―――近衛文麿が
白洲家に遊びに来たおり、
近衛が興に乗って
何か書をしたためようという
ことがあったそうだ。
筆硯(ふですずり)を用意すると、
近衛は、
これは小野道風の字、
これは橘逸勢(たちばなのはやなり)の字、
これは世尊寺流の字と、
古来のありとあらゆる書体で
筆をあやつることができるような印象で、
周囲の人々を驚かせたが、
正子夫人が言うには、
決して自分の字でものを書かなかったことが、
悲しいような気がしたという。
公家(くげ)の孤独が惻々(そくそく)と伝わってくるような
エピソードである。
『風の男 白洲次郎』
青柳恵介 著
新潮文庫 より抜粋
白洲家に遊びに来たおり、
近衛が興に乗って
何か書をしたためようという
ことがあったそうだ。
筆硯(ふですずり)を用意すると、
近衛は、
これは小野道風の字、
これは橘逸勢(たちばなのはやなり)の字、
これは世尊寺流の字と、
古来のありとあらゆる書体で
筆をあやつることができるような印象で、
周囲の人々を驚かせたが、
正子夫人が言うには、
決して自分の字でものを書かなかったことが、
悲しいような気がしたという。
公家(くげ)の孤独が惻々(そくそく)と伝わってくるような
エピソードである。
『風の男 白洲次郎』
青柳恵介 著
新潮文庫 より抜粋