富士泉関の初日の相手は月光関。突っ張りを得意としてる力士です。3場所前から幕内にいますが、十両時代富士泉関との対戦はありません。
いよいよ富士泉関と月光関が土俵に立ちました。大きな声援が飛びます。富士泉関の身体が高揚し、赤くなってきました。
塩撒き、四股。仕切り線の前で蹲踞。相手をにらんで両手を土俵に付けます。この行動を何度も何度も繰り返します。呼出しさんが富士泉関に汗拭きタオルを渡しました。これは制限時間いっぱいを伝える合図です。富士泉関の身体はもっとも赤くなりました。いよいよ取組です。
仕切り線を挟んで富士泉関と月光関が腰を割りました。見合って、手を付いて、発気揚々(はっけよーい)! 残った!
月光関の両手(もろて)突き。そして突っ張り。すごい回転の突っ張りです。その突っ張りを受け、富士泉関の身体が徐々に下がっていきます。でも、富士泉関は精神的余裕がありました。この程度の突っ張りなら、十両にもたくさんいます。
富士泉関の踵(きびす)が俵に触れました。その瞬間、富士泉関はさっと右手側に廻りました。いなしです。月光関の身体がぐらつきました。今がチャンスと富士泉関は得意の右四つで月光関の身体を掴まえました。さらに間髪入れずに右踵を月光関の左アキレス腱に絡ませました。内掛け。富士泉関の身体と月光関の身体が重ね餅になって土俵に激しく倒れました。勝負あり。富士泉関、幕内初勝利です!
内掛けがあまりにも見事に決まったせいか、場内は一瞬シーンとなりました。が、次の瞬間、ものすごい歓声が巻き起こりました。
幕下まで落ちてしまった富士泉関は、何か得意技はないかと研究し、相撲界に入る前に励んでいた柔道を思い出し、大内刈りを変形させた内掛けを試してたのです。最初のうちはあまりうまく決まらなかったんだけど、徐々に徐々に手に入れてきたんだよ。
でも、今の内掛けは凄かったなあ。先場所も何度か内掛けをやったけど、こんなに見事に決まった内掛けはなかったよ。これならもっともっと上に行けるんじゃないのかな。
富士泉関は次の力士に力水をつけると、支度部屋に向かって歩き始めました。ぼくはその富士泉関に声をかけてみました。
「やったね!」
「ああ、やっと片目が開いたよ。1年半もかかっちまったなあ」
富士泉関はとってもうれしそうです。
支度部屋に帰ると、そこに横綱富士ケ峰関が待ってました。
「よくやったなあ、いずみ、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
富士泉関は満面の笑みで応えました。
その後富士泉関は風呂に行きました。と言っても、富士泉関はシャワーしか浴びないんだけどね。
本当だったら初勝利の喜びを噛みしめたいところなんだけど、今の富士泉関の興味は横綱富士ケ峰関に移ってました。先場所横綱は8勝7敗。もし今場所も同じような成績だったら、間違いなしに進退伺です。大好きな横綱。なんとしても生き残って欲しい。富士泉関は大きく願いました。
「じゃ、行ってくる」
「頑張ってください!」
横綱富士ケ峰関が土俵に向かいました。富士泉関はただ見送るしかありませんでした。
土俵上は東大関銀奨関と平幕赤富士関の取組。銀奨関は先場所・先々場所も14勝1敗でした。負けは2つとも横綱朝桜関です。その横綱が本場所直前にアル中で緊急入院してます。なんとか初日には間に合いましたが、完調にはほど遠いのはたしか。風は完全に銀奨関に追い風です。銀奨関は今場所初優勝を決めて、なんとしても横綱に昇進したいはずです。
いよいよ立会。銀奨関は赤富士関の身体をガシっと捕まえると、そのまま寄り切ってしまいました。取組時間わずか0.9秒。完勝です。銀奨関は今場所も調子がいいようです。
続いて横綱富士ケ峰関が土俵に上がりました。相手は市松関。市松関は先々場所13勝2敗と絶好調で関脇に上がりましたが、先場所は5勝10負と負け越してます。今場所は東前頭筆頭にいます。
塩撒きと四股と蹲踞を繰り返し、いよいよ取組の時間となりました。両者腰を降ろし、呼吸を合わせます。発気揚々! 残った!
次の瞬間、市松関の右肘が飛びました。これはかち上げです。バシーン! その肘が富士ケ峰関のあごにヒットしました。なんと横綱の身体は、そのまま崩れ落ちてしまったのです。
「卑怯者!」
場内に罵声が響きました。実は市松関は先々場所かち上げを連発して勝ち星を稼ぎましたが、あまりにも強烈なかち上げを喰らって失神する力士が続出し、大問題に。場所後親方衆の会議で市松関の親方が善処すると宣言し、先場所市松関はかち上げを封印。けど、市松関は負け越してしまいました。そのせいか、今場所は初日からかち上げです。富士ケ峰関は当然かち上げはやってこないと思ってたから、まともに喰らってしまいました。
しかし、市松関のかち上げは度を越してます。相撲技というよりプロレス技のエルボーパッドですよ。場内は大ブーイングとなりました。
富士ケ峰関が支度部屋に戻ってきました。右手で自分のあごを押さえてます。
「横綱、大丈夫ですか?」
富士泉関が声をかけると、
「ああ、なんとかな。しっかし、こいつぁ強烈だなあ…」
どんな理由があろうと、負けは負けです。今場所ある程度勝ち星を稼がないといけない富士ケ峰関は、初日いきなり敗北となってしまいました。
ちなみに、今場所直前にアルコール中毒で入院となった朝桜関は、結びの一番で無難に勝ちを拾ってました。
次の日も富士泉関は富士ケ峰関とともに自動車出勤です。昨日ははしゃいでいた富士ケ峰関ですが、今日はずーっとむすーっとしてました。昨日の負けがかなりショックだったみたい。富士泉関は何か話しかけようと思いましたが、何を言っても慰めにもなりそうにないので、ただただ黙ってました。
この日の富士泉関の相手は風花関。すでに35歳のベテラン力士です。以前は大関一歩手前まで昇進しましたが、今は平幕下位です。得意技は突っ張り。富士泉関は2日連続で突っ張りを得意とする力士との対戦となりました。富士泉関は昨日の月光関戦をイメージしてます。あの戦法を使えば勝てると思ったのかな? それはちょっと甘いような気がするけど。
いよいよ取組です。見合って、見合って、発気揚々、残った!
思った通り、風花関の強烈な突っ張り。それを受ける富士泉関ですが、昨日の月光関とは明らかに違う感触を感じました。まずい・・・
富士泉関の踵が土俵の俵に触れました。昨日のように廻り込もうとしましたが、風花関が精一杯伸ばした突っ張りに土俵を割ってしまいました。完敗です。年を喰ったとはいえ、さすが元大関候補です。格が違いました。
富士泉関がとぼとぼと支度部屋に向かって歩き始めました。ぼくはその富士泉関に声をかけようと思ったけど、富士泉関の付き人が両側についてしまって、ちょっとむり。
と、富士泉関の前に1つの人影が立ちふさがりました。この人は・・・、なんと、横綱朝桜関でした。横綱が待ち伏せしていたのです。横綱はおもむろに声をかけてきました。
「どうした、今の敗戦は?」
「あは、相手が強過ぎました」
「おいおい、相手は元関脇とはいえ、今はお前と同じ平幕下位だぞ」
「でも、あの突っ張りは防ぎようがないですよ・・・」
それを聞いて朝桜関は、ちょっと斜め上の方に視線を向けました。と、何かを思いついたようです。で、富士泉関の耳元に口を持っていきました。
「立会だ。相手より1歩速く出ろ」
というと、富士泉関の顔を見てほんの少しにこっとしました。それを見て富士泉関はあれっとした顔を見せました。
「じゃあな」
と言うと、朝桜関は行ってしまいました。相手より1歩速く出る。でも、富士泉関の親方は、立会相手と呼吸を合わせろといつも言ってます。横綱は相手と呼吸を合せる必要はないとでも言いたかったのかなあ?
しかし、横綱朝桜関はなんで関係のない部屋の力士にアドバイスしたのかなあ? 今までこんなことあったかなあ?
富士泉関が支度部屋に戻ると、今度は同じ葵部屋の横綱、富士ケ峰関が話しかけてきました。
「残念だったな。まあ、毎日うまく行くとは限らんな。今は15日終わった時点で勝ち越していれば、それで十分さ」
これがふつーの先輩力士のアドバイスですよね。
いよいよ富士泉関と月光関が土俵に立ちました。大きな声援が飛びます。富士泉関の身体が高揚し、赤くなってきました。
塩撒き、四股。仕切り線の前で蹲踞。相手をにらんで両手を土俵に付けます。この行動を何度も何度も繰り返します。呼出しさんが富士泉関に汗拭きタオルを渡しました。これは制限時間いっぱいを伝える合図です。富士泉関の身体はもっとも赤くなりました。いよいよ取組です。
仕切り線を挟んで富士泉関と月光関が腰を割りました。見合って、手を付いて、発気揚々(はっけよーい)! 残った!
月光関の両手(もろて)突き。そして突っ張り。すごい回転の突っ張りです。その突っ張りを受け、富士泉関の身体が徐々に下がっていきます。でも、富士泉関は精神的余裕がありました。この程度の突っ張りなら、十両にもたくさんいます。
富士泉関の踵(きびす)が俵に触れました。その瞬間、富士泉関はさっと右手側に廻りました。いなしです。月光関の身体がぐらつきました。今がチャンスと富士泉関は得意の右四つで月光関の身体を掴まえました。さらに間髪入れずに右踵を月光関の左アキレス腱に絡ませました。内掛け。富士泉関の身体と月光関の身体が重ね餅になって土俵に激しく倒れました。勝負あり。富士泉関、幕内初勝利です!
内掛けがあまりにも見事に決まったせいか、場内は一瞬シーンとなりました。が、次の瞬間、ものすごい歓声が巻き起こりました。
幕下まで落ちてしまった富士泉関は、何か得意技はないかと研究し、相撲界に入る前に励んでいた柔道を思い出し、大内刈りを変形させた内掛けを試してたのです。最初のうちはあまりうまく決まらなかったんだけど、徐々に徐々に手に入れてきたんだよ。
でも、今の内掛けは凄かったなあ。先場所も何度か内掛けをやったけど、こんなに見事に決まった内掛けはなかったよ。これならもっともっと上に行けるんじゃないのかな。
富士泉関は次の力士に力水をつけると、支度部屋に向かって歩き始めました。ぼくはその富士泉関に声をかけてみました。
「やったね!」
「ああ、やっと片目が開いたよ。1年半もかかっちまったなあ」
富士泉関はとってもうれしそうです。
支度部屋に帰ると、そこに横綱富士ケ峰関が待ってました。
「よくやったなあ、いずみ、おめでとう!」
「ありがとうございます!」
富士泉関は満面の笑みで応えました。
その後富士泉関は風呂に行きました。と言っても、富士泉関はシャワーしか浴びないんだけどね。
本当だったら初勝利の喜びを噛みしめたいところなんだけど、今の富士泉関の興味は横綱富士ケ峰関に移ってました。先場所横綱は8勝7敗。もし今場所も同じような成績だったら、間違いなしに進退伺です。大好きな横綱。なんとしても生き残って欲しい。富士泉関は大きく願いました。
「じゃ、行ってくる」
「頑張ってください!」
横綱富士ケ峰関が土俵に向かいました。富士泉関はただ見送るしかありませんでした。
土俵上は東大関銀奨関と平幕赤富士関の取組。銀奨関は先場所・先々場所も14勝1敗でした。負けは2つとも横綱朝桜関です。その横綱が本場所直前にアル中で緊急入院してます。なんとか初日には間に合いましたが、完調にはほど遠いのはたしか。風は完全に銀奨関に追い風です。銀奨関は今場所初優勝を決めて、なんとしても横綱に昇進したいはずです。
いよいよ立会。銀奨関は赤富士関の身体をガシっと捕まえると、そのまま寄り切ってしまいました。取組時間わずか0.9秒。完勝です。銀奨関は今場所も調子がいいようです。
続いて横綱富士ケ峰関が土俵に上がりました。相手は市松関。市松関は先々場所13勝2敗と絶好調で関脇に上がりましたが、先場所は5勝10負と負け越してます。今場所は東前頭筆頭にいます。
塩撒きと四股と蹲踞を繰り返し、いよいよ取組の時間となりました。両者腰を降ろし、呼吸を合わせます。発気揚々! 残った!
次の瞬間、市松関の右肘が飛びました。これはかち上げです。バシーン! その肘が富士ケ峰関のあごにヒットしました。なんと横綱の身体は、そのまま崩れ落ちてしまったのです。
「卑怯者!」
場内に罵声が響きました。実は市松関は先々場所かち上げを連発して勝ち星を稼ぎましたが、あまりにも強烈なかち上げを喰らって失神する力士が続出し、大問題に。場所後親方衆の会議で市松関の親方が善処すると宣言し、先場所市松関はかち上げを封印。けど、市松関は負け越してしまいました。そのせいか、今場所は初日からかち上げです。富士ケ峰関は当然かち上げはやってこないと思ってたから、まともに喰らってしまいました。
しかし、市松関のかち上げは度を越してます。相撲技というよりプロレス技のエルボーパッドですよ。場内は大ブーイングとなりました。
富士ケ峰関が支度部屋に戻ってきました。右手で自分のあごを押さえてます。
「横綱、大丈夫ですか?」
富士泉関が声をかけると、
「ああ、なんとかな。しっかし、こいつぁ強烈だなあ…」
どんな理由があろうと、負けは負けです。今場所ある程度勝ち星を稼がないといけない富士ケ峰関は、初日いきなり敗北となってしまいました。
ちなみに、今場所直前にアルコール中毒で入院となった朝桜関は、結びの一番で無難に勝ちを拾ってました。
次の日も富士泉関は富士ケ峰関とともに自動車出勤です。昨日ははしゃいでいた富士ケ峰関ですが、今日はずーっとむすーっとしてました。昨日の負けがかなりショックだったみたい。富士泉関は何か話しかけようと思いましたが、何を言っても慰めにもなりそうにないので、ただただ黙ってました。
この日の富士泉関の相手は風花関。すでに35歳のベテラン力士です。以前は大関一歩手前まで昇進しましたが、今は平幕下位です。得意技は突っ張り。富士泉関は2日連続で突っ張りを得意とする力士との対戦となりました。富士泉関は昨日の月光関戦をイメージしてます。あの戦法を使えば勝てると思ったのかな? それはちょっと甘いような気がするけど。
いよいよ取組です。見合って、見合って、発気揚々、残った!
思った通り、風花関の強烈な突っ張り。それを受ける富士泉関ですが、昨日の月光関とは明らかに違う感触を感じました。まずい・・・
富士泉関の踵が土俵の俵に触れました。昨日のように廻り込もうとしましたが、風花関が精一杯伸ばした突っ張りに土俵を割ってしまいました。完敗です。年を喰ったとはいえ、さすが元大関候補です。格が違いました。
富士泉関がとぼとぼと支度部屋に向かって歩き始めました。ぼくはその富士泉関に声をかけようと思ったけど、富士泉関の付き人が両側についてしまって、ちょっとむり。
と、富士泉関の前に1つの人影が立ちふさがりました。この人は・・・、なんと、横綱朝桜関でした。横綱が待ち伏せしていたのです。横綱はおもむろに声をかけてきました。
「どうした、今の敗戦は?」
「あは、相手が強過ぎました」
「おいおい、相手は元関脇とはいえ、今はお前と同じ平幕下位だぞ」
「でも、あの突っ張りは防ぎようがないですよ・・・」
それを聞いて朝桜関は、ちょっと斜め上の方に視線を向けました。と、何かを思いついたようです。で、富士泉関の耳元に口を持っていきました。
「立会だ。相手より1歩速く出ろ」
というと、富士泉関の顔を見てほんの少しにこっとしました。それを見て富士泉関はあれっとした顔を見せました。
「じゃあな」
と言うと、朝桜関は行ってしまいました。相手より1歩速く出る。でも、富士泉関の親方は、立会相手と呼吸を合わせろといつも言ってます。横綱は相手と呼吸を合せる必要はないとでも言いたかったのかなあ?
しかし、横綱朝桜関はなんで関係のない部屋の力士にアドバイスしたのかなあ? 今までこんなことあったかなあ?
富士泉関が支度部屋に戻ると、今度は同じ葵部屋の横綱、富士ケ峰関が話しかけてきました。
「残念だったな。まあ、毎日うまく行くとは限らんな。今は15日終わった時点で勝ち越していれば、それで十分さ」
これがふつーの先輩力士のアドバイスですよね。