「天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)―カオスと安定性をめぐる人物史
内容紹介:
天体力学とは、太陽系内の惑星の運動に代表される、ニュートンの万有引力を及ぼし合う物体の運動を論じる学問である。なかでも太陽系の安定性の問題には、数多くの数学者がエネルギーを費やしてきた。フランスのポアンカレ、ロシアのコルモゴロフ、アーノルド、米国のバーコフ、スメールなど、煌星のごとくである。本書は、カオスや安定性の概念が天体力学の問題からいかに発生したかを、生身の人間の営みを通して生き生きと描いた大河ドラマである。
2004年9月刊行、133ページ。
著者について:
F.ディアク: Wikipedia
1959年、ルーマニアのシビウ生まれ。ブカレスト大学で学び、1989年に、ハイデルベルク大学でヴィリ・イェガーの指導のもと、n体問題の衝突特異点に関する論文でPh.D.を取得。1991年よりヴィクトリア大学で教鞭をとり、2000年より同大学教授。主要な研究分野は天体力学、力学系理論、カオス理論、数理物理学などである。2018年没。
P.ホームズ: Wikipedia
1945年、英国リンカーンシャー生まれ。オックスフォード大学とサウザンプトン大学で学び、1974年に、サウザンプトン大学でR.G.ホワイトの指導のもと、工学の分野の論文でPh.D.を取得。1977年より1994年までコーネル大学で教鞭をとり、1994年よりプリンストン大学教授。主要な研究分野は非線形力学系理論、微分方程式論などである。
訳者について:
吉田春夫(よしだ はるお): 教員紹介ページ
1983年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。現在、自然科学研究機構・国立天文台教授。理学博士。専門は天体力学。
吉田先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で394冊目。
上巻に続き下巻を読んだ。
上巻では3体問題の安定性を研究していく中で、カオス現象に気がついたフランスの数学者ポアンカレの話から、3体問題、4体問題、5体問題に取り組んだ1960年以降の数学者の取り組みを紹介している。
そもそも安定性とカオス(不安定性)は相容れない対極する概念だ。この2つはどのように結びつくのか?この本の副題は「カオスと安定性をめぐる人物史」なのである。
第3章と第4章から構成される下巻では、安定性とカオスがどのように結びついていったのかが語られる。そのため時代は前後して、第3章「安定性」はダランベール(1717-1783)やラプラス(1749-1827)らに遡って始まり、この分野におけるオイラー(1707-1783)やラグランジュ(1736-1813)の業績を紹介、ポアンカレ(1854–1912)に至るまでのことが語られる。
第4章は1954年から1964年にかけて完成していった「KAM理論(Kolmogorov–Arnold–Moser theorem)」が解説される。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だ。コルモゴロフ(1903-1987)により不変トーラスの摂動論が発案、証明され、アーノルド(1937-2010)、モーザー(1928–1999)らによって完成した。アーノルドは先日紹介した「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」の著者である。N体問題が課題として与えられてから200年の歴史がひとまずここで一定の成果を治めることになる。
そして本書は天体力学から始まったカオス理論がその後、非線形力学という巨大で無秩序な分野へ成長し、化学や生物学、工学、医学、物理学、気象学など、およそ不安定な現象、突発的な現象にかかわるあらゆる分野へ応用されていること、そして数学自身にも影響を与えていることが紹介されて本書は締めくくられる。
下巻の章と項のタイトルは次のとおりである。
第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち
第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ
第4章の「安定性」から解説しよう。惑星が描く楕円軌道は長径と離心率で決定される。完全な楕円軌道であればその値は時間が経っても変わらないのだが、惑星は他の惑星によって引力を受けるからその値は変化する。そしてその変化が増え続けたり減り続けたりする場合、長い年月で考えると軌道が不安定だということになる。摂動論で1次、2次、3次と近似していくとき、この変化は「永年項」としてあらわれる。ラプラスが計算で示したのは、1次の近似において永年項は出現しないということだった。つまり1次の摂動論の範囲では太陽系は安定しているのである。
次にラグランジュは太陽系の安定性をさらに精密に示すことを。彼は惑星軌道として与えられた楕円の離心率および相互軌道系射角のサイン(正弦)については、すべての次数の近似で、そして質量については1次の摂動の範囲で永年項が出現しないという意味で太陽系は安定していることを証明したのだ。
太陽系の安定性に関する探究は次の段階に進んだ。ポアソン(1781-1840)は質量については2次の摂動の範囲で、惑星の長径は純粋な永年項をもたないことを証明した。
しかし、次にハレツ(1851-1912)が示したのはラプラス、ラグランジュ、ポアソンと反対のことだった。彼は3次の級数近似を考えると、惑星の長径の値には永年項が出現し、これは惑星によって描かれる軌道の長径は必ずしも時間的に有界に留まらないという意味である。しかし、これはただちに不安定性を意味しない。長径の変化がどれだけ大きくなるかが不明だからである。しかし、時間が経つにつれて、惑星の形と大きさが変化しうることが示されたのだ。
その後、この問題の研究は近似計算という定量的な方法の支配が終わり「定性的な時代」を迎えることになる。微分方程式の厳密解、近似解が見つけられなくても解の性質を調べられることがわかったからである。リアプノフ(1857-1918)が解の軌道の安定性、不安定性(カオス)の研究を進めた。多体問題であっても安定解は存在する。3体問題の安定解で知られているのはラグランジュ解とオイラー解である。
第1章で紹介したポアンカレが3体問題の安定性を研究していく中で、不安定な状況が生まれることに気がつき、50年の時を経てカオス理論に結びついていったのだ。
次に第5章の「KAM理論」についてである。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だと上で紹介した。
歳差運動する惑星の楕円軌道は、近日点が少しずつずれていくので「準周期的」だと言われている。公転周期と歳差の周期の運動をこの2つの周期の比が傾きになるように軌道を2次元のトーラスに巻き付けることを発案したのがコルモゴロフだった。
2つの周期の比が有理数になるか無理数になるかで、トーラス上にあらわれる準周期軌道は違ったものになる。周期軌道は有利数比のとき共鳴トーラス上にあるといい、無理数比のときは非共鳴トーラス上にあるという。コルモゴロフは「摂動が十分に小さければ、ほとんどの非共鳴トーラスはわずかな変形は受けるが、崩れ去ることはない。」ということを述べた。崩れ去ることにないトーラスには壊れたトーラスの遺物があるが、それが正の測度をもつという意味である。これはカオス軌道が正の測度として存在できることに対応している。コルモゴロフの理論はハミルトン力学系の不変トーラスで、これは不変多様体として一般化、多次元化することができる。
コルモゴロフは1954年に彼の主張の証明の概要を出版したが、完全な証明を補うことはなかった。モーザーとアーノルドが独立に、かつ異なった仮定のもとで、完全で厳密な議論を出版するまでさらに8年がかかることになった。詳しい解説は省略するが、アーノルドは1961年に、モーザーは1962年にツイスト写像のアイデア(ツイスト定理)によりコルモゴロフの主張を証明した。
本書をお読みになりたい方は、こちらからどうぞ。
「天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)(紹介記事)
「天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)
翻訳のもとになった英語版はこちらである。日本語の上下巻がまとめて1冊の本で読める。
「Celestial Encounters: The Orgins of Chaos and Stability: Florin Diacu, Philip Holmes」
カオスを含め、この分野は「力学系」として分類される。上巻の紹介記事では入門者がまず読むべき本としてスメール博士らがお書きになった「Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」(紹介記事)を紹介したが、力学系の和書ではこの本に人気があるようだ。
「力学系カオス:松葉育雄」(紹介記事)
力学系の本: Amazonで検索
KAM理論を学んでみたい方には2冊お勧めする。ひとつは「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」が書いた次の本だ。ただし日本語版は英語版の初版を翻訳したもので、第2版の日本語版はまだ刊行されていない。
「古典力学の数学的方法: V.I.アーノルド」
この本の大もとの原書はロシア語であるが、英語版の第2版はこちらである。(上の日本語版の翻訳のもとになった初版はこちらだ。)
「Mathematical Methods of Classical Mechanics 2nd Edition: V.I. Arnol'd」(Kindle Edition)
KAM理論はこの本でも学ぶことができる。
「重点解説ハミルトン力学系 2016年 12 月号 数理科学 別冊」
関連記事:
天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1
数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/165c894d023b1174fd519522935cdeeb
ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/8dc81ef7e48c812b56befcc2345d59d4
Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/98d451af90b7efc63aacbe4efdb330fa
力学系カオス: 松葉育雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/12392ac282d10deed28914d8182c2286
古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a
全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414
発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504
「天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)
第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち
第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ
ノート
参考文献
訳者あとがき
索引
内容紹介:
天体力学とは、太陽系内の惑星の運動に代表される、ニュートンの万有引力を及ぼし合う物体の運動を論じる学問である。なかでも太陽系の安定性の問題には、数多くの数学者がエネルギーを費やしてきた。フランスのポアンカレ、ロシアのコルモゴロフ、アーノルド、米国のバーコフ、スメールなど、煌星のごとくである。本書は、カオスや安定性の概念が天体力学の問題からいかに発生したかを、生身の人間の営みを通して生き生きと描いた大河ドラマである。
2004年9月刊行、133ページ。
著者について:
F.ディアク: Wikipedia
1959年、ルーマニアのシビウ生まれ。ブカレスト大学で学び、1989年に、ハイデルベルク大学でヴィリ・イェガーの指導のもと、n体問題の衝突特異点に関する論文でPh.D.を取得。1991年よりヴィクトリア大学で教鞭をとり、2000年より同大学教授。主要な研究分野は天体力学、力学系理論、カオス理論、数理物理学などである。2018年没。
P.ホームズ: Wikipedia
1945年、英国リンカーンシャー生まれ。オックスフォード大学とサウザンプトン大学で学び、1974年に、サウザンプトン大学でR.G.ホワイトの指導のもと、工学の分野の論文でPh.D.を取得。1977年より1994年までコーネル大学で教鞭をとり、1994年よりプリンストン大学教授。主要な研究分野は非線形力学系理論、微分方程式論などである。
訳者について:
吉田春夫(よしだ はるお): 教員紹介ページ
1983年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。現在、自然科学研究機構・国立天文台教授。理学博士。専門は天体力学。
吉田先生の著書、訳書: Amazonで検索
理数系書籍のレビュー記事は本書で394冊目。
上巻に続き下巻を読んだ。
上巻では3体問題の安定性を研究していく中で、カオス現象に気がついたフランスの数学者ポアンカレの話から、3体問題、4体問題、5体問題に取り組んだ1960年以降の数学者の取り組みを紹介している。
そもそも安定性とカオス(不安定性)は相容れない対極する概念だ。この2つはどのように結びつくのか?この本の副題は「カオスと安定性をめぐる人物史」なのである。
第3章と第4章から構成される下巻では、安定性とカオスがどのように結びついていったのかが語られる。そのため時代は前後して、第3章「安定性」はダランベール(1717-1783)やラプラス(1749-1827)らに遡って始まり、この分野におけるオイラー(1707-1783)やラグランジュ(1736-1813)の業績を紹介、ポアンカレ(1854–1912)に至るまでのことが語られる。
第4章は1954年から1964年にかけて完成していった「KAM理論(Kolmogorov–Arnold–Moser theorem)」が解説される。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だ。コルモゴロフ(1903-1987)により不変トーラスの摂動論が発案、証明され、アーノルド(1937-2010)、モーザー(1928–1999)らによって完成した。アーノルドは先日紹介した「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」の著者である。N体問題が課題として与えられてから200年の歴史がひとまずここで一定の成果を治めることになる。
そして本書は天体力学から始まったカオス理論がその後、非線形力学という巨大で無秩序な分野へ成長し、化学や生物学、工学、医学、物理学、気象学など、およそ不安定な現象、突発的な現象にかかわるあらゆる分野へ応用されていること、そして数学自身にも影響を与えていることが紹介されて本書は締めくくられる。
下巻の章と項のタイトルは次のとおりである。
第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち
第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ
第4章の「安定性」から解説しよう。惑星が描く楕円軌道は長径と離心率で決定される。完全な楕円軌道であればその値は時間が経っても変わらないのだが、惑星は他の惑星によって引力を受けるからその値は変化する。そしてその変化が増え続けたり減り続けたりする場合、長い年月で考えると軌道が不安定だということになる。摂動論で1次、2次、3次と近似していくとき、この変化は「永年項」としてあらわれる。ラプラスが計算で示したのは、1次の近似において永年項は出現しないということだった。つまり1次の摂動論の範囲では太陽系は安定しているのである。
次にラグランジュは太陽系の安定性をさらに精密に示すことを。彼は惑星軌道として与えられた楕円の離心率および相互軌道系射角のサイン(正弦)については、すべての次数の近似で、そして質量については1次の摂動の範囲で永年項が出現しないという意味で太陽系は安定していることを証明したのだ。
太陽系の安定性に関する探究は次の段階に進んだ。ポアソン(1781-1840)は質量については2次の摂動の範囲で、惑星の長径は純粋な永年項をもたないことを証明した。
しかし、次にハレツ(1851-1912)が示したのはラプラス、ラグランジュ、ポアソンと反対のことだった。彼は3次の級数近似を考えると、惑星の長径の値には永年項が出現し、これは惑星によって描かれる軌道の長径は必ずしも時間的に有界に留まらないという意味である。しかし、これはただちに不安定性を意味しない。長径の変化がどれだけ大きくなるかが不明だからである。しかし、時間が経つにつれて、惑星の形と大きさが変化しうることが示されたのだ。
その後、この問題の研究は近似計算という定量的な方法の支配が終わり「定性的な時代」を迎えることになる。微分方程式の厳密解、近似解が見つけられなくても解の性質を調べられることがわかったからである。リアプノフ(1857-1918)が解の軌道の安定性、不安定性(カオス)の研究を進めた。多体問題であっても安定解は存在する。3体問題の安定解で知られているのはラグランジュ解とオイラー解である。
第1章で紹介したポアンカレが3体問題の安定性を研究していく中で、不安定な状況が生まれることに気がつき、50年の時を経てカオス理論に結びついていったのだ。
次に第5章の「KAM理論」についてである。これは力学系における準周期運動が持続性を持ちうることを示すもので、大ざっぱに言えばN体問題における安定な運動とカオス的な運動を分類し、それらが実現しうることを示す理論だと上で紹介した。
歳差運動する惑星の楕円軌道は、近日点が少しずつずれていくので「準周期的」だと言われている。公転周期と歳差の周期の運動をこの2つの周期の比が傾きになるように軌道を2次元のトーラスに巻き付けることを発案したのがコルモゴロフだった。
2つの周期の比が有理数になるか無理数になるかで、トーラス上にあらわれる準周期軌道は違ったものになる。周期軌道は有利数比のとき共鳴トーラス上にあるといい、無理数比のときは非共鳴トーラス上にあるという。コルモゴロフは「摂動が十分に小さければ、ほとんどの非共鳴トーラスはわずかな変形は受けるが、崩れ去ることはない。」ということを述べた。崩れ去ることにないトーラスには壊れたトーラスの遺物があるが、それが正の測度をもつという意味である。これはカオス軌道が正の測度として存在できることに対応している。コルモゴロフの理論はハミルトン力学系の不変トーラスで、これは不変多様体として一般化、多次元化することができる。
コルモゴロフは1954年に彼の主張の証明の概要を出版したが、完全な証明を補うことはなかった。モーザーとアーノルドが独立に、かつ異なった仮定のもとで、完全で厳密な議論を出版するまでさらに8年がかかることになった。詳しい解説は省略するが、アーノルドは1961年に、モーザーは1962年にツイスト写像のアイデア(ツイスト定理)によりコルモゴロフの主張を証明した。
本書をお読みになりたい方は、こちらからどうぞ。
「天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)(紹介記事)
「天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)
翻訳のもとになった英語版はこちらである。日本語の上下巻がまとめて1冊の本で読める。
「Celestial Encounters: The Orgins of Chaos and Stability: Florin Diacu, Philip Holmes」
カオスを含め、この分野は「力学系」として分類される。上巻の紹介記事では入門者がまず読むべき本としてスメール博士らがお書きになった「Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版」(紹介記事)を紹介したが、力学系の和書ではこの本に人気があるようだ。
「力学系カオス:松葉育雄」(紹介記事)
力学系の本: Amazonで検索
KAM理論を学んでみたい方には2冊お勧めする。ひとつは「数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド」が書いた次の本だ。ただし日本語版は英語版の初版を翻訳したもので、第2版の日本語版はまだ刊行されていない。
「古典力学の数学的方法: V.I.アーノルド」
この本の大もとの原書はロシア語であるが、英語版の第2版はこちらである。(上の日本語版の翻訳のもとになった初版はこちらだ。)
「Mathematical Methods of Classical Mechanics 2nd Edition: V.I. Arnol'd」(Kindle Edition)
KAM理論はこの本でも学ぶことができる。
「重点解説ハミルトン力学系 2016年 12 月号 数理科学 別冊」
関連記事:
天体力学のパイオニアたち 上: F.ディアク、R.ホームズ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5c51d50e2141c8ae58c9323ad49b65a1
数理解析のパイオニアたち: V.I.アーノルド
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ポアンカレ 常微分方程式 -天体力学の新しい方法-
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Hirsch・Smale・Devaney 力学系入門 ―微分方程式からカオスまで― 第3版
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/98d451af90b7efc63aacbe4efdb330fa
力学系カオス: 松葉育雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/12392ac282d10deed28914d8182c2286
古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ:山本義隆
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/e808487b7e9d668967f703396e32d80a
全5巻完結!:ラプラスの天体力学論(日本語版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a720b0cfb775d00625763f87a56b2414
発売情報: 惑星探査機の軌道計算入門: 半揚稔雄
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/a3aba0b87bff8a8ae54fb37ad1b04504
「天体力学のパイオニアたち 下: F.ディアク、R.ホームズ」(丸善出版)
第4章:安定性
- 秩序への願い
- 侯爵と皇帝
- 球面の音楽
- 永遠の回帰
- 世界をかき乱す
- 安定性の度合い
- 定性的な時代
- 線形化とその限界
- モデルの安定性
- つり合いの位置にある惑星たち
第5章:KAM理論
- 簡単化して解く
- 準周期運動
- トーラスの摂動
- 手紙,失われた解,そして政治
- 証明に悩む
- ツイスト写像
- 才能ある学生
- カオスの拡散
- エピローグ
ノート
参考文献
訳者あとがき
索引