アカシックレコードは誰にでも読むことができ、
アカシックレコードでの体験をしたい、という「意図」
これがアクセスキー
鍵となる。
実際には、誰もが日常のあらゆる場面で
アカシックレコードからの情報を受け取っている、らしい。
しかし 大抵の場合、意識の上で認識されることはなく、
夢を思い出せないのと似たようなものとなり記憶から薄れていく。
アカシックレコードからの情報を日常生活に活かすためには、
意識的にレコードにアクセスする必要がある。
そしてアクセスキー
を使い、
ありとあらゆる「判断」を手放し、
「観察者」という立場でアカシックレコードに入ることで、
自由にレコードの中を探求できる仕組みになっている、そうだ。
「判断」と「観察」の違いは・・・。
花瓶に花が生けてあるのを見たとき、
「花瓶に赤くてきれいな花が生けてあります。」
と言えば「判断」。
「花瓶があります。花が生けてあります。赤い花です。」
とすれば「観察」。
その花がきれいかどうかは個人の主観であり、
個人の趣味趣向によって異なり、誤差を生じる元となる。
「判断」はレコードから出た後でゆっくりできるので、
まずは「観察」すること。
これがコツ、だ。
如月マヤへのロングインタビューより、私レポート。
アカシックレコードでの体験をしたい、という「意図」
これがアクセスキー
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0116.gif)
実際には、誰もが日常のあらゆる場面で
アカシックレコードからの情報を受け取っている、らしい。
しかし 大抵の場合、意識の上で認識されることはなく、
夢を思い出せないのと似たようなものとなり記憶から薄れていく。
アカシックレコードからの情報を日常生活に活かすためには、
意識的にレコードにアクセスする必要がある。
そしてアクセスキー
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0116.gif)
ありとあらゆる「判断」を手放し、
「観察者」という立場でアカシックレコードに入ることで、
自由にレコードの中を探求できる仕組みになっている、そうだ。
「判断」と「観察」の違いは・・・。
花瓶に花が生けてあるのを見たとき、
「花瓶に赤くてきれいな花が生けてあります。」
と言えば「判断」。
「花瓶があります。花が生けてあります。赤い花です。」
とすれば「観察」。
その花がきれいかどうかは個人の主観であり、
個人の趣味趣向によって異なり、誤差を生じる元となる。
「判断」はレコードから出た後でゆっくりできるので、
まずは「観察」すること。
これがコツ、だ。
如月マヤへのロングインタビューより、私レポート。