日記 私の父
父は、母とは3度目の結婚でございました。母とはひと回り程の歳の差で、母は初婚でございました。
母は父と出逢った時、
『この人なら!』と直感したそうです。
『この人なら!』というのは、この人なら出世するだろう、と、見込んで結婚したそうです。
母は勘の鋭い人で、この直感もまた、見事に当たったのでございました。
後年、母は述懐しながら、よく口にしておりました。
『○○○○(父のフルネーム)という人は、太く短くの人生だった』と。
父は無学で、裸一貫で成り上がり、晩年、よく母に言って聞かせたそうです。
『 これでもうお前たちが、一生困らないだけの財産は築いたからな』と。
父は、見た目は○○ザ。(画像参照)
見た目は、オシャレな○○ザ、でございました。
膝頭位の大きさの、図柄がよくわからない刺青も、彫ってございましたけれど、指は欠ける事なく、10本全て揃ってございました。
ある時なんかは旅行先で、見知らぬ若衆から、『 アニキ、オス!』と声をかけられた事もあったんだと、母が笑いながら教えてくれました。
愛車も私が記憶する限りでは、リンカーンコンチネンタルや、シボレー。一時は、幌ジープなんて頃もございました。(要は外車好きで、飽き性)
事業も手広く、金融なんかもしていたようで、ある時物置小屋に入ってみたら、『 金かえせ!!』などと書かれたポスターなんかも、見た記憶がございました。
逃げられた客から少しでも金目の物をと、の事でしょうか。
この物置小屋には同じ洗剤などが幾つもあったりし、ある日突然唐突にギターなど、子供絡みの物が、子供部屋の片隅に、ポイッと置かれたりしていた事もございました。
そんなある日、母から、『○○の店で玉ねぎ買って来て』と店指定でお使いを頼まれまして、言われたとおり買いに行きました。
こちらの店は八百屋さんで、ところてんを買う際には、ところてんの塊を、先に網がついた木の筒に入れ、にゅう〜っと、押し出されて来るのを見るのが楽しみでありました。
そんな八百屋さんは、家の近くでも商いをしていたので、ある日、何故遠いその店なのかと母に問えば、
『 あそこにお金を貸しているから、パパが作った玉ねぎを無料であげて、少しでも足しにしてるのよ 』との事でございました。
その玉ねぎは、一般的に売られている玉ねぎより一回りも二回り小さいのでした。
子供心にも幾ら原価ゼロだとしても、たかが数十円儲けたところで、どれほどの足しになるのか、甚だ疑問の残るところでございました。
生来の世話好きなんでしょうか、父は養鶏や畑なんぞも趣味としていたのでございました。
続く。