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書籍ー岡田健太郎著「大陸浪人路面電車」

大陸浪人路面電車ー中国大陸を駆けた日本の電車のものがたりー
(B5版136ページ)



著者の岡田健太郎氏から本書を御恵贈いただきました。
岡田健太郎氏は中国鉄道研究家であり私が以前に鉄道ジャーナル誌に寄稿した折には写真を提供していただきお世話になっています。

日中戦争期、新天地満州に夢を求め全国から多くの人達が中国大陸に渡ったことは知られています。この時代、人のみならず鉄道車両も数多く日本各地から新天地を求め中国大陸に渡っていた事実は知られているとはいえません。本書では、それらを「大陸浪人の車両達」として車両達が大陸に渡ることになった経緯からその後の活躍が記されています。

満州の鉄道としては標準軌間で技術的に後の新幹線の技術開発の礎にもなったともされる、国策会社南満州鉄道こと満鉄が有名ですが、当時の日本本土で路面電車が都市交通を支えていたように、満州の主要都市では都市交通の主役として路面電車がありました。そして大陸浪人車両の受け入れ先となったのがそれら主要都市の路面電車。

本書では「第一章・大陸浪人路面電車前史」では、日中戦争前夜までの後に大陸浪人電車を受け入れることになる各市電で導入されていた欧米そして日本製車両の紹介にはじまり、「第二章・大陸浪人路面電車の時代」で浪人電車達の前歴と紹介、そして「第三章・大陸浪人の血脈」では日中戦争集結後、新中国(中華人民共和国)の時代の中国東北部各都市(北京含む)の市電について、大陸浪人電車のその後と新中国成立後に新造された車両が概説されています。

一昔前の鉄道車両、特に譲渡車は車体と足回り(台車やモーターなど主要機器等)を分割、他車のものと組み合わせるなど譲渡先の路線にあわせてアレンジして譲渡されたり、車両置換えの際に旧車の足回りを流用して、新造した車体と組み合わせるなど、とかく車両の人生(車歴)の中で複雑な動向をたどりがちです。本書ではそれらについて克明に調査しているのは、とかく現代でも車両譲渡というと箱(車体)の動向のみに注目されがちな状況にあることを思えば、非常に深い研究成果といえます。

更に満州国標準型車両として、日本本土の主要メーカーで製造され現地に送られた車両達の戦後の動向、一部は改修を繰り返し大連で今なお活躍を続けている事実が紹介されています
日本から中国大陸に渡った車両達には洞爺湖電気鉄道や琴平電鉄塩江線など戦中期に時代の波に呑まれ廃線になった鉄道の車両達、また京王電軌軌道で一時代を築いた23形など、私鉄路線の路面電車から郊外電車への進化の過程、また急激な輸送力増強の要請の中で活躍の場所を失ってしまった彼ら車両達が、新天地で再起を果たした姿は、日本国内の地方鉄道、私鉄の車両史を語る上でも覚えておきたい事実です。



(97ページ)
各都市の路面電車の全盛期の路線図・運転系統図も資料的な価値があります。

戦後編、新中国の時代となる第三章では、機器こそ満州型標準型車両と同一でありながら東欧のタトラカーを彷彿とさせる洒落た車体を載せた大連市電7000形や2000年代初頭に製鉄所の省力化・人員削減による通勤需要の減退で全廃された鞍山市電など、この戦後編の部分もまた近くて遠かった国の市電の動向として貴重な資料となっています。

本書には日本から新天地を求めて渡った大陸浪人路面電車の紹介の他に、受け入れ先となった各市電の成立期から新中国の時代、改革開放を経て現代までのの紹介という二つの柱があるといえます。


(103ページ)
タトラカースタイルの大連市電7000形。
このような窓が大きく直線的なデザインの車両が日本でなかなか登場しかったのは、東側国と西側国の違いなのか、日本の70~80年代は路面電車の冬の時代で新製車が少ないからなのか

本書で全編を通じて特筆すべき点として、登場する各型式の前・側面、2面のイラストが付されており、掲載の写真ではアングル的に不明瞭なこともある車両達の姿をイメージ、理解する一助になっています。またこの絵を眺めるだけで譲渡の大まかな流れがつかめます。


(55ページ)

出来ればこの前・側面図の中から特筆すべき車両、代表的な車両の分をかってのカラーブックスや保育社の私鉄の車両よろしく150分の1サイズ程度で数ページ巻末に添付されれば更に記録的な価値が向上しフルスクラッチで模型を作る人にも役立つのではないかと思うので、今後に期待したいところです。


私が子供の頃、「中国残留日本人孤児調査団の訪日肉親捜し」があって、テレビで来日した孤児の一人一人の経緯や本人の話が紹介されていました。子供心には怖く悲しくもあったこういう番組を通じて、過去に満州や新天地を求めて渡った日本人の存在を知ったものです。
本書「大陸浪人路面電車」は日中戦争期に中国大陸に渡り、終戦後も中国に留まり新中国の時代、日中国交正常化前のいわば日中関係が最悪だった時代にも寡黙に都市交通の勤めを果たし続けた電車達の存在を明らかにし、令和の日本の世に問うた、いわば「中国残留日本製車両達の魂の里帰り」と言えるものです。

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なお本書は自費出版のような形態で発行されており、コミックマーケット(2023年12月)での即売の他少量が販売されている程度で、現状入手が難しい状態です。好評であれば今後の増刷や委託販売、web販売等も前向きに考えているそうです。
詳しくは著者のTwitter(X)アカウントなども参照してください。


注:中国大陸では本書に紹介されている北京と東北部の他に、香港・天津・上海にも20世紀初頭に路面電車が開業しているが、日本ルーツの車両が導入されていないので本書では言及されていない。(香港に関しては車両ブローカー小島が香港軍政部で勤務していたことから、時代の歯車が少々違えば日本ルーツの車両が導入された可能性があったというのは興味深い)ーP4・P36から

雑感:香港では鉄道車両に形式の概念が存在しないようだが、本書に登場している各市電では車両形式が付されている。この差も興味深い。
ただ中には後年に路線バスと同じ付番方式に改番される例などやはり車両形式に対する考え方の文化が日本の鉄道とは違うのかもしれない。

2024/1/22 0:05(JST)
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