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アインシュタイン選集(2): [A8] 重力波について(1918年)
注意:重力波についてのアインシュタインの最初の論文は1916年である。(日本語には訳されていない。)この記事は重力波についてアインシュタインが書いた2つめの論文についてである。
[A8] 重力波について(1918年)
やっと重力波についての論文を紹介できて僕はうれしい。一般向けに書かれた相対性理論の本やブログで重力波の説明はほとんどされていないので、僕の説明のような素人の文章であっても、アインシュタインが重力波をどのように発想したかということを紹介できるだけでも意味がでてくるのだから。
重力よりも重力場、そして重力場よりも重力波と呼ぶほうがずっとカッコいい。理論が深まって自分が高度なものに取り組んでいる気がするものだ。
ニュートンは万有引力の法則で天体の間に働く引力とリンゴが地球に引き寄せられる引力が同じであることを発見し、その力を重力と呼んだ。彼は重力の影響は無限の速度で伝わると考えていた。彼の功績はこのほか2つある。それは重力の原因が物体の質量であること、そして遠隔作用の力であることを発見したことだ。(2つの物体が接触していなくても働く力であることを遠隔作用と呼ぶ。)
重力という呼び方が重力場という呼び方になったのは一般相対性理論によるものだ。アインシュタインは重力の伝わる速度さえも光の速度を超えることはあり得ず、有限の速度で空間を伝わることを前提としたからだ。すなわち空間に物質が存在することでその周りに重力場が生まれ、重力場の影響は空間を有限の速度で伝わると考えた。これを定式化したのが重力場の方程式だ。
重力場が重力波の性質を持っていることを示し、重力波のエネルギーが空間をどのように伝わっていくかについての仮説を提示しているのが今回紹介する論文である。
現在最先端の素粒子物理学や超ひも理論、5次元宇宙論、インフレーション宇宙論などでは、重力は波としての性質を持つだけでなく、粒子としての性質を帯びていることも予言されている。重力の粒子は重力子(グラビトン)と呼ばれ、その存在は今年の8月から稼動予定の超光速加速器LHCでの実験によって確認されるかもしれない。
光が波の性質を持つだけでなく粒子の性質を持つことをアインシュタインは提唱し、その「光量子説」によってノーベル物理学賞を受賞した。光量子説によって彼はその後に発展する量子力学の生みの親の一人となった。しかし、アインシュタインは重力波の存在は予言できたが、天才の彼をもってしても、まさか重力が粒子の性質を持つかもしれないという発想は生まれなかったのである。
今回の論文を読んでアインシュタインが素晴らしいと思えたのは、彼が重力波の方程式を導いた結果、重力波が空間を伝わる速度が光速度に等しいと導いたことである。光と重力という全く異なるものが同じ速度で伝わるということに自然の在り方の神秘を思わずにいられない。光と重力の間に何か共通の影響がどこからか働いているよう思えてしまう。
重力が波としての性質を持ち、さらに粒子としての性質も持っていれば、それはまるで量子力学の世界だ。重力波の波長は?重力子の大きさは?そして重さは?あれっ?重力子に重さなんてあるのだろうか?などと想像しているとニュートン力学での重力のイメージと大きく違っていることにあらためて気づくのだ。
ちなみに重力子は2008年の現時点では実験で検出されていない。詳細はこのページをご覧いただきたい。
重力波についてはウィキペディアの「重力波(相対論)」の記述にあるように間接的な検証は1974年に行われている。
「1974年、ジョゼフ・テイラーとラッセル・ハルスは、連星パルサー PSR B1913+16 を発見し、その自転周期とパルスの放射周期を精密に観測することによって、その軌道周期が徐々に短くなっていることを突き止めた。この現象は、重力波によってエネルギーが外に持ち出されたことで起きるとされ、その周期減少率は一般相対論の予言値に誤差の範囲内で一致した。この業績により、2人は「重力研究の新しい可能性を開いた新型連星パルサーの発見」としてノーベル物理学賞(1993年)を受賞している。」
そして2014年3月には宇宙誕生時の「原始重力波」の観測が行われたそうだ。(その後検証された結果、ミスが認められ無効となった。)
宇宙誕生時の「重力波」観測 米チームが世界初
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bdfc3537f34cade714e39b3a8cd6fb51
そして重力波は2015年9月14日にLIGOにて検出され、2016年2月11日にその発表が行われた。
重力波の直接観測に成功!
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a8439e8e4d81d7873422737d7bd1640d
さて、前置きはこれくらいにして論文の解説に入ろう。
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まず、アインシュタインはこの論文で扱う時空をガリレイ空間(直交空間)に近いものを設定した。そして重力場によって少しだけゆがんだ空間とガリレイ空間とのずれをγ(u,v)というテンソルで表した。時間については特殊相対性理論の慣習をまねて i*t という純虚数とした。まるでホーキングの虚数時間説だ。けれどもそれは時間が虚数であるということを主張しているのでも、ホーキングのように特異点を解消しようとしたのでもなく、アインシュタインは単純に数式を見通しよいものにするために時間を純虚数と置いたにすぎない。
§1 遅延ポテンシャルによる重力場の近似方程式の解
これ以前の論文で導いた物質のエネルギーテンソルを含む重力場の方程式から彼は出発した。この方程式対して先ほどのガリレイ空間とのずれを示すγ(u,v)を代入する形で方程式を変形していく。
g(u,v) = δ(u,v) + γ(u,v)
変形の途中でλ(u,v)を若干異なる形で対応するγ'(u,v)というテンソルを導入し、数式変換をしやすくする。γ(u,v)やγ'(u,v)は共にガリレイ空間からのずれを表すので、重力場とみなされる。
γ'(u,v) = γ(u,v) - 1/2 * δ(u,v) * γ(α,α)
最終的に次のようなγ'(u,v)と物質のエネルギーテンソルTを含んだ2階の偏微分方程式を得る。数式の形から容易に想像されるようにこれは古典力学における波動方程式と類似し、物質のエネルギーテンソルの成分に含まれている光速度を意味する定数 c によって、この波動が光速度で伝わることを知ることができるのだ。重力場の方程式から重力波の方程式が導けた瞬間である。重力波の伝わる速度が光速度と同じであるという予想もこの方程式によるものだ。
あっけなく、そして見事に重力波の存在が導けてしまった。
アインシュタインは重力場γ'(u,v)をT(u,v)で表す積分を示してこのセクションを終えている。
§2 重力場のエネルギー成分
次にアインシュタインは重力場がエネルギーを持つということを導こうと試みる。空間にはエネルギーがあるのだが、それは物質のエネルギーと重力場のエネルギーの2つの和から成り立っていると考えた。
ここで彼が計算している方程式は言葉で説明できないので省略するが、2ページに渡る数式の展開によって、彼は物質のエネルギーと重力場のエネルギーの両方を考慮した形でエネルギー保存則が保証されていることを確認した。
そしてさらに計算を続け、重力場において光の速度や物質の長さがどのような割合で変化するかということを導いた。
しかし、同時に彼が導いたのは空間の座標系を適当に選べば重力場のエネルギー成分をゼロになってしまう方程式を導いた。しかし、これは一般的には正しくないことは容易に導けるということを彼は言及している。
§3 平面重力波
重力波が平面波であると仮定し、彼は重力場の方程式を比較的単純な仮の関数で表現した。時間についても純虚数であると置いている。
このセクションの計算によって彼はこのような平面波の場合の重力波の物理的実在性とエネルギーの運搬方向やエネルギーの大きさなどを導いている。与えられた条件を満たす数式を吟味する中で、彼はエネルギーを運搬する波の場合とエネルギーを運搬しない波の場合に分けられることを見つけ、後者の重力波は重力場の存在しない空間から数学的な座標変換だけで作り出すことができること、つまり重力波は見かけ上の存在にすぎないことを導いた。
前者の「エネルギーを運搬する(平面)重力波」についてはエネルギーの流れの密度、運動量およびエネルギー密度は計算できることを示した。
§4 力学系による重力波の放射
1個の孤立した力学系を考え、この重心から発射される重力波についてアインシュタインは4ページに渡って計算を進めた。
計算手順が複雑なので紹介できないが、最終的に彼はこのような力学系から単位時間に放射されるエネルギーの総量を導き、放射されるエネルギー密度はどの方向に対しても負にならないことを示した。
僕にはその真意が理解できなかったのだが、この力学系が終始、球対称の構造を持ち続けるならば、これは重力波を放出できないと説明している。
このセクションの最後で彼は次のように述べている。すなわち、物体はその内部の熱運動によってエネルギーを放出するという結論は、この一般相対性理論の正当性に疑いを投げかけるにちがいない。量子論が完成されたときには、多分、重力理論をも修正しなければならないであろう。(このような修正が行われたのちにはじめて上に述べた疑問は解決されるであろう。)
§5 力学系に対する重力波の作用
重力波の議論を完全なものとするために、アインシュタインは重力波のエネルギーがどの程度まで力学系に移譲されるかということについて考察を進める。
このセクションの1ページの計算によって、重力波の入射波と力学系が与えられていれば、力学系が重力波からもらうエネルギーを計算できることを示した。
§6 レビ・チビタの反論に対する答
アインシュタインが導いた重力波のエネルギーの放射についての仮説に対し、レビ・チビタというイタリアの数学者が異論を唱えた。アインシュタインが重力波の理論の前提に使用したエネルギー保存則は、物質のエネルギー成分と重力場のエネルギー成分から構成されるというものなのだが、重力場のエネルギーを現す部分がテンソルでないため、レビ・チビタはこの部分の物理的実在性に異論を唱えたのだ。
この異論に対し、アインシュタインはその部分がテンソルではないことを認めながらも、エネルギー成分をあらわす方程式のうちの第4番目の式に注目すれば、意見の相違はとるに足らないと述べた。
意見の食い違いの根源は重力場のエネルギー成分を現す部分がテンソルでないことで、物理的な実在性を失うかどうかということに帰着される。アインシュタインはたとえそれがテンソルでないとしても物理的実在性は失われないと主張した。
関連リンク:
アインシュタイン選集(1)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/26d6fc929bf7b9f0fc1e2a210882f559
アインシュタイン選集(2):読みはじめた
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d3d0869ab3911e84845b5b121bd1aa3e
時空の幾何学:特殊および一般相対論の数学的基礎
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ffc643a688ce45dec7460d107fe1392e
少年の頃の夢(の続き)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a6e4b9271cd56b2e85c3bdaa0b8b7cae
趣味で相対論
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/90aa60383b600ff4e4fd7bea6589deaa
とね書店:
アインシュタイン選集(1)
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4320030192/503-5691539-3879144
アインシュタイン選集(2)
https://amazon.co.jp/&tonejiten-22/dp/4320030206/503-5691539-3879144
アインシュタイン選集(3)
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