前回の答え。
頭の中の整理の為。
頭の中で考えている事のほとんどは、昨日も一昨日も考えている事だったりする。
それをこうやって文書にすれば、自分の頭の中を整理する事ができる。
文体も考えた。
「です・ます」にせず、「だ・である」と言い切る形にしようと。
理由は、自分の頭の中身をだしていくのに、丁寧な文体にしてしまうと、自分というより、他人に向けて取り繕った文書になってしまうと懸念したからだ。
つまり、ここでの内容は、他人にどうこうしてもらうものではなく、あくまで、僕個人のためというのが第一にあるべきなのだ。
普段の社会生活における他人に対しての自分ではなく、自分の為の自分自身の内容。
平たく言えば、アイデンティティ・イデオロギーの整理・確認の様なものだ。
人間の頭の中で考えている事は本当に面白いと思うし、実に興味深い。
今、それぞれが、頭の中で考えている事は全く分からない。
それとは別に、社会生活とは、言動をとおして、それぞれが調和していく様だと思う。
そして、僕は、調和する前の個人の頭の中にあるディープな内容が、結局1番面白いだろうと思うのだ。
文書を書いて、その楽しさを享受していこうと思う。