日記 父の癌 3
当時住んでいた地域では、自宅で葬儀を執り行うのが一般的でした。
隣近所の奥さんたちが、白い割烹着やエプロン姿で、あれこれと忙しく動き回って、お斎の支度などをしてくれた光景を、今でもぼんやり覚えております。
人は死ぬと、身内や所縁のある者へ音で挨拶に来ると云う。
父もまた例外ではありませんでした。
母は、父の入院先へ泊まり込みで詰めていたので、父の亡くなる数日前から、家にいるのは祖母と、私たち子供たちだけでございました。
そんなある日の深夜、突然、『の〜っちり』という異様な音で、祖母と私たちは目を覚ましたのでございました。
父の挨拶だとわかったのは後年になってからで、この時は、ただただ恐く、恐れ慄いておりました。
(正直、『の〜っちり』は、今でも怖いです。)
父には悪いけれど、『の〜っちり』は不気味過ぎで、怖過ぎなんであります。
食器が割れる音、が、一般的でしょうか。
『の〜っちり』なんて音、後にも先にも聞いたのは、あの時だけでございました。
そんな異様なモノ音で起こされて、恐過ぎで身動き一つとれなかったけれど、かと言って何事もなかった事にしてまた寝るなんて事も出来ず、祖母と私たちは、音の発生源であろう場所を確認しにら恐る恐る外へ出たのでございました。
皆がこの辺りから聞こえた、という場所を、翌朝明るくなってからも、再度検証したけれど、変わった様子は一切見つける事は出来ませんでした。
それから記憶にあるのは、父の棺に、釘を石で打ちつけている場面でございました。