最近、ある方のブログで紹介される、YouTubeのクラシックの楽曲を聴く機会が増えた。
その中で知った、ジョルジュ ビゼー作のオペラ「真珠採り」。
この作品の舞台はセイロン。当時有名な真珠の産地だったのかな? しかし日本が開国してからは、真珠市場には激変が起きただろう。
ダイヤモンドの国際取引の中心地は、ベルギーのアントワープだが、真珠の場合は日本の神戸である。世界中の真珠の七割が神戸に集まり、また世界各国に散っていく(日経新聞 2010年4月24日・近畿経済面)。ニューヨークでもロンドンでも真珠の取引量を示す単位は「匁 モンメ」(1匁=3.75グラム)である。
この曲を聴きながら、この三題噺を始めたころのことを思い出した。
自殺をほのめかし、リストカットを繰り返す彼女に出会ったのは、9年前だった。ライトノベルの『文学少女』シリーズのファンで、第一作の登場人物「死にたがりの道化」の「なりきり」さんだった。自殺をほのめかす彼女のアカウントは、今なら規制が入って凍結されてしまうだろう。
どういった経過かは忘れたが、『文学少女』シリーズを読んでいた私に、彼女は興味を持ったらしい。会話が始まった。私は自殺を肯定も否定もせず、「わかるよ」「辛いね」と会話を重ねていた。「だったら、一緒に死んでくれる?」と彼女は無邪気に聞いてきた。
「別に死んでもいいよ。でも、おじさんまだ仕事が残っているんだ。少し待ってくれる?」
元過激派のテロリストが、高校生と心中というのも悪くない、いや贅沢すぎる死に方だと思ったが、せめて目先の仕事は片付けていきたい。
イケメンの美少年を期待していたのに、私がおじさんと知った彼女は、あからさまにガッカリしていたものだ。モニタの向こうで、私は思わず笑ってしまった。この子は、大丈夫だ。
「あすの昼休みにプレゼントを用意しておくから、また読みにきてよ」
こうして始まったのが、以下のアプリを使った、この「文学少女の三題噺」シリーズだった。
三題噺やってみっかー
文学少女があなたに三題噺を出題します。
https://shindanmaker.com/14897
それからの毎日は、『千夜一夜』の逆パターンといったところだろうか。
ああはいったが、若い人を死なせるわけにいかない。私はその少し前に後輩を不慮の事故で亡くしていて、代われるものなら代わりたいと心から悲しんだ。もう若い人が死ぬを見たくない。
しかし私がおもしろい物語を紡がないと、彼女は死んでしまうかも知れない。超高層ツインタワーの屋上に渡したロープで命綱なしで綱渡りをしながら、火のついた松明でジャグリングしているような、そんな緊張感の連続の日々であった(おおげさ)。結局、いちばん楽しんでいたのは、彼女という読者を得た私自身だったかもしれない。
しかし、そんな日々が続いたのも、せいぜい2か月あまりのことだ。
ある日の出張の帰り、高速バスから夜の海を眺めた日のことを思い出す。
海の夕景を楽しむつもりが、出発が遅くなり、日はとっくに沈んでしまった。
私は地酒の瓶を傾けつつ、黒い海を眺めながら、R・D・レインの『引き裂かれた自己』の終章「廃園に立つ影」の結語を思い出した。私は知らなかったが、本書は『新世紀エヴァンゲリオン』の参考文献の一つになっていたらしい。私も埃をかぶった本書を再読する機会に恵まれたというわけだった。
もし、誰かが、この暗い地球の奥深く進みえたならば、〈かがやく黄金〉を発見しうるであろうし、また、海の千尋の深みに潜って行くことができれば、〈海底の真珠〉を発見しうるであろう。
〈死にたがりの姫〉が住んでいるのも、たしかこの近くのはずだった。
もちろん私は大人で、彼女は未成年で、元より会うつもりはないが、「いま近くに来ているよ」くらいは、DMを送るべきだったろうか?
しかしその頃の彼女はDTMという新しい趣味を見つけて、創作活動に夢中のようだった。おじさんも、そろそろお役御免だった。彼女は〈かがやく黄金〉そして〈海底の真珠〉を発見したのだ。
若いっていいなあ。しかし夜の海を眺めながら地酒を飲んでいい気分だというのに、スマートフォンには、無情にも仕事のメールが入ってくる。大阪着は22時を回るのに、また会社に戻らねばならない。まあ、到着までには、まだ時間がある。若者をうらやましがるばかりでなく、私も創作をがんばろう。酒は一本でやめにして、アプリを立ち上げ、今日のお題に取り組んだ。