
科学雑誌ニュートンの創刊300号を記念して、この雑誌の記事をもうひとつ。
ニュートンは1981年7月に地球物理学者である竹内均東大名誉教授を編集長として創刊された。日本ではじめて先端科学を一般の読者でも楽しく理解できるように美しいイラストと写真で解説した月刊誌である。
僕は創刊号から1983年6月号まで定期購読していた。掲載写真は定期購読していた人に無料で発送された「第0号」である。
その当時、竹内先生はご自身の研究や執筆活動、公演のほか、教育テレビで高校物理を担当されたり、代々木ゼミナールで物理の教鞭をとられていたりしていた。本当にバイタリティあふれる先生だった。僕はその頃、この予備校でこの先生の講義を受けた後、あろうことかこの世界的に有名な物理学者にサインをお願いしたのだ。当時から重要人物であるのでいつもガードマンを同伴している先生にだ。今になってみると本当に無鉄砲な行動だ。以下がニュートン第0号にしていただいた竹内均先生のサインである。(僕の宝物だ。)

ちなみに以下は創刊号の表紙はこんな感じ。

閃きの源泉 竹内均 Reprint
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ニュートンは1981年7月に地球物理学者である竹内均東大名誉教授を編集長として創刊された。日本ではじめて先端科学を一般の読者でも楽しく理解できるように美しいイラストと写真で解説した月刊誌である。
僕は創刊号から1983年6月号まで定期購読していた。掲載写真は定期購読していた人に無料で発送された「第0号」である。
その当時、竹内先生はご自身の研究や執筆活動、公演のほか、教育テレビで高校物理を担当されたり、代々木ゼミナールで物理の教鞭をとられていたりしていた。本当にバイタリティあふれる先生だった。僕はその頃、この予備校でこの先生の講義を受けた後、あろうことかこの世界的に有名な物理学者にサインをお願いしたのだ。当時から重要人物であるのでいつもガードマンを同伴している先生にだ。今になってみると本当に無鉄砲な行動だ。以下がニュートン第0号にしていただいた竹内均先生のサインである。(僕の宝物だ。)

ちなみに以下は創刊号の表紙はこんな感じ。

閃きの源泉 竹内均 Reprint
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私のブログにも、ニュートン0号と創刊号を掲載しています。
遊びにきてね!
コメントいただき、ありがとうございました。愛森様にコメントしていただいたおかげで記事中の写真が一部表示されない状態になっていることに気がつくことができました。写真を撮り直して再掲載いたしました。ありがとうございます。
愛森様のブログも拝見させていただきますね。
僕はシンセサイザーを持ったことはありませんが、はじめて聴いたのは冨田功さんが作ったホルストの「組曲惑星」のLPでした。あの時代のシンセサイザーというのは巨大でさぞかし高価だったのでしょうね。