書こうと思うことが多すぎてフリーズ。
バーベキュー、やりましたとも。
これは、「静岡の文化」の打ち上げという設定。
んー。ろくな写真がないね。
UDOブログに色々あるのでそっち参照。
そこにも書いてあるけれど、途中で土砂降りになった。
んだけれど、帰り道、ちょっと下ると道路は濡れてない。
山の天気って凄いなぁ。
まぁ、軽く水遊びも出来、ミゲールの歌も聴き、色々おいしいものも食べて、とりあえず満足満足。
参加者は、学生10人+大人6人くらいかな。あと、御坂堂の面々。
いやぁ、学生達の包丁さばきの危なっかしいことと言ったら!
そして、食材を識らない。
ちゃんと料理しなきゃ。
いつも有難うございます。
もう少し涼しくなったらまたやりましょう。
そのあと一端帰宅して、スノドの持ち寄り会。
こっちは彦星先生のブログが詳しい。
私が持っていったのは……。
前に紹介したブラックベリーのジャムとアロエの蜂蜜漬け。
キュウリ・生姜・パプリカを梅酢で揉んだ簡易漬け物。これ、庭の唐辛子を混ぜたせいか、生姜のせいか、辛い。
みんな好評(だったと思いますが)。
ものすごくたくさんの持ち寄り食品。
それから、スノドではすっかりおなじみ、岩崎さんのお茶。
そうして、なぜか同僚でもあるミュージシャンのライブ。
ここは、オーナーお二人の人柄が現れた心地よい空間です。
なんだけど、ちょっと一言、んー、と思ったこと。
持ち寄り会にファストフード持ってきた人……。
忙しかったんだろうなぁ。
でも、忙しい中で、何を用意するか、というところで、その人の意識が見えてくる気がするんだよなぁ。買ってきたものでも良いと思う。Hさんはおすすめの店のわさび味噌をプッシュしてたよね。そう言うの、アリでしょう。
マイ箸、マイ食器も良いと思う。でも、そう言うのをファッションで終わらせないのは、例えば日常何を食べるか、という話。"our daily bread"の問題。
最近つくづく、自分が割と健全な食生活をしてきているんだと自覚。
そう言えば潤沢だったはずの梅酢が終わりかけてる。来年は漬けるかなぁ……。
全然関係ないけど、今頃になって一年生のY君が、熊坂監督の上映会の感想を送ってきてくれた。なかなか気が利いているので、本人の承認を得て公開(彼は成人です。念のため)。
その人はおよそ、写真から想像がつかないほど筋肉質だった。何の偶然か、外見は小二田先生と酷似しており、違う所と言えば、眼鏡と結わえた髪を無造作に遊ばせているか否かだけだった。…あ、あと筋肉も。僕は今日、ベルリン国際映画祭で最優秀新人賞を受賞した熊坂出監督に会った。
トークショーでは、誤読がテーマの一つに挙がった。監督は、映画は、見た人が自由に想像することを許容するものであるとおっしゃっていた。そして、もう見た時点でその人のものであり、監督である自分が、自分の映画の解釈についてあれこれ言うのは無粋だと発言していた。しかし、誤読というものは存在し、それもいい誤読と悪い誤読があるという話題になった。さらに、自分が見た時によく分からなかったものを、自分の中で勝手に解釈するのではなく、一旦保留にすることも大切であるとも話していた。話題は、デジタルで撮るかフィルムで撮るかに移った。フィルムは一万年後の世界で発見されても構造が分かるが、デジタルは分からないという話は興味深かった。そして平野先生がフィルムで撮ると、人が集中すると言っていたことが印象的だった。僕自身は、まだ両者のメリットとデメリットがよく分かっていない。しかし機械が人間の感情にまでも影響を及ぼし、それによって欠落するものがあるのならば、大変惜しいことだと思った。また監督は、シナリオはファミレスで書くことが多いらしく、黒沢清監督も宮藤官九郎さんもそうであるらしい。適度にうるさい方が集中できるのかなと思った。
作品上映では、初期作品である影を切る男、音であそぼう、などが上映され、本日のメインは「珈琲とミルク」であった。この映画は、黒をテーマにした作品らしく、確かに黒という色の持つ、人の理解や認識を超えたイメージが表現されていた。それは言葉にすると、異文化と置き換えることができるのだろうか。そしてラストもかわいらしい感じだったのだが、余韻が残る不思議な終わり方だった。また聴覚障害の女性が出てきたシーンは、とても美しく、監督が女性をきれいに撮ろうという意識があることが伺えた。さらに、後に監督が言葉あそびが好きだとおっしゃたように、セリフの随所にユニークな言い回しがあった。全体を通して、僕の頭の中にはずっと、絵本を読んでいるような感覚があった。
この後何もしていない僕だったが、図々しくも打ち上げに参加させてもらった。そこで直接、熊坂監督とお話しすることができた。最初は、緊張して話しかけることなどできなかったが、アルコールが手伝ってくれたせいか、いろいろと質問をすることができた。この時ほど浪人して良かったと思ったことはない。誤読の話の時に熊坂監督が、言ってもいないことを括弧で書かれるとおっしゃっていたが、もう一度自分の中できちんと情報を整理するために、以下は直接話法で記す。
「どういう経緯で映像業界に入られたのですか?」
すると、平野先生が「ああ、それを話すの忘れてましたね。」
熊坂監督が口を開く。
「高校の時に、おれは映画監督になるとか言ってたけど、何もしてなかったんだよね。」
(ああ、おれも似たような感じだったなぁ)
「それで、大学卒業した後、エイプっていうゲーム制作の会社に入ったんだよ。それは大学の時に、就職に困んないよう、ダブルスクールでグラフィックデザインを勉強していたから。そこでMOTHERを開発していた糸井重里やポケモンのプロデューサー達に出会って、刺激されて、映画撮り始めたんだよ。あの影を切る男をやっていた人は、ポケモンの開発に携わってた人で、実は大金持ちなんだよ。」(なるほど、熊坂さんにとって、エイプっていう会社は、トキワ荘みたいなところだったんだ。)
「君は、いっぱい映画を見たりするの?」
「いや、あんまり見ないです。」
「どんどん見た方がいい。今はいい時代で、昔の名作が簡単に見れるから。なかなか作れないよ。だから、たくさん見て消費したほうがいい。」
「ところで、ストーリーから入るのですか、絵からはいるのですか。」
「絵だね。」
(今の質問は、熊坂さんの映画を見てたら分かることだったかも。)
次にプロデューサーの望月さんに尋ねてみた。
「先ほど、映画をバラすとおしゃっていたけど、それはどういうことですか。」
「映画っていろんな要素から出来てるじゃん。それを分解して一つ一つ整理するんだよ。いい映画ほど、複雑に様々な要素から出来てるから、余計にバラしたくなる。」(なるほど、プロデューサーってやっぱり分析的に対象をとらえるんだ。それはプロデューサーになる前からそうなのかな。)
そこで、熊坂監督が
「でもおれはメイキングとかは見ないな。『黄昏』って、おれのすごい好きな映画なんだけど、本当にあの主人公が存在していると思っちゃう。だからメイキングとかは無粋だと思う。」(へぇ、熊坂さんってそういう感性の持ち主なんだ。)
そのあと、熊坂さんは、特に何もスポーツはやってないよ、おれの筋肉は見せかけだから、と言い残して帰っていかれた。
僕は小さい頃、給食で出たゼリーをずっと口にほおばったまま下校するのを習慣としていた。そしてそれは、母に、わけの分からないことはやめなさいと言われるまで、小学校の間ずっと続いた。僕は、今日、テレビで、遠い異国の記者に囲まれて、「もっといい映画をつくって、ベルリンに戻ってきたい」と言っていた人に会ったんだなと思い、その事実で頭の中をいっぱいにしたいなぁと思った。
ふむふむ。
ほほえましいねぇ。
こういう出会いをきっかけにして、次のステップへちゃんと進んで欲しい。
そういえば、もう一人、一年生Uさんに、アッパレ会の会報に記事を書いてもらった。「静岡の文化」関係はいつも私に書けと言ってくる。たまには受講生特集でもどうでしょう、くらい編集サイドから提案して欲しかったなぁ。
そんなわけで、発行前だけどついでに公開しちゃえ。
「なんだろう、この体験は……」
活動している最中に何度も思ったこと。それはきっと、この授業をとった学生誰もが思ったはず。
「静岡の文化」という授業は、これまでにはなかった様々な影響を私に与えた。と同時に、自分がいかにちっぽけな存在であるかを痛感させた。たくさんの大人達と話すということ、地域の中で動くということ……今までは考えもしなかったことに目を向ける契機を、この授業を通して得た。それは大学周辺の調査を行った私や他の班員に限ったものではない。マッケンジー夫妻を調査した班、正教会やイコンを調査した班、小坂を調査した班、それぞれの班員がそれぞれの状況や立場の中で感じたことだろう。そして、グループワークというものがどんなに大変かということも。
自分一人の力では決して成り立たない、けれどそれが楽しい。それがグループワークであり、また「静岡の文化」という授業なのだ――そう実感した私達の活動は、まだ始まったばかりである。
ありがとう。そう言うことなんだよねぇ。
伝わってる、というべきか、配慮してくれたと言うべきか……。
後期も愉しい授業が出来るかなぁ。
そう言えば、今日はオープンキャンパスだったんだな。
去年私に質問してくれた人はいま何処……。
長くなったのでこの辺で一回。
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