2008-02-18
5.タケルの反抗心
タケルはレストランでの食事中、両親のいつも通りの会話をうわの空で聞いていた。
タケルの頭の中で、ミリがやってくるまでのわずかな間に、トオルが耳元で伝えた言葉が、グルグルと回っていた。
「いいかい? タケル。君は今、普通の状態じゃないんだ。…良く聞いてくれ。
君は狙われている。
パパには、まだ、それが何のためなのか、なぜ君を選んだのか、わからない。
でも、これだけははっきり言っておきたい。…君は幽霊にとりつかれている。
…パパには…
君がいっしょうけんめい話していた相手の姿は、パパには見えなかった。
その幽霊のことをいろいろと教えてくれた人がいる。
いいかい。
…パパはタケルを守りたい。
しばらくは、ママにも内緒でいたいから、男の約束をしてくれるか?
タケルがこれから、この宇宙ステーションでその幽霊に会うことがあっても、パパやママを敵にするような行動は取らないで欲しい。
パパもママも君を信じているからね。
その幽霊が、タケルに何かをして欲しいとか、頼んできても、絶対に相手にしないこと。
君を守るためだ。…そして、それはパパやママを守ることでもある。
いや、この宇宙ステーション全体の安全にも関わることかもしれない。
とにかく、みんなのことを考えて行動して欲しい。地球にいたときも、そう習っただろう?
いいね。約束だよ…」
ミリが、「あなた達、いつからそんなヒソヒソ話するようになったの?」と笑顔で話しかけても、タケルはぼんやりとして、反応できなかった。
ミリは、まだタケルが睡眠から解けて、頭が思うように働いていないのだと思ったようで、自分たちの会話に夢中になっていた。
タケルはさっきまでのことを思い返しながら、トオルの言ったことを懸命に否定しようとした。
『キララは幽霊? そんなはず、ないじゃん。ちょっと、変わってたけど…
女の子と話して楽しかったの、久しぶりだったっていうのに…
だけどさ、僕を守るためって言いながら、パパはいつもママと2人で楽しそうにしているだけじゃないか。
…ママだって、そうだよ。
だいたい、僕の耳を治そうって言って、ここまで来たんじゃないか…。
僕がもらったパスボーの賞金だって、ほとんどパパに預けているのに、今から地球に帰ったら、スッカラカンになるだけだよ!
何のためにここまで来たって言うんだ! このままじゃ、帰ったって意味ないじゃン!
地球で習ったこと? ルールばっかり厳しくて、きゅうくつな生活だったっていうのに…。ここにいる方が、よっぽどましだよ!
…いったい、キララはどこへ、消えちゃったんだろう…?』
その時、キララらしき女の子の声が聞こえた。
『タケル…? アタシの声、聞こえる…?』
タケルは、耳をすました。
そして、心の中で『聞こえるよ』と、つぶやいた。
『そう、もっと話したいことがあるんだ…。
アタシだけだよ、あんたを守ってあげられるのは…。
あんたのパパが言ってたこと、ウソじゃないけど、あんたを狙ってるのはアタシじゃない…。
もし、アタシのこと、信じてくれるんだったら、例のゲームコーナーで待ってるよ。
パパたちには、だまって来るんだよ…』
『どうして?』
タケルは、心の中でキララに問いかけた。
『今は、誰もアタシのこと信じちゃくれない。…タケルだって、不安でしょ?』
タケルは、ちょっとムッと来て、強気になって答えた。
『不安って言うより、パパの言ってたこと、まだピンと来ないンだ。…会ったら、ホントのこと教えてくれる? キララのことも…』
『ああ、いいよ。タケルに勇気があったらね…』
『…じゃぁ、行くよ…。だけど、実はこんなお化けでしたなんて格好で、出てこないでくれよ!』
『さぁ、どんな格好ででてやろうか…?
まぁ、楽しみにしててよ…。じゃぁ、待ってるよ!』
キララの挑発的な声が消えてから、タケルはしばらく考え込んでいた。
両親が黙り込んでいるタケルに気づき、いたわりの言葉をかけたが、タケルは何かを吹っ切ろうとするかのように首を横に振り、すっと席を立った。
「パパ、ママ。ちょっと用事があって、行く所があるんだ。
何かあったら、Mフォンで知らせるよ。
…パパ、危険なことはしないと思うけど、僕の自由にさせて欲しいんだ。
ママを悲しませるようなことはしない。だから、僕のこと、信じて欲しい。…男の約束だよ」
タケルは父親の手をとって、一方的に握手をした。
そして、「それじゃあ」と両親に向かって手を振りながら走り出し、人ごみの中へ消えて行った。