いよいよ本場所初日の日がやってきました。会場までの移動ですが、富士泉関は富士ケ峰関のクルマに同乗させてもらうことになりました。この前のクルマとは別の、いかにも横綱のクルマらしい立派なショーファードリムジンです。
横綱はうれしそうです。横綱は先場所8勝7敗でした。今場所ある程度勝ち星を積み重ねないと進退伺となるのですが、そんな様子はまったくありません。ともかく上機嫌です。かつての付き人だった富士泉関が、今場所から露払いをしてくれるせいかもしれませんね。
ちなみに、昨日の晩そーっと横綱のマンションの部屋をのぞいてみたら、横綱は競馬新聞に釘付けになってました。それが3時間以上。なんか全レース予想してたみたい。富士泉関の心配がなんとなくわかってしまいました。
当の富士泉関は、自分のことを心配してました。富士泉関は新入幕のときは初日から5連敗。しかも5日目にひじを骨折して、途中休場になってました。つまり、まだ幕内未勝利なのです。
今場所はそれ以来の帰り入幕です。富士泉関のとりあえずの目標は片目を開ける、つまり幕内初勝利なのです。
もう1つ心配してることがあります。それはさっき言った横綱土俵入りの露払い。相撲の道に入って初の大役です。これはドキドキするよね。
ふつー力士が乗るクルマは、会場の南門の前に停まります。門と会場の間には花道が出来ていて、力士たちはその中を声援を浴びながら入場します。けど、横綱と大関のクルマは、会場の地下駐車場にまで入っていけます。そう、特権階級てやつだね。
富士泉関は地下駐車場に入ると、眼を輝かせました。めったに見る機会のない地下駐車場です。いつかはこの駐車場に自分のクルマを駐めたいと思ったみたい。
横綱と富士泉関がクルマを降りると、ふと声がかかりました。
「おーい!」
横綱と富士泉関が同時に振り返ると、そこには横綱朝桜関が。朝桜関がかつかつと歩いてきました。富士泉関はこれまで朝桜関を何度も見てます。けど、こんなに間近に相対するのは初めてです。大横綱を前に富士泉関は、かなり緊張ぎみになってしまいました。
朝桜関はまず、なぜかぼくを見ました。
「なんだ、おまえ、ここにいたのか?」
ああ、朝桜関、それはだめだって・・・ 富士ケ峰関はきょとんとしてます。富士泉関は「ええっ?」とびっくりとした感じ。ぼくを見ることができる人が自分以外にもいるんだと初めて知ったみたい。
「おおっと、これは失礼」
朝桜関は慌てて今の発言を取り消そうとしたんだけど、今更遅いよ。
「お前、大丈夫か?」
「ああ、もうアル中は治ったよ」
富士ケ峰関は今の発言を不審に思って質問したんだけど、当の朝桜関は5日前のアル中入院のことだと思ったみたいで、てんで関係のない返答をしてしました。富士ケ峰関は仕方がないから、朝桜関に話を合わせて会話を続けました。
「そういや、そこにいるのが富士泉か?」
朝桜関の興味が突如富士泉関に向かったようです。
「ああ、そうだが」
朝桜関が富士泉関の左肩をポンと強く叩きました。
「お前、強そうだなあ。いい身体してる」
大横綱の突然の行為に、富士泉関はフリーズしてしまいました。
「お前、きっと将来横綱になるぞ!」
その発言に富士ケ峰関が、
「おいおい、ほんとうか? こいつ、帰り入幕なんだぞ」
「いや、なんとなくわかるよ。こいつはきっと大物になる」
で、朝桜関はまたぼくを見て、
「な」
だからぼくに問いかけないでって。
「なんか11日目か12日目に対戦しそうだな。楽しみにしているよ」
と言って、朝桜関は待たせている付き人の方に歩いて行きました。富士泉関は帰り入幕だから、幕尻に近い番付です。11日目・12日目に対戦するとなると、かなり調子がよくないといけません。今場所対戦するとは思えないんだけど。
「さあ、オレたちも行くか」
富士ケ峰関と富士泉関が並んで歩き始めました。
「あいつ、いいやつだな」
富士ケ峰関は歩きながらポツリと言いました。
「年は同じだが、あいつの方が1年早く横綱になってるし、横綱になってからもずーっとやつの方が上だ。なのにあいつは、いつも同じ目線でしゃべってくるんだよ。
ところで、あいつ、誰としゃべってたんだ?」
「さぁ」
富士泉関はそう言うと、ぼくをちらっと見ました。
支度部屋です。すでに付き人衆によって明け荷は解かれ、横綱の綱や化粧廻しが用意されてました。でも、今日は初日。幕内土俵入りの前に、協会ご挨拶があります。横綱はこれに出ないといけません。
「じゃ、行ってくるぞ」
横綱は土俵に向かいました。一方富士泉関は付き人の手を借りて化粧まわしの用意です。それも終わって、ようやく落ち着くことができました。すると富士泉関がぼくに話しかけてきたのです。
「なんで朝桜関はおまえのこと知ってるんだ?」
「さあ」
ぼくはちょっととぼけました。でも、富士泉関はなんとなくわかってしまったようです。そうです。ぼくは横綱朝桜関と友達で、1ケ月前まで横綱の部屋にいたのです。でも、ぼくは朝桜関に飽きちゃいました。そんなときに富士泉関を見て、なんか言い知れぬ魅力を感じちゃって、なんとなくこっちに来ちゃったのです。
幕内土俵入りです。富士泉関にとって1年と6か月ぶりの幕内土俵入りです。でも、富士泉関の心は、今ここにはないようです。ともかく今富士泉関は、横綱土俵入りの露払いのことで頭がいっぱいなのです。
幕内土俵入りが終わり、ついに横綱土俵入りの時間となりました。横綱富士ケ峰関は横綱らしい純白の綱を付けてます。その前には露払い役の富士泉関が立ってます。
初日の横綱土俵入りは、より偉い東の横綱が先に行います。その土俵入りが終わりました。
「よし、行くぞ!」
その横綱の声に富士泉関が答えました。
「はい!」
横綱富士ケ峰関の入場です。呼出しが拍子木を打ち鳴らして入場。続いて行司、さらに露払い役の富士泉関、そして横綱富士ケ峰関が続きます。ちなみに、殿の太刀持ちは今場所も他の部屋の関取が務めてます。
呼出しが土俵に到達しました。横綱富士ケ峰関が二字口から土俵入りします。同時に露払い役の富士泉関と太刀持ち役の力士も土俵入りです。柏手・四股、横綱土俵入りは華々しく進んで行きます。そんな中、富士泉関はさっきの朝桜関の言葉をふと思い出しました。
「お前、きっと将来横綱になるぞ!」
自分はほんとうに横綱になれるのだろうか? 横綱になってここまで雄大な土俵入りができるのだろうか? 富士泉関はちょっと考え込んでるようです。でも、自信はあるみたい。それはぼくがいるからだって。おいおいて感じ。
さっきも話した通り、ぼくは富士泉関と友達になる前は、横綱朝桜関と友達だった。それはほんとだよ。だからと言って、富士泉関が横綱になるとは限らないよ。ぼくと友達になった力士の中には、平幕で終わった力士も何人かいるし。
横綱土俵入りが終わり、横綱一行が支度部屋に帰ってきました。でも、富士泉関は幕尻に近い力士だから、すぐに取組があります。化粧まわしを解くと、そのまんま土俵へ。
「おい、いずみ、がんばれよ!」
「はい!」
横綱富士ケ峰関の激励に富士泉関は大きな声で応えました。でも、ぼくはその直後の残念な横綱を見てしまいした。横綱は富士泉関の姿が消えると、さっとスマホを取り出したのです。たぶん今日の馬券の結果を見てるんだと思います。この顔色は・・・、あ~、今日は大敗したみたい。
横綱はうれしそうです。横綱は先場所8勝7敗でした。今場所ある程度勝ち星を積み重ねないと進退伺となるのですが、そんな様子はまったくありません。ともかく上機嫌です。かつての付き人だった富士泉関が、今場所から露払いをしてくれるせいかもしれませんね。
ちなみに、昨日の晩そーっと横綱のマンションの部屋をのぞいてみたら、横綱は競馬新聞に釘付けになってました。それが3時間以上。なんか全レース予想してたみたい。富士泉関の心配がなんとなくわかってしまいました。
当の富士泉関は、自分のことを心配してました。富士泉関は新入幕のときは初日から5連敗。しかも5日目にひじを骨折して、途中休場になってました。つまり、まだ幕内未勝利なのです。
今場所はそれ以来の帰り入幕です。富士泉関のとりあえずの目標は片目を開ける、つまり幕内初勝利なのです。
もう1つ心配してることがあります。それはさっき言った横綱土俵入りの露払い。相撲の道に入って初の大役です。これはドキドキするよね。
ふつー力士が乗るクルマは、会場の南門の前に停まります。門と会場の間には花道が出来ていて、力士たちはその中を声援を浴びながら入場します。けど、横綱と大関のクルマは、会場の地下駐車場にまで入っていけます。そう、特権階級てやつだね。
富士泉関は地下駐車場に入ると、眼を輝かせました。めったに見る機会のない地下駐車場です。いつかはこの駐車場に自分のクルマを駐めたいと思ったみたい。
横綱と富士泉関がクルマを降りると、ふと声がかかりました。
「おーい!」
横綱と富士泉関が同時に振り返ると、そこには横綱朝桜関が。朝桜関がかつかつと歩いてきました。富士泉関はこれまで朝桜関を何度も見てます。けど、こんなに間近に相対するのは初めてです。大横綱を前に富士泉関は、かなり緊張ぎみになってしまいました。
朝桜関はまず、なぜかぼくを見ました。
「なんだ、おまえ、ここにいたのか?」
ああ、朝桜関、それはだめだって・・・ 富士ケ峰関はきょとんとしてます。富士泉関は「ええっ?」とびっくりとした感じ。ぼくを見ることができる人が自分以外にもいるんだと初めて知ったみたい。
「おおっと、これは失礼」
朝桜関は慌てて今の発言を取り消そうとしたんだけど、今更遅いよ。
「お前、大丈夫か?」
「ああ、もうアル中は治ったよ」
富士ケ峰関は今の発言を不審に思って質問したんだけど、当の朝桜関は5日前のアル中入院のことだと思ったみたいで、てんで関係のない返答をしてしました。富士ケ峰関は仕方がないから、朝桜関に話を合わせて会話を続けました。
「そういや、そこにいるのが富士泉か?」
朝桜関の興味が突如富士泉関に向かったようです。
「ああ、そうだが」
朝桜関が富士泉関の左肩をポンと強く叩きました。
「お前、強そうだなあ。いい身体してる」
大横綱の突然の行為に、富士泉関はフリーズしてしまいました。
「お前、きっと将来横綱になるぞ!」
その発言に富士ケ峰関が、
「おいおい、ほんとうか? こいつ、帰り入幕なんだぞ」
「いや、なんとなくわかるよ。こいつはきっと大物になる」
で、朝桜関はまたぼくを見て、
「な」
だからぼくに問いかけないでって。
「なんか11日目か12日目に対戦しそうだな。楽しみにしているよ」
と言って、朝桜関は待たせている付き人の方に歩いて行きました。富士泉関は帰り入幕だから、幕尻に近い番付です。11日目・12日目に対戦するとなると、かなり調子がよくないといけません。今場所対戦するとは思えないんだけど。
「さあ、オレたちも行くか」
富士ケ峰関と富士泉関が並んで歩き始めました。
「あいつ、いいやつだな」
富士ケ峰関は歩きながらポツリと言いました。
「年は同じだが、あいつの方が1年早く横綱になってるし、横綱になってからもずーっとやつの方が上だ。なのにあいつは、いつも同じ目線でしゃべってくるんだよ。
ところで、あいつ、誰としゃべってたんだ?」
「さぁ」
富士泉関はそう言うと、ぼくをちらっと見ました。
支度部屋です。すでに付き人衆によって明け荷は解かれ、横綱の綱や化粧廻しが用意されてました。でも、今日は初日。幕内土俵入りの前に、協会ご挨拶があります。横綱はこれに出ないといけません。
「じゃ、行ってくるぞ」
横綱は土俵に向かいました。一方富士泉関は付き人の手を借りて化粧まわしの用意です。それも終わって、ようやく落ち着くことができました。すると富士泉関がぼくに話しかけてきたのです。
「なんで朝桜関はおまえのこと知ってるんだ?」
「さあ」
ぼくはちょっととぼけました。でも、富士泉関はなんとなくわかってしまったようです。そうです。ぼくは横綱朝桜関と友達で、1ケ月前まで横綱の部屋にいたのです。でも、ぼくは朝桜関に飽きちゃいました。そんなときに富士泉関を見て、なんか言い知れぬ魅力を感じちゃって、なんとなくこっちに来ちゃったのです。
幕内土俵入りです。富士泉関にとって1年と6か月ぶりの幕内土俵入りです。でも、富士泉関の心は、今ここにはないようです。ともかく今富士泉関は、横綱土俵入りの露払いのことで頭がいっぱいなのです。
幕内土俵入りが終わり、ついに横綱土俵入りの時間となりました。横綱富士ケ峰関は横綱らしい純白の綱を付けてます。その前には露払い役の富士泉関が立ってます。
初日の横綱土俵入りは、より偉い東の横綱が先に行います。その土俵入りが終わりました。
「よし、行くぞ!」
その横綱の声に富士泉関が答えました。
「はい!」
横綱富士ケ峰関の入場です。呼出しが拍子木を打ち鳴らして入場。続いて行司、さらに露払い役の富士泉関、そして横綱富士ケ峰関が続きます。ちなみに、殿の太刀持ちは今場所も他の部屋の関取が務めてます。
呼出しが土俵に到達しました。横綱富士ケ峰関が二字口から土俵入りします。同時に露払い役の富士泉関と太刀持ち役の力士も土俵入りです。柏手・四股、横綱土俵入りは華々しく進んで行きます。そんな中、富士泉関はさっきの朝桜関の言葉をふと思い出しました。
「お前、きっと将来横綱になるぞ!」
自分はほんとうに横綱になれるのだろうか? 横綱になってここまで雄大な土俵入りができるのだろうか? 富士泉関はちょっと考え込んでるようです。でも、自信はあるみたい。それはぼくがいるからだって。おいおいて感じ。
さっきも話した通り、ぼくは富士泉関と友達になる前は、横綱朝桜関と友達だった。それはほんとだよ。だからと言って、富士泉関が横綱になるとは限らないよ。ぼくと友達になった力士の中には、平幕で終わった力士も何人かいるし。
横綱土俵入りが終わり、横綱一行が支度部屋に帰ってきました。でも、富士泉関は幕尻に近い力士だから、すぐに取組があります。化粧まわしを解くと、そのまんま土俵へ。
「おい、いずみ、がんばれよ!」
「はい!」
横綱富士ケ峰関の激励に富士泉関は大きな声で応えました。でも、ぼくはその直後の残念な横綱を見てしまいした。横綱は富士泉関の姿が消えると、さっとスマホを取り出したのです。たぶん今日の馬券の結果を見てるんだと思います。この顔色は・・・、あ~、今日は大敗したみたい。