見され、カイは、怒ったように大声で叫んだ。
「センソウ ノ ユメミテ ネムレナイ…
ケド アサ ハヤイ。
Mフォン ウルサイ ダイキライ!
ココモ キット センソウニ ナル!!」
これを聞いたダンは、カッとなって立ち上がって叫んだ。
「このエリアは、絶対に戦争なんかしないぞ!
戦争しないために、みんな努力してるんじゃないか。
朝早く起きるのだって、毎日の訓練だって、ドームに万が一のことがあった時に、たくさんの人が助かるように、みんなガマンしてやってるンだろう?
Mフォンだって、誰だって好きで使ってるンじゃないよ。ルールで決まっているから、うるさ過ぎるけど、黙って従っているンだ。
カイなんて、自分のことしか考えてないだろ! みんなのこと考えろよ!
オマエのおかげで、反省会しなくちゃいけないンだぞ! 」
周りの子供たちも、「そうだよ! 」 と叫んだ。
カイは、よけいに不満を募らせ、吐き捨てるように言った。
「ミンナ ボクキライ。ココ デル! 」
ひとり、決心したように出て行こうとするカイの肩を 先生があわてて押さえた。
「ちょっと、カイ、待ちなさい。苦しいのは君だけか?
自分のエリアに帰りたくても帰れない、つらい思いをしているのは君だけじゃないだろう。
君より、ひどい目に遭っている子のことを忘れてないか?
カイ、先生にちょっとだけ時間をくれ。
さぁ、パール。聞いてるか? カイのためにも、君のことを話しなさい。
カイ、パールの話を聞いてから、出て行きたかったら、このクラスを出なさい。
後のことは、先生とよく話し合おう! 」