競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第21話

2007年09月04日 | エースに恋してる
 1回の裏、とも子がマウンドに立つと、すごい大声援が沸き起こった。もともととも子は人気ものだったが、心臓停止からたった1日で復帰してしまったことが、より人気を高めてしまったようだ。しかし、これで正体がばれてしまったら、いったいどうなってしまうんだろう?…
 とも子の1球目。例の回転しない重いストレート。サラダ商業の1番バッターはファール。当てるのがやっとだった。
 ちなみに、今とも子が投げた重いストレートは、戸田の落ちないフォークボールとどことなく似ているが、とも子のタマは低めによくコントロールされてるうえ、速度もあるから、ヒットになる危険性はまったくないと断言できる。
 2球目。また低めの重いストレート。またファール。3球目、今までのパターンだと外角低めにカーブを投げるが、やはりパターン通りのカーブを投げた。しかし、敵はファールで逃げた。4球目、重いストレート、ファール。5球目、重いストレート、またもやファール。
 しびれを切らしたらしく、6球目は切り札の豪速球を投げた。しかし、これもファール。敵も粘っこいが、うちのバッテリーも能がないと思う。
「とも子」
 オレはとも子に声をかけると、グローブで隠しながら胸の前でカーブの握りを作って見せた。それを見たとも子はうなずくと、大きなカーブを投げた。今度はバットにボールがかすりもせず、空振り、三振。あの豪速球のあと大きなカーブを投げられたら、どんな粘っこいバッターでも、たいてい空振りとなる。
     ※
「タイム!! キャプテン、ちょっと」
 北村がタイムをかけると、オレに声をかけながら小走りでマウンドに向かった。マウンド上でとも子とオレと北村が会した。北村はちょっと不機嫌なようだ。
「キャプテン、なんで横やりを出すんですか? これからはすべてボクに任せると言ったじゃないですか!?」
「横やりってなあ… おまえ、少しは頭を使えよ。全部ストライクじゃんか。少しはボールを散らせよ」
「え? この気温ですよ。ともちゃんのスタミナを考えたら、どんどんストライクを獲りに行かないと!!…」
 ふっ、一理ある意見だな。だからと言って、ストライクばかり投げさせるのは間違ってる。
「いいか、北村、要所要所にボールを入れピッチングを組み立てるのも、キャッチャーの重要な役割だぞ。安易にストライクばかり投げさせるな」
 北村は怒った目つきでオレをにらんだ。な、なんだよ、こいつ? 北村はくるっと振り返ると、そのままキャッチャーボックスに戻った。
     ※
 サラダ商業の2番バッターがバッターボックスに立った。1球目、いきなりセーフティーバントの構え。オレととも子と中井がダッシュするも、見逃し、ストライク。2球目、今度はセーフティーバントの構えからヒッティング。低めの重いストレートをファール。どうやらこいつもとも子のスタミナを奪う作戦らしい。
 とも子が北村のブロックサインをのぞき込んだ。いつものとも子だったらそれに黙って従うのに、なぜかとも子は首を横に振った。次のブロックサインにも首を横に振った。その次のブロックサインにも首を横に振った。しびれを切らしたのか、北村は立ち上がり、首を傾けた。そして再び座ると、ブロックサインを出した。とも子は今度はうなずいた。
 北村はオレの忠告を無視しようとしてるらしいが、とも子は受け入れようとしてるらしい。だから2人の呼吸が合わないようだ。しかし、ここはとも子の方が我を通したようだ。
 で、3球目。なんと、いつものパターンである外角低めのカーブだった。が、いつもよりは外、明らかなボールダマ。しかし、バッターは手を出し、空振りしてくれた。さすがはとも子、効果的なボールの使い方を知ってる。もしかしたら、おじいちゃんの試合を見て覚えたのかも…
     ※
 サラダ商業の3番バッターに対し、とも子は今度も重いストレート2球で2ストライクを獲った。3球目のサインの交換。しかし、とも子はまたもや首を振った。1回、2回、3回…
 北村がまたしびれを切らして立ち上がった。さっきはマスクを取らなかったが、今度はマスクを取り、困惑そうな表情を見せた。するととも子は、ブロックサインを出した。いや、違う。これは手話だ。それを見た北村はにが笑いを見せ、手話で返答をした。するととも子は、いつもの明るい笑顔を見せた。これはとも子流の「はい」の返事だ。北村も笑顔を見せ、マスクをかぶった。
 とも子の機転で北村の機嫌は回復したようだ。ふふ、さすが、年上のお姉さまだ。しかし、いったいどんな会話を交わしたんだろう?…
 3球目。さっきと同じ外角低めのカーブ。今度は見逃し、ボール。4球目、今度は内角高めに豪速球を投げた。バッターはまったく手を出すことができず、三振。外角低めにカーブを投げられた直後、あの豪速球を胸元に投げられたら、オレでも絶対手が出せないと思う。3球目のカーブは、実はかなり効果的なボールだったのだ。
 攻守交替。ベンチに戻る途中、北村の顔を見たが、北村の顔にはもうわだかまりは残ってないようだ。野球部内で何度か衝突の危機が発生したが、全部とも子の機転で解決してた。とも子は肉体の方は超人だが、もしかしたら頭脳の方も超人なのかもしれない。
     ※
 2回の表、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。打順は一巡し、1番の渡辺から。前の打席ホームラン寸前の大飛球を放った渡辺は、撃つ気まんまんだ。
 戸田、1球目。渡辺はまた初球から撃つ気だ。当たったら絶対ホームランになるような大振り。しかし、打球はショートへの弱いゴロとなった。
 どうやら、今のもフォークボールだったらしい。前の回はほとんど落ちてなかったが、今回はわずかながら落ちていた。内野ゴロになったのはそのせいだ。
 続くバッターの大空も初球撃ち。やつは2番バッターらしく、押っつける打法を見せた。ちょっとおもしろい当たりになったが、セカンドへのハーフライナーに終わった。前の回、戸田のタマはふわふわと浮いてたが、今のタマは低めによく押さえられていた。その分、ヒットにならなかったんだと思う。
 どうやら戸田のタマは、本来の光を放ち出したようだ。やつが完調になる前に、もっと点を獲っておいた方がいいと思う。オレはネクストバッターサークルから唐沢を呼びよせた。で、耳打ち。
「唐沢、戸田のフォークボールに気をつけろ。前の回は落ちてなかったが、今は落ちてるぞ」
「ふふ、わかってますよ」
 こいつ、ほんとうにわかってるのか?
 唐沢への1球目。しかし、やはり唐沢も1球目から振ってきた。しかも、渡辺同様、大振り。あっけなくピッチャーゴロに終わってしまった。
 我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、ここまで延べ12人が打席に立ってるが、敬遠フォアボールだった北村ととも子以外は、初球撃ちだった。とも子は3球三振だったから、なんと戸田は、まだ17球しか投げてないことになる。3点も獲ってるのにこんなことしてたら、戸田に勢いを与えてしまう。みんな、もっと考えて撃てよ。
     ※
 2回の裏、サラダ商業の4番バッターが打席に立った。とも子の1球目、低めの重いストレート、ファール。2球目、低めの重いストレート、ファール。3球目、外角低めのカーブ、ボール。そして4球目。とも子は前のバッターと同じ、内角高めに豪速球を投げた。しかし、これもファール。前のバッターと同じ組み立てじゃ、どんなにいい組み立てをしても、ファールで逃げられてしまう。もうちょっと工夫して欲しい…
 5球目、カーブ。しかし、これがど真ん中に入ってしまった。危ない… が、敵バッターはまたもやファールで逃げた。こいつら、ファールを撃つことしか眼中にないのか?
 たしかにとも子には、スタミナの不安がある。でも、うちにはクローザーの唐沢がいる。唐沢は1イニングなら完璧に締めることができる。たぶん、2イニングもOKだろう。今日とも子は、7回でお役御免となる。1イニング15球投げたとしても、7回までだったら100球とちょっと。とも子は110球までなら、十分に投げ切れる自信がある。こいつらの作戦は、徒労に終わるはずだ。
 6球目。今度は高めのボールゾーンの豪速球。バッターは思わず手を出してしまい、三振。続く5番バッターと6番バッターも、なんとかとも子のタマに食らいつこうとするものの、それぞれ4球で撃ち取られ、3者凡退。この回のとも子の投球数は14。前の回も14。計28。この調子なら、7回を完璧に押さえられるはずだ!!
     ※
 それでも、もっととも子を楽にしてやりたい。3回の表、先頭バッターのオレが打席に立った。
 戸田、1球目。低めだが、撃ちごろのタマ。しかし、オレはあえて見逃した。案の定、フォークボールだった。しかも、前の回より落ちてた。どうやら戸田は、完調になってしまったらしい。しかし、なんて鋭角的に落ちるフォークボールなんだ。サラダ商業は2点しか獲れない打線でよく決勝戦まで勝ち上がって来たものだと関心してたが、このフォークボールを見てなんとなく納得できた。
 2球目も、3球目もフォークボール。オレはぎりぎりまで引きつけてバットを振ったが、かすりもしなかった。3球三振。続く中井と鈴木もフォークボールにかすりもせず、3球三振だった。
 その後も我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、戸田のフォークボールに三振をくり返した。初回のへたれダマのイメージがどこかに残ってるらしく、それが戸田を助けてしまってるようだ。
 しかし、こいつ、5球に4球はフォークボールを投げてやがる。フォークボールを武器にしてるピッチャーはプロにはいくらでもいるが、ここまで使ってるピッチャーはほとんどいないと思う。フォークボールは豪速球とコンビネーションすることでさらに効果が増す。が、戸田のストレートは、スピードも切れもまったくない。だからフォークボールに頼るしかないのだろう。
 一方、とも子もサラダ商業打線のファール作戦をうまくかわし、5回までパーフェクト。こりゃあ、7回と言わず、いつもの8回まで行けるかもしれない。
     ※
 回は6回の裏、サラダ商業の攻撃。打順は下位7番から。2ストライク1ボールと追い込んだ4球目。敵バッターはまたファールで逃げるかと思いきや、なんとバントしてきた。とも子、猛然とダッシュしてそのタマを素手で拾おうとするが、手につかず、初安打を許してしまった。
 ふと見ると、とも子は肩で息をしてた。呼吸もハァハァと荒くなってた。こんなの、初めてだ。まだ70球しか投げてないのに…
「大丈夫か?」
 とも子はいつものように笑顔を見せることで「はい」と答えた。いや、そう答えたつもりらしいが、どう見てもその笑いには生気がなかった。
そのとき、オレは重大な計算違いをしてることにはっと気づいた。気温… とも子はここまでずーっと曇り空の下か小雨の中で投げてた。今年の梅雨は掛け布団が必要なくらい寒い日が続いてた。その陽気がとも子のスタミナを助けてたのかも… しかし、今日のギラつく太陽、それに連投… おまけに、昨日とも子は心臓が止まってた。いつもなら100球くらいまでならOKだが、こりゃあ、今日に限っては、70球が限界だったかも…
 しかし、唐沢は2イニングが限界だと思う。とも子にはもうちょっとがんばってもらうしかなかった。
     ※
 サラダ商業の8番バッターが打席に立った。はなっから送りバントの構え。1球目。ファーストのオレとサードの中井に加え、投球直後のとも子も猛然とダッシュした。が、見送り、ストライク。
 マウンドに帰るとも子の足が、どことなく重たく見えた。とも子をなんとか元気づけないと… オレはとも子に駆け寄り、耳打ちをした。
「勝ったら、えっちしような」
 とも子は顔を赤らめ、そしてオレの顔を見てにが笑いをした。