競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第22話

2007年09月06日 | エースに恋してる
 2球目。またもや送りバントの構え。オレと中井ととも子がダッシュ。今度はバント。打球はオレの前に転がってきた。2塁に投げればアウトのタイミングだが、オレの障害が残る左腕ではむりっぽかった。しかたなく、打者走者を直接タッチアウトにした。
 こんなときにまた自分の弱点をさらし、ほれた女の足を引っぱってしまうとは… オレはつくづく情けない男だ。
     ※
 敵の9番バッター、戸田がバッターボックスに入った。やつもはなっから送りバントの構え。1アウトランナー2塁で送りバント… 同点や1点差ならわかるが、3点こっちが勝ってるとなると、フェイクかもしれない。しかし、送りバントの構えを見せてる以上、こっちもそれ相応の守備が必要となる。
 1球目。オレとも子がダッシュ。戸田がバットにボールを当てた。送りバント。いや、多少プッシュした。打球はとも子の頭上にふらふらと舞い上がった。とも子、ジャンプするが、打球はとも子がめいっぱいに伸ばしたグローブの先端をかすめ、とも子の背後にぽとりと落ちた。セカンドの鈴木がそのタマを拾うが、すでに手遅れだった。とも子の身長は145センチ。もしとも子に平均的な身長があったなら、ふつうに捕れた打球だった。どうやら、流れは向こうに行ってしまったらしい。
     ※
 1アウトランナー1塁3塁とピンチが広がった。オレは外野手以外のナインをマウンドに集め、緊急ミーティング。サードランナーはあきらめ、残り2つのアウトに専念するよう、みんなに指示を出した。
 ナインがそれぞれの守備位置に散った。ただ、オレだけはちょっとマウンドに残り、瞳でとも子に「頼んだぞ」と話しかけた。とも子は真剣な眼差しで「はい」と答えた。
     ※
 サラダ商業の打順は1番に戻った。このバッターも初球からバントの構え。仮にスクイズされたとしても3対1。こっちにはまだ2点の余裕がある。慌てる必要はまったくない
 1球目。バッター、初球からスクイズ。とも子が落ち着いて打球を処理し、1塁でアウト。この間に3塁ランナーが生還し、今大会ずーっと続いていたとも子の自責点0は、ここで途切れた。
 2アウトとなったが、ランナーがまだ2塁に残ってる。油断は禁物だ。
     ※
 続くバッターの初球、とも子は外角低めにカーブを投げた。ボールゾーン。撃ちに行くバッター。こんなタマを撃ったって、ヒットにはならないだろうに。が、バットの先でうまく捉えた。打球は12塁間へのハーフライナーとなった。まずい、こりゃ、ヒットになる… オレはそのボールめがけ、思いっきりダイビングした。空中でめいっぱい手を伸ばすと、長いファーストミットの先っぽにボールが引っかかった。やった!! が、しかし、身体が地面に落ちた瞬間、そのショックでミットからボールがこぼれ出てしまった。
 2塁ランナーの戸田が、一気に3塁を廻った。オレが落としたボールをセカンドの鈴木が掴み、バックホーム。微妙なタイミング… が、セーフだった。
 なんと、こんな大事なときにまたオレのミスが出てしまった。オレは直接マウンドに行き、とも子に謝った。
「ごめん、とも子…」
 とも子は首を横に振り、そしていつもの笑顔を見せてくれた。オレはこのかわいい笑顔に何度救われたことか…
     ※
 続く3番バッターはとも子の4球目を捉えた。カキーン!! かなり大きな当たり。が、レフト大空の守備範囲だった。とも子の今の投球は、ぜんぜん覇気がなかった。もし桐ケ台高校か城島高校の3番バッターだったら、間違いなくスタンドに運ばれてたと思う。
 オレたちナインがベンチに帰ると、監督が唐沢に声をかけた。
「唐沢、3イニング行けるか?」
「もちろん」
 唐沢は間髪入れず返答した。どうやらとも子を替える気らしい。しかたがないか… しかし、唐沢のやつ、本当に3イニング持つのか?
 とも子はベンチの端っこにどかっと腰を降ろすと、珍しく放心状態に陥ってしまった。初失点にかなりショックを受けたのか、それとも、限界以上に疲労してしまったのか… 何か声をかけようかと思ったが、いい言葉が浮かんでこないのでやめた。今できることと言えば、サラダ商業に勝つことのみ。
     ※
 3対2、1点差。追い上げて来たら、その分突き放すのが勝利のセオリー。オレはスコアラーに声をかけた。
「戸田、今何球投げてる?」
「69球です」
 69球か… 1・2回は初球撃ちをくり返し、3回以降はフォークボールにきりきり舞いさせられたが、これしか投げさせてなかったとは… でも、今のホーム突入で戸田のスタミナはかなりすり減ったはず。それに、この暑さ。戸田もそうとうこたえてると思う。サラダ商業は戸田のあとのピッチャーがいない。戸田がダウンすればおしまいだ。よーし、ここは敵さんに習って、やつのスタミナを奪う作戦に出よう。
 オレは円陣を組ませ、戸田にできるだけタマ数を投げさせるよう、みなに指示した。
     ※
 7回表。この回、うちの先頭バッターは北村。1球目、フォークボール、空振り。戸田のフォークボールは、まだ十分切れてるようだ。
 2球目、フォークボール、空振り。3球目、またもやフォークボール。しかし、北村は今度はバットに当てることができた。ファール。いくらフォークボールが切れてても、3つも連続して投げれば、自然と目が慣れてくる。4球目、フォークボール、ファール。5球目、フォークボール、ファール。北村は必死に食らいついた。
 6球目、戸田はついにフォークボール以外のタマを投げた。高めの棒ダマ。しかし、フォークボールしか意識てなかった北村は、外野フライを撃ち上げてしまった。戸田の投げるフォークボール以外のタマは、ほとんどが棒ダマだ。もし、もう少し北村のバッティングに余裕があったら、今のはヒットになってたと思う。こりゃあ、戸田は撃ち崩せるかも…
     ※
 続く箕島がバッターボックスに立った。1球目、フォークボール、空振り。2球目、フォークボール、空振り。3球目、フォークボール、ファール。4球目、フォークボール、ファール。ふっ、能のないバッテリーだ。3球目に高めのボールを投げておけば、4球目のフォークボールでかんたんに撃ち取れるとゆーのに。
 5球目、またもやフォークボール。箕島は今度は前に飛ばしてしまった。ショートゴロ。でも、5球投げさせた。
 続くバッターは、とも子の代打、武田。武田も粘り、5球投げさせた。この回、戸田は16球投げた。計85球。戸田も連投で来てる。そろそろスタミナが切れるころだと思う。
     ※
 攻守交替。オレがグローブを取ろうとしたそのとき、ふととも子と顔が合った。とも子はまだ青ざめた顔をしてたが、オレに気づくと、また例の笑顔を見せてくれた。
「行ってくるよ」
 そうとも子に声をかけ、オレはベンチを飛び出した。
     ※
 マウンドに唐沢が立った。唐沢が3イニングを押さえ切れば、オレたちの勝ちとなる。オレは規定の投球練習を終えた唐沢に声をかけた。
「残り3イニング、頼んだぞ」
「ふふ、全部三振に斬って取りますよ」
 おまえ、撃たして取るタイプのピッチャーだろ? まったく、こいつ、口だけは達者なんだから…
 唐沢に対し、サラダ商業打線はまたもやファール作戦できた。しかし、キャッチャーの北村だってバカじゃない。左右、高低、うまくピッチングを組み立て、サラダ商業打線を15球で3者凡退に斬って取った。
     ※
 8回の表、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。この回は1番の渡辺から。渡辺は1回の大飛球にうぬぼれ、それ以降大振りをくり返したが、この回はどうだろう。オレは注意することも考えたが、あえて渡辺の自主性に任せた。
 1球目、フォークボール。渡辺はコンパクトにバットを振り、ファール。2球目、フォークボール。やはりファール。渡辺はオレが期待してる通りのバッティングをしてくれてるようだ。
 3球目、フォークボール、ファール。4球目… 結局渡辺は、戸田に7球フォークボールを投げさせ、内野ゴロに倒れた。ナイス、渡辺。
 続く大空は、器用さを活かし、9球を投げさせた。唐沢も7球。これで戸田がタマ数は108となった。やつもそうとうへろへろだろう。次の回、たくさん点を獲ってやる。
     ※
 8回の裏、この回のサラダ商業打線もファールで粘りに粘るが、唐沢がていねいにコーナーをつき、2アウト。続く9番バッターの戸田も、あっとやー間に2ストライクに追い込んだ。
 3球目、戸田、またもやファール… のつもりだったらしいが、ボールはインフィールドへ飛んだ。サード後方への飛球… これは城島高校との練習試合で箕島が醜態をさらしてしまった飛球とほぼ同じ方向だった。全速力で回り込む箕島。しかし、1歩足りず、タマは芝生に落ちてしまった。
 箕島はボールを持ったまま、マウンドに駆けて来た。
「す、すみません…」
 箕島は謝りながら唐沢にボールを手渡した。
「気にすんな。今のはしょうがないだろ」
 唐沢のゆーとーり、今の飛球は低く、その分滞空時間が短かった。こりゃあ、しかたがないと思う。でも、もうちょっとうまいショートだったら捕れてたかもしれない… 唐沢は精神的にブチンと切れてしまうことがよくある。ここは捕ってほしかった。ま、今さらそんなこと言ってもしょうがない。ここは万全に守ってやろう。
     ※
 次のバッターも、やはり初球からファール狙い。が、その打球が測ったかのごとく、1塁線上を転がって来た。オレは落ち着いて打球を正面から処理しようとした… が、なんと打球が1塁ベースに当たり、ピョンと跳ね上がった。次の瞬間、オレの左目にその打球が飛び込んできた。うぐっ… 昨日の城島高校の佐々木のひざ蹴りが、一瞬オレの脳裏を横切った…
 ふと我にかえると、オレの目の前にタマが落ちていた。すぐにそのタマを拾い上げたが、バッターランナーはすでに1塁ベースを駆け抜けていた。はっとして2塁ベースを見ると、1塁ランナーの戸田は、2塁に止まっていた。よかった… もし3塁に走られていたら、今のオレの腕じゃ、完全にセーフだったと思う。ちっとは運が残ってるらしい。しかし、なんてアンラッキーなゴロだったんだ。箕島がヘマすると、なぜかオレが続いてしまう。なんでだ?…
 オレもボールをを持ったまま、直接マウンドに向かった。そして、唐沢にこう言いながらボールを手渡した。
「すまん、唐沢…」
 唐沢はちょっと「あきれた」とゆー表情を見せ笑った。どうやら怒ってはないらしい。よかった、マウンドに立つと切れやすくなってしまうやつが、ここで切れてしまったら大変だ。
 しかし、2アウトランナー1塁2塁。ランナーがスコアリングポジションに到達してしまった。ここで内野手の間を抜けるようなゆるいヒットを撃たれると、2塁ランナーが一気に帰ってくる可能性がある。そうなれば同点だ。オレはそれを考え、3人の外野手の守備位置を前進させた。

エースに恋してる第21話

2007年09月04日 | エースに恋してる
 1回の裏、とも子がマウンドに立つと、すごい大声援が沸き起こった。もともととも子は人気ものだったが、心臓停止からたった1日で復帰してしまったことが、より人気を高めてしまったようだ。しかし、これで正体がばれてしまったら、いったいどうなってしまうんだろう?…
 とも子の1球目。例の回転しない重いストレート。サラダ商業の1番バッターはファール。当てるのがやっとだった。
 ちなみに、今とも子が投げた重いストレートは、戸田の落ちないフォークボールとどことなく似ているが、とも子のタマは低めによくコントロールされてるうえ、速度もあるから、ヒットになる危険性はまったくないと断言できる。
 2球目。また低めの重いストレート。またファール。3球目、今までのパターンだと外角低めにカーブを投げるが、やはりパターン通りのカーブを投げた。しかし、敵はファールで逃げた。4球目、重いストレート、ファール。5球目、重いストレート、またもやファール。
 しびれを切らしたらしく、6球目は切り札の豪速球を投げた。しかし、これもファール。敵も粘っこいが、うちのバッテリーも能がないと思う。
「とも子」
 オレはとも子に声をかけると、グローブで隠しながら胸の前でカーブの握りを作って見せた。それを見たとも子はうなずくと、大きなカーブを投げた。今度はバットにボールがかすりもせず、空振り、三振。あの豪速球のあと大きなカーブを投げられたら、どんな粘っこいバッターでも、たいてい空振りとなる。
     ※
「タイム!! キャプテン、ちょっと」
 北村がタイムをかけると、オレに声をかけながら小走りでマウンドに向かった。マウンド上でとも子とオレと北村が会した。北村はちょっと不機嫌なようだ。
「キャプテン、なんで横やりを出すんですか? これからはすべてボクに任せると言ったじゃないですか!?」
「横やりってなあ… おまえ、少しは頭を使えよ。全部ストライクじゃんか。少しはボールを散らせよ」
「え? この気温ですよ。ともちゃんのスタミナを考えたら、どんどんストライクを獲りに行かないと!!…」
 ふっ、一理ある意見だな。だからと言って、ストライクばかり投げさせるのは間違ってる。
「いいか、北村、要所要所にボールを入れピッチングを組み立てるのも、キャッチャーの重要な役割だぞ。安易にストライクばかり投げさせるな」
 北村は怒った目つきでオレをにらんだ。な、なんだよ、こいつ? 北村はくるっと振り返ると、そのままキャッチャーボックスに戻った。
     ※
 サラダ商業の2番バッターがバッターボックスに立った。1球目、いきなりセーフティーバントの構え。オレととも子と中井がダッシュするも、見逃し、ストライク。2球目、今度はセーフティーバントの構えからヒッティング。低めの重いストレートをファール。どうやらこいつもとも子のスタミナを奪う作戦らしい。
 とも子が北村のブロックサインをのぞき込んだ。いつものとも子だったらそれに黙って従うのに、なぜかとも子は首を横に振った。次のブロックサインにも首を横に振った。その次のブロックサインにも首を横に振った。しびれを切らしたのか、北村は立ち上がり、首を傾けた。そして再び座ると、ブロックサインを出した。とも子は今度はうなずいた。
 北村はオレの忠告を無視しようとしてるらしいが、とも子は受け入れようとしてるらしい。だから2人の呼吸が合わないようだ。しかし、ここはとも子の方が我を通したようだ。
 で、3球目。なんと、いつものパターンである外角低めのカーブだった。が、いつもよりは外、明らかなボールダマ。しかし、バッターは手を出し、空振りしてくれた。さすがはとも子、効果的なボールの使い方を知ってる。もしかしたら、おじいちゃんの試合を見て覚えたのかも…
     ※
 サラダ商業の3番バッターに対し、とも子は今度も重いストレート2球で2ストライクを獲った。3球目のサインの交換。しかし、とも子はまたもや首を振った。1回、2回、3回…
 北村がまたしびれを切らして立ち上がった。さっきはマスクを取らなかったが、今度はマスクを取り、困惑そうな表情を見せた。するととも子は、ブロックサインを出した。いや、違う。これは手話だ。それを見た北村はにが笑いを見せ、手話で返答をした。するととも子は、いつもの明るい笑顔を見せた。これはとも子流の「はい」の返事だ。北村も笑顔を見せ、マスクをかぶった。
 とも子の機転で北村の機嫌は回復したようだ。ふふ、さすが、年上のお姉さまだ。しかし、いったいどんな会話を交わしたんだろう?…
 3球目。さっきと同じ外角低めのカーブ。今度は見逃し、ボール。4球目、今度は内角高めに豪速球を投げた。バッターはまったく手を出すことができず、三振。外角低めにカーブを投げられた直後、あの豪速球を胸元に投げられたら、オレでも絶対手が出せないと思う。3球目のカーブは、実はかなり効果的なボールだったのだ。
 攻守交替。ベンチに戻る途中、北村の顔を見たが、北村の顔にはもうわだかまりは残ってないようだ。野球部内で何度か衝突の危機が発生したが、全部とも子の機転で解決してた。とも子は肉体の方は超人だが、もしかしたら頭脳の方も超人なのかもしれない。
     ※
 2回の表、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。打順は一巡し、1番の渡辺から。前の打席ホームラン寸前の大飛球を放った渡辺は、撃つ気まんまんだ。
 戸田、1球目。渡辺はまた初球から撃つ気だ。当たったら絶対ホームランになるような大振り。しかし、打球はショートへの弱いゴロとなった。
 どうやら、今のもフォークボールだったらしい。前の回はほとんど落ちてなかったが、今回はわずかながら落ちていた。内野ゴロになったのはそのせいだ。
 続くバッターの大空も初球撃ち。やつは2番バッターらしく、押っつける打法を見せた。ちょっとおもしろい当たりになったが、セカンドへのハーフライナーに終わった。前の回、戸田のタマはふわふわと浮いてたが、今のタマは低めによく押さえられていた。その分、ヒットにならなかったんだと思う。
 どうやら戸田のタマは、本来の光を放ち出したようだ。やつが完調になる前に、もっと点を獲っておいた方がいいと思う。オレはネクストバッターサークルから唐沢を呼びよせた。で、耳打ち。
「唐沢、戸田のフォークボールに気をつけろ。前の回は落ちてなかったが、今は落ちてるぞ」
「ふふ、わかってますよ」
 こいつ、ほんとうにわかってるのか?
 唐沢への1球目。しかし、やはり唐沢も1球目から振ってきた。しかも、渡辺同様、大振り。あっけなくピッチャーゴロに終わってしまった。
 我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、ここまで延べ12人が打席に立ってるが、敬遠フォアボールだった北村ととも子以外は、初球撃ちだった。とも子は3球三振だったから、なんと戸田は、まだ17球しか投げてないことになる。3点も獲ってるのにこんなことしてたら、戸田に勢いを与えてしまう。みんな、もっと考えて撃てよ。
     ※
 2回の裏、サラダ商業の4番バッターが打席に立った。とも子の1球目、低めの重いストレート、ファール。2球目、低めの重いストレート、ファール。3球目、外角低めのカーブ、ボール。そして4球目。とも子は前のバッターと同じ、内角高めに豪速球を投げた。しかし、これもファール。前のバッターと同じ組み立てじゃ、どんなにいい組み立てをしても、ファールで逃げられてしまう。もうちょっと工夫して欲しい…
 5球目、カーブ。しかし、これがど真ん中に入ってしまった。危ない… が、敵バッターはまたもやファールで逃げた。こいつら、ファールを撃つことしか眼中にないのか?
 たしかにとも子には、スタミナの不安がある。でも、うちにはクローザーの唐沢がいる。唐沢は1イニングなら完璧に締めることができる。たぶん、2イニングもOKだろう。今日とも子は、7回でお役御免となる。1イニング15球投げたとしても、7回までだったら100球とちょっと。とも子は110球までなら、十分に投げ切れる自信がある。こいつらの作戦は、徒労に終わるはずだ。
 6球目。今度は高めのボールゾーンの豪速球。バッターは思わず手を出してしまい、三振。続く5番バッターと6番バッターも、なんとかとも子のタマに食らいつこうとするものの、それぞれ4球で撃ち取られ、3者凡退。この回のとも子の投球数は14。前の回も14。計28。この調子なら、7回を完璧に押さえられるはずだ!!
     ※
 それでも、もっととも子を楽にしてやりたい。3回の表、先頭バッターのオレが打席に立った。
 戸田、1球目。低めだが、撃ちごろのタマ。しかし、オレはあえて見逃した。案の定、フォークボールだった。しかも、前の回より落ちてた。どうやら戸田は、完調になってしまったらしい。しかし、なんて鋭角的に落ちるフォークボールなんだ。サラダ商業は2点しか獲れない打線でよく決勝戦まで勝ち上がって来たものだと関心してたが、このフォークボールを見てなんとなく納得できた。
 2球目も、3球目もフォークボール。オレはぎりぎりまで引きつけてバットを振ったが、かすりもしなかった。3球三振。続く中井と鈴木もフォークボールにかすりもせず、3球三振だった。
 その後も我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、戸田のフォークボールに三振をくり返した。初回のへたれダマのイメージがどこかに残ってるらしく、それが戸田を助けてしまってるようだ。
 しかし、こいつ、5球に4球はフォークボールを投げてやがる。フォークボールを武器にしてるピッチャーはプロにはいくらでもいるが、ここまで使ってるピッチャーはほとんどいないと思う。フォークボールは豪速球とコンビネーションすることでさらに効果が増す。が、戸田のストレートは、スピードも切れもまったくない。だからフォークボールに頼るしかないのだろう。
 一方、とも子もサラダ商業打線のファール作戦をうまくかわし、5回までパーフェクト。こりゃあ、7回と言わず、いつもの8回まで行けるかもしれない。
     ※
 回は6回の裏、サラダ商業の攻撃。打順は下位7番から。2ストライク1ボールと追い込んだ4球目。敵バッターはまたファールで逃げるかと思いきや、なんとバントしてきた。とも子、猛然とダッシュしてそのタマを素手で拾おうとするが、手につかず、初安打を許してしまった。
 ふと見ると、とも子は肩で息をしてた。呼吸もハァハァと荒くなってた。こんなの、初めてだ。まだ70球しか投げてないのに…
「大丈夫か?」
 とも子はいつものように笑顔を見せることで「はい」と答えた。いや、そう答えたつもりらしいが、どう見てもその笑いには生気がなかった。
そのとき、オレは重大な計算違いをしてることにはっと気づいた。気温… とも子はここまでずーっと曇り空の下か小雨の中で投げてた。今年の梅雨は掛け布団が必要なくらい寒い日が続いてた。その陽気がとも子のスタミナを助けてたのかも… しかし、今日のギラつく太陽、それに連投… おまけに、昨日とも子は心臓が止まってた。いつもなら100球くらいまでならOKだが、こりゃあ、今日に限っては、70球が限界だったかも…
 しかし、唐沢は2イニングが限界だと思う。とも子にはもうちょっとがんばってもらうしかなかった。
     ※
 サラダ商業の8番バッターが打席に立った。はなっから送りバントの構え。1球目。ファーストのオレとサードの中井に加え、投球直後のとも子も猛然とダッシュした。が、見送り、ストライク。
 マウンドに帰るとも子の足が、どことなく重たく見えた。とも子をなんとか元気づけないと… オレはとも子に駆け寄り、耳打ちをした。
「勝ったら、えっちしような」
 とも子は顔を赤らめ、そしてオレの顔を見てにが笑いをした。

9月3日付我がPOG順位

2007年09月03日 | Weblog
夏競馬が終わりました。今週からは秋競馬です。
第3回阪神・中山競馬と言えば、有力新馬がデビューする開催です。しかし、今年は例の馬インフルエンザのせいか、有力馬のデビューはあまりないようです。我が指名予定馬のデビューの予定もありません。
しばらくは静観の日々が続きそうです。

先週新潟2歳Sに出走した、netkeibaPOGのみで指名したオースミマーシャルですが、大敗しました。この馬、新馬戦の鞍上は芹沢とゆー泡沫騎手。で、2着。次のレースは武豊で1着。しかし、3戦目の今回のレースは、また芹沢騎手でした。
緒戦と初の重賞でこんなサンピン騎手を乗せてるようじゃ、この馬の期待度が推し量れます。土壇場でホースニュース馬POGでの指名を回避しましたが、大正解だったようですね。

現在の我がPOGの順位です。
馬三郎         5506位/70P
ホースニュース馬  500位以下※/70P
netkeiba        4834位/890P
裏ホースニュース馬   217位/1990P
裏netkeiba        1163位/2050P
※ホースニュース馬のPOGは、500位以下は順位発表なし

エースに恋してる第20話

2007年09月02日 | エースに恋してる
 園長は助手席に乗った。どうやら気をきかせてくれたらしい。広い後部座席は、オレととも子だけのスペースとなった。とも子は妙にそわそわしてた。自分の正体がばれてしまったうえ、フィアンセの孫と隣り合わせになってるせいだと思う。40年近くオレのおじいちゃんと結婚することだけを夢見て眠ってたんだろうな。肝心なおじいちゃんが死んでたとなると、やっぱ孫のオレが代わりを務めなくっちゃいけないのかな?…
 ともかく、このまま無言はまずいと思う。何かしゃべらないと…
「あ、あの…」
 い、いかん、話のネタが浮かんでこない…
 ふととも子がマイクみたいな機械を取り出し、その先端を喉に押し当てた。次の瞬間、強いエコーがかかったとてもかわいい声が車内に響いた。
「どうしたんですか、キャプテン? そう硬くならないでください」
「しゃ、しゃべれるんですか?」
「敬語はやめてください。私はキャプテンと同じ18歳です。それにあなたは、チームのキャプテンですよ。
 このデジタル補声器を使えば、私は話すことができます。今は立ち入った話をしないといけないのでこれを使いますが… 私、このロボットみたいな声がいやなんです」
「そ、そんなことないですよ、とってもかわいいですよ!!」
「ふふ、ありがと。でも、キャプテン、敬語はやめてくださいね」
「あは、す、すみません…」
 同じ年だと言われても、おじいちゃんと同年代じゃ、どうしても敬語になっちゃいます。
 その後、彼女といろんな話をした。正体を明かしたことで、制約がなくったのだろう。おじいちゃんのこと、甲子園のこと、積もる話を全部吐き出してくれた。と、なぜか突然、とも子がいつものように筆談で話しかけてきた。今は口がきけるとゆーのに?
「あの、約束、忘れてませんよね?」
 約束?… おじいちゃんととも子がかわした約束、つまり、甲子園で優勝することと、結婚すること? 甲子園の話は今してたから、結婚の方かな?
「いいですよ、結婚しましょう」
 と、とも子は首を横に振った。どうやら、見当違いだったらしい。とも子はほおを赤く染めながら、筆談用のノートに書いた。
「抱いて」
 ふふ、そういや、そんな約束してたんだっけ。しかし、またえらく大胆なことを書いたなあ…
 とも子が引き続きノートに書いた。
「私、結婚はできまないと思います」
「えっ、どうして? 戸籍がないから? なら、戸籍が回復するまでいっしょに暮らせばいいじゃないですか」
 ふととも子が唇に人差し指を当て「しー」のポーズをとった。いっけねぇ、前に2人乗ってるんだっけ。
 とも子は再びノートに書いた。
「私、もう人間じゃないんです」
 オレは唖然としてしまった。「どうして?」と訊きたかったが、とも子が悲しい目を見せてるので、何も訊けなかった。
 考えてみたら、とも子にはまだ大きな疑問が残ってた。こんな小さな身体なのに、なんであんなにすごい豪速球を投げられるか、とゆー部分。とも子は15歳のときに難病が発症し、18歳のときに眠らされた。長い眠りから醒めたのは、半年前。今のとも子にそんなにすごい筋力があるはずがないと思う… とも子は眠ってる間に超人になってしまったのだろうか?
 訊いてはみたいが、今は訊くタイミングじゃないと思う。
     ※
 リムジンが球場に着いた。オレと「生田智子」がロッカー室に入ると、昨日と同じように聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインはすでに着替え終わっており、いつでもグランドに立てる体勢になっていた。ただ、昨日のような重苦しい雰囲気はぜんぜんなかった。みな笑顔で出迎えてくれた。約1名を除いて。
「おや、キャプテン、今日も重役出勤ですか?」
 その声はもちろん唐沢だった。そーいや、こいつ、昨日試合中に退場になったのに、今日の出場はOKなのか? ま、あれは常識的に不問だろうな。
 今オレたちが入ってきたドアの向こうから声が響いてきた。園長の声だ。
「ちょっと入っていいかしら?」
「どうぞ」
 ドアが開き、園長と清涼飲料水の段ボール箱を抱えた運転手さんが入ってきた。園長の陣中見舞いをみな笑顔で出迎えた。ふと、とも子がセカンドバッグを園長に手渡した。どうやらあのマイクみたいな機械は封印するらしい。あれ、とってもかわいい声なんだけどな…
     ※
 いよいよ決勝戦の時間となった。グランドに出ると、病院を出たときに感じた以上の強い日差しを感じた。野球はお天道様の下でやるものだが、ここまで晴れてしまうとグランドの温度が高くなるので歓迎できない。とも子にはそれと言って欠点はないが、唯一スタミナに不安がある。ここまで我がチームは、8回までとも子が投げ、最終回は唐沢が押さえてたが、今日は監督の発案で、7回までとも子が投げ、残り2イニングを唐沢が押さえることになった。とも子のケガを考りょしてのことだが、この天候だと賢明かもしれない。
     ※
 敵のサラダ商業は、我が聖カトリーヌ紫苑学園と共通点が多かった。うちは野球部創設3年目だが、敵は高校創設4年目。うちのエースのとも子はここまで自責点0だが、敵のエース戸田も自責点0。
 しかし、サラダ商業はここまで相手に恵まれてたようだ。もっとも点を獲った試合で2点。それに対し、こっちは桐ケ台高校に6対0と大勝してるうえ、コールド勝ちもあった。戸田はここまでたった1人で投げ抜いてるようだが、こっちにはクローザーの唐沢がいる。どう考えても、実力はこっちの方が数段上だ。
 ちなみに、戸田の身長は160センチほどしかないようだが、ものすごいフォークボールを投げるらしい。このフォークボールをいかに撃つかが、我がチームの勝利のカギとなりそうだ。
     ※
 ギラギラと輝く真夏の太陽の下、いよいよ決勝戦が始まった。
 先攻は我がチーム。1番バッターの渡辺がバッターボックスに立った。プレイボール。
 戸田の1球目。なんとそれは、とてつもない棒ダマだった。初球から積極的に撃っていくタイプの渡辺が、これを見逃すはずがなかった。
 カキーン!! 打球は左中間の一番深いとろこへ飛んで行った。完全にホームラン性の当たり… しかし、フェンスぎわで打球の勢いがなくなり、ぽとりと落ちた。渡辺は立ったまま3塁ベースに到達したが、やつもホームランだと思ったんだろう、3塁ベース上で首をかしげてた。しかし、3塁打は3塁打。いきなりの大チャンスとなった。
     ※
 続く大空は、初っぱなからスクイズの構え。1球目。ファーストとピッチャーがスクイズ阻止へ思いっきりダッシュしてきた。しかし、うちの監督のサインは、バントと見せかけてヒッティングするバスターだった。
 カキーン!! するどい打球がライト前に転がった。3塁ランナーの渡辺は、手を叩きながらホームイン。なんと、ここまで自責点0だった戸田から、たった2球で先取点を挙げてしまった。流れは完全にこっちだ。今ならもっと点が獲れるはずだ!!
 続くバッターの唐沢も、初球を狙い撃った。大飛球がレフトの頭上を襲った。今度こそホームラン… しかし、若干飛距離が足りず、フェンス直撃となった。これでノーアウトランナー2塁3塁。ここで打順はオレとなった。
     ※
 しかし、渡辺と唐沢の大飛球が気になる… 両方とも完全にホームラン性の当たりだったのに、なぜかフェンス手前で失速していた。もしかしたら、両方とも打球が回転してなかったのかも? 打球は回転してないと揚力が発生しないので、思ったよりより打球が伸びない。ちなみに、打球が回転してなかったってことは、戸田が投げたタマも回転してなかった、てことでもある。フォークボールはほとんど回転がかかってないタマだから、もしかしたら、戸田はフォークボールを投げてるのかもしれない…
     ※
 オレへの1球目。またもや棒ダマ。オレは思いっきり振り抜いた。カキーン!! 打球は大きな放物線を描き、大空に舞い上がった。しかし、やはりフェンス手前で失速、あらかじめ後ろに守っていたセンターのグローブに収まってしまった。
 やはり戸田は、フォークボールを投げてるようだ。が、ぜんぜん落ちてない。こうなるとフォークボールは、ただの撃ちごろのタマになってしまう。ただ、あまりボールが回転してないので、ホームランだけにはならないようだ。
 タッチアップで3塁から大空が帰ってきた。これで2点目。戸田は完全に不調だが、ピッチャーはちょっとしたきっかけで好調になることもある。とも子のためにも、ここはもっと点を獲っておかないと…
     ※
 続くバッターは中井。中井も初球からヒッティング。センター前ヒット。2塁ランナーの唐沢は3塁に止まり、1アウトランナー1塁3塁。次のバッターの鈴木も初球流し撃って、ライト前ヒット。唐沢が帰り、3点目。なおも1アウトランナー1塁3塁。戸田は完全にあっぷあっぷだ。こりゃあ、きっともっと点が獲れるぞ!!
 次のバッターは北村。北村は押せ押せムードの中バットを構えた。しかし、敵キャッチャーは座ってくれなかった。敬遠である。
 敵さんはよくデータを収集してるらしい。次のバッターの箕島は、あの桐ケ台高校の岡崎から2点タイムリーヒットを撃ってるのだが、実はそれ以降、1本もヒットを撃ってないのである。
     ※
 1アウトランナー満塁。箕島がバッターボックスに立った。城島高校戦の土壇場でヒットを撃った森に代える手もあるが、まだ試合は始まったばかりだ。それに、すでに3点を先制してる。ここは箕島に任せることとしよう。
 初球、またもや高めの棒ダマ。箕島がバットを振ると、打球は鈍い音を残しふらふらっと舞い上がった。サード後方へのフライ。こりゃあ、岡崎から奪ったヒットとほぼ同じ飛球… いや、今度の方がよりファールラインに近く、ぽとりと落ちそうな雰囲気。敵ショートがいちかばちかのダイビングキャッチ。なんと、そいつのグローブに飛球が収まってしまった。こいつはアンラッキーだ。3塁ランナーの中井はヒットになると思ってたのか、離塁が大きく、慌てて3塁ベースに戻った。もしはなっからタッチアップする気があったなら、十分できるタイミングだった。これもアンラッキーだった。
 次のバッターはとも子。とも子は城島高校戦でヒットを撃ってるが、ここはピッチングに専念してもらいたく、いつものようにバッターボックスの一番外側に立つよう、指示を出した。で、素っ気なく三振。長かった聖カトリーヌ紫苑学園の1回表の攻撃が、これでようやく終了した。
 ちなみに、サラダ商業打線は今大会ここまで最大2点しか獲ってない。それに対し、我が聖カトリーヌ商業学園は、もう3点も獲ってしまった。完全な楽勝ペースである。

エースに恋してる第19話

2007年09月01日 | エースに恋してる
 タクシーが病院に着いた。オレと北村が病院の自動ドアを開けると、そこには信じられないものが待ち受けていた。待合室の長いすに座ってる、薄い青色の浴衣みたいな服を着ている少女… それは間違いなくとも子だった。生きてた… とも子は生きてたんだ!!
「ともちゃん!?」
 とも子はオレと北村に気づくと、立ち、いつもの笑顔を見せてくれた。オレと北村は安堵のあまり急に力が抜けてしまい、ふにゃ~とした顔になってしまった。
 しかし… 心臓が一度止まったとゆーのに、こんなところにいてもいいのか?
「と、とも子、なんともないのか?…」
 すると、とも子の横に座ってた白衣の女性が立ち上がった。どうやら、担当の女医さんらしい。
「いい救急救命士が救急車に乗ってたみたいね。ここに着いたときは、もう元気になってたわよ」
「で、でも、こんなところに立たしておいたら、まずいんじゃないですか?」
「それがね… この子、あなたたちが来ると聞いたら、どーしてもって、ここに来ちゃったのよ。まだ安静にしてなくっちゃいけないのに…」
 ふっ、とも子、むりすんなって。
「ところで、あなたたち、なんなの? 傷だらけじゃない… 診てあげるから、ちょっと診察室に来なさい」
 そういや、オレも北村も満身創痍だったんだっけ。オレと北村は女医さんに診てもらうこととなった。
     ※
 で、診断結果だが、北村の方は軽症だったが、オレの方は脳波に異常が出てしまった。で、強制入院。明日朝受ける精密検査でまた脳波に異常が出たら、明日の決勝戦出場はおじゃんになってしまう。
 ちなみに、とも子も明日朝精密検査を受け、お医者さんの許可をもらわないと、マウンドに立てないことになってる。とも子とオレが決勝戦に出られないとなると、我が聖カトリーヌ紫苑学園の甲子園行きは、絶望的…
 ま、今さらじたばたしてもしょうがない。今日は早く寝て、明日の精密検査に備えることにしよう。
     ※
 しかし、こんなときはたいてい寝付けないものである。ふと時計を見たら、まだ10時。オレはちょっと尿意をもよおし、トイレに立った。
 トイレの帰り、オレはふと気になる名札を見つけてしまった。石川とも子。たしか「澤田とも子」は一時期「石川とも子」だったような…
 オレは何かに導かれるように、その名札が掛かったドアを開けた。
     ※
 そこは個室の病室だった。くの字に折れたベッドに横になっている患者が本を読んでいた。オレと同年代の女性のようだ。その人物がオレを見た。
「どなた?」
 その瞬間、オレの身体にに衝撃が走った。オレの脳裏に焼き付いてる顔… そう、あの事故のとき、向こうのクルマに乗ってた少女の顔… その顔と瓜二つの顔が、今オレの目の前にあるのだ。
「あ、あの… どなたですか?…」
 彼女は再度訊いてきた。しかし、オレは何も言えなかった。ただフリーズしてるだけだった。あ、あの子は生きてたんだ…
「キミ、何やってんだっ!?」
 オレはその罵声で、やっと我に返ることができた。オレは振り向き、その声の持ち主である男性看護士の顔を見た。
「す、すみません…」
「出て行きたまえ!!」
 オレはその看護士に促され、廊下に出た。
     ※
「いったいなんのつもりだ?」
 廊下に出ると、あらためて看護士の説教が始まった。ちょうどいい。ちょっとさぐりを入れてみるとするか。
「す、すみません、幼なじの名前を見つけたもんで、つい…
 あの~、彼女、交通事故で入院したのは知ってましたが、まだ治ってないんですか?」
「ああ、見ての通りの寝たきりだ」
 オレは「石川とも子」と書かれたドアの名札を視線で指し示した。
「彼女、今澤田って苗字になってるはずなんですが…」
「ああ、詳しいことは言えないが、なんか複雑な家庭の事情があるらしいな」
「複雑な家庭の事情ですか…。
 そう言えば、彼女の両親は、入院費を1銭も払ってないとゆーうわさがあるんですが、ほんとうなんですか?」
「ああ、でも、なんとかとゆー高校が代わりに払ってるらしい…」
 高校が肩代わりしてる? て、まさか…
「もしかして、その高校って、聖カトリーヌ紫苑学園じゃ?」
「ああ、そういや、そんな名前だったなぁ…」
 学園があの子の治療費を肩代わりしてる?… な、なんで?…
     ※
 オレは自分に与えられた病室に戻ると、どかっとベッドに寝転んだ。
 ずーっと心配してたあの子は生きてた。それに、とも子はあの子とは別人だった。ほっとできるところなのに、なんかそんな気分にはなれなかった。
 なんで聖カトリーヌ紫苑学園は、彼女の入院費を肩代わりしてるんだ? そういや、とも子のあの部屋も、学園が借りてるんだっけな… だいたいとも子の名前は、ほんとうに「澤田とも子」なのか? あの子と同姓同名? いや、そうじゃないだろう。絶対裏になんかある。
 ああ、せっかくあの子と巡り会えたってゆーのに、また頭が混乱してきた…
     ※
 翌朝、オレは頭部CTスキャンや脳波測定など、いろんな検査を受けた。一通りの検査を受けデイルームと呼ばれる控室に行くと、そこにはとも子がいた。とも子も一通りの検査を受けたらしい。とも子もオレも、あとは検査結果を待つだけとなった。
 と、そこに園長が現れた。
「おはよう。もう検査は済んだようね」
 オレととも子は園長にあいさつした。と、そのとき、オレの心の底から沸き上がるものがあり、それがストレートに声になってしまった。
「昨夜、石川とも子に会いました」
 園長ととも子がはっとした。ちょっと無言が続いたあと、園長はぽつりと口を開いた。
「会ってしまいましたか…」
 園長はとも子の顔を見た。
「どうします?」
 とも子は真剣なまなざしでうなずいた。
「わかりました。じゃ、ちょっと私の昔話をすることとしましょう」
 どうやら、真実を話してもらえるらしい。思わず口から出てしまった言葉が、吉と出たようだ。
「中学生のとき、私はあなたのおじいさんに一目ぼれしました。でも、彼にはすでに彼女がいました。生田智子とゆー、それはそれはとてもかわいい女の子でした。私は蔭からあなたのおじいさんを見てるしかありませんでした。
 でも、中3のとき、不幸が起きました。生田さんは青斑病とゆー病気になり、入院したのです。青斑病は身体のすべての機能がじわじわと衰え、死に至るとゆー、とても恐ろしい病気です。当時この病気の治療法はありませんでした。私はチャンスだと思い彼に何度も近づいたのですが、彼は閑を見つけては生田さんをお見舞いし、結局私は彼を振り向かせることはできませんでした。
 あなたのおじいさんは高校生になっても、何度も生田さんに会いに病院に行ったようです。私も一度、お見舞いに行ったことがありましたが、そのとき、とんでもないことを聞いてしまいました。2人は2つの約束をしてたのです。
 1つは、生田さんのために甲子園に出て優勝すること。もう1つは、病気が治ったら結婚すること。もう私の入り込む余地はありませんでした。
 あなたのおじいさんは何度も甲子園に出て、生田さんのために投げました。でも、なかなか優勝できませんでした。そうこうしてるうち、生田さんの病気はどんどん進行してしまい、死の淵まで追い込まれました。高3の夏です。あなたのおじいさんは、最後の甲子園行きを決めると、生田さんに優勝を誓いました。
 しかし、残念ながら、彼は決勝戦で負けてしまいました。その報告を聞いて力つきてしまったらしく、次の日、生田さんは亡くなりました。
 でも、今から半年前のことです。私の耳にとんでもない情報が飛び込んできました。生田智子さんは生きてたのです」
「えっ? も、もしかして…」
 とも子がいつもとは違う笑い、にが笑いを見せた。ま、まさか、とも子はおじいちゃんのフィアンセ?… とも子の部屋で見たあの写真は、やっぱおじいちゃんととも子だったのか?… で、でも、とも子はどう見ても50過ぎには見えないぞ?…
 園長は話を続けた。
「実は生田さんは、死ぬ直前、仮死状態にされ、培養液に浸されたようなのです。
 当時不治の病にかかった人を仮死状態にして、その治療法が確立したときに蘇生させ治療するとゆープロジェクトがあったようです。生田さんはどうもそのプロジェクトの数少ない被験者の1人になったようなのです」
「その病気の治療法が確立したから、蘇らせられた?…」
 そのオレの問いに園長はうなずき、話を続けた。
「いろいろと問題が発生したようです。生田さんは戸籍上では死んだことになってるし、生田さんの生家は生田さんの身柄を引き取ってくれなかったし…」
 そうか。だから聖カトリーヌ紫苑学園が引き取ったんだ… 園長はおじいちゃんへの思いが残ってたんだろうな。じゃあなきゃ、おじいちゃんの彼女を引き取るはずがないもんな。
「偶然にもこの病院にとも子とゆー名前の18歳の女性が入院してることがわかり、彼女の治療費を肩代わりする代わりに、法律的な問題が解決するまで戸籍を借りることとしたのです。
 でも、その女性とあなたとは、ちょっと因縁があったようですね。最近ようやく知りました」
 とも子はにが笑いを続けていた。いや、はにかんでるのかも。気が付くと、なぜかオレも照れ笑いしてた。とも子はオレのおじいちゃんの彼女… いや、フィアンセだったんだ。どうりでオレに抱かれようとしてたわけだ。おじいちゃんの孫は、オレ1人しかいないもんな。
 お医者さんがデイルームに入ってきた。オレととも子の診察結果が出たようだ。結果は両方とも良好。オレととも子は、晴れて決勝戦に出られることになった。
     ※
 オレととも子と園長が病院の玄関を出た。出た瞬間、オレは強い日差しにくらっときた。昨日までの梅雨の曇り空がうそのような青空、まるでオレととも子を祝福してるような青空だ。
 3人は学園が用意したリムジンに乗り込んだ。運転手は昨日のワンボックス車の人だった。